先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第89話 親友の幼馴染にゴキブリに例えられた
第89話 親友の幼馴染にゴキブリに例えられた
エレベーターに乗るまでのわずかな時間は手を握り、これまたエレベーターに乗っているほんの数秒間だけ体を寄せ合った後、二人はこれまでよりも少しだけ遠い距離感を意識して登校した。
「おっ、
校門をくぐったところで、背後から快活な声が聞こえた。
その隣には、やや冷たい印象を受ける美少女がいた。誠治の幼馴染で、昨日オーストラリアへの短期留学から帰ってきた
「冬美先輩ー!」
香奈が飼い主に呼ばれた犬さながらに、冬美に飛びついた。巧は見えるはずのない尻尾がぶんぶん揺れているのが見えた気がした。
華奢とはいえ出るところは出ている女子高生の突進を、冬美は一歩も後ずさることなく受け止め、ある程度の付き合いがなければわからない程度に口元を緩めた。
「相変わらずのワンコで安心したわ」
「のっけからひどい⁉︎ でもそういうところも好きっ」
一ヶ月ぶりの再会の一言目で犬扱いされた香奈は、気にした様子もなくニコニコ笑っている。
彼女のメンタルが強いというのもあるだろうが、それ以上に久東冬美とはそういう人物だと認識しているからだろう。
「はいはい——久しぶりね、
香奈のラブコールを軽く流し、冬美は巧に目を向けた。
「うん。久しぶり。どうだった? 留学は」
「なかなか有意義な時間を過ごせたわ。あなたたちも実りの多い時間を送っていたみたいね」
冬美が未だにひっついている香奈にチラッと目線を向けてから、巧に戻した。
「二人とも一軍に昇格したみたいじゃない。おめでとうと言っておくわ」
「ありがとう。これからよろしくね」
「えぇ。ところで——」
冬美の視線がスッと鋭くなる。
「あなたたち、一緒に来ていたようだけど、付き合っているのかしら?」
「いえ、私が引っ越して同じマンション住みになったので、一緒に来てるんですっ」
「付き合ってもないのに?」
「そんなに不自然なことじゃなくないですか? サッカーの話してれば三徹くらいは余裕ですし、話が合ってしかも同じ部活なのに、別々にくる理由がないですもん」
香奈がスラスラと嘘を答えた。
彼女がこのように回答することは、事前に打ち合わせていた。
「……まあ、そうとも言えるわね。あなたたちのサッカー馬鹿はモルモット並みだもの」
「モルモットってサッカー好きなのか?」
誠治が「ば
香奈がブフッと吹き出した。
巧と冬美は慣れっこだ。
前者は苦笑いを浮かべたが、後者はニコリともせずに、
「ここに一匹、本物のモルモットがいたわ。誠治一号に改名したら?」
「おい、多分悪口だろ」
「なんでそこだけわかるのかしら」
「お前の表情的にだよ」
「おぉ、そのやりとり何だかカップルっぽい!」
香奈が瞳を輝かせた。
「というか、冬美先輩と縢先輩こそ一緒に来てるじゃないですか」
「私たちは幼馴染で家も隣なだけ。いわゆる腐れ縁よ。あなたたちのようないかがわしい関係じゃないわ」
「イカ臭い関係? 冬美先輩、それはさすがにアウトですよ」
「この世に生を受けたすべての犬に謝罪するわ」
「そこまでっ⁉︎」
満点のリアクションを取った香奈に、思わず冬美もわかりやすく頬を緩めてしまう中、巧は誠治の肩をポンポンと叩いた。
誠治が苦々しい表情を浮かべた。
「それにしても驚きだわ。いずれ昇格する可能性はあると思っていたけれど、一ヶ月足らずで一軍まで上り詰めるなんてね」
「
「多少は運もあるのでしょうけど、一番は諦めなかったからじゃないかしら。如月君のへこたれなさはゴキブリの生命力並みだもの」
「ねぇ、それ褒めてる?」
「最大限の褒め言葉よ」
冬美がニコリともせずに言った。
言わんとすることはわかるが、いかんせんゴキブリであるため、巧はとても複雑な気分になった。
四人はそのまま連れ立って一軍のグラウンドに足を踏み入れた。
——その後ろ姿を、二人の男子生徒が歩きながら眺めていた。
「やっぱりかっけえよなぁ、一軍って」
「うむ。威厳が感じられるな、ガハハハハ!」
「しかも、男二女二で青春してやがるしよぉ」
「そうであるな。ただ、あの二人に関しては連絡が来たときにやっとか、と思ったものだ」
「確かにな」
あの二人とはもちろん巧と香奈のことだ。
「浅野がノイアー相手にゴール決めるくらい当たり前の結果だったよな」
「南野がゴールエリア右隅からニア上に決めるくらいには当たり前であったな。ガハハハハ!」
「お前、本当に好きだよなぁ、南野」
「うむ。巧にもぜひ拓実に改名してもらいたいものだ」
「でも、プレースタイル的に今の巧のほうが合ってね?」
「間違いないな、ガッハッハ!」
大介が豪快に笑った。
しかし、優は知っていた。これだけ陽気にしつつも、誰にも負けないくらいサッカーに対する情熱を持っているこの友人が、心の中ではメラメラと対抗心を燃やしていることを。
優も同様だった。
巧は優や大介よりも下の立ち位置から一ヶ月足らずで一軍昇格までこぎつけ、アイドル顔負けの彼女を作った。
誠治も一軍のエースストライカーであり、彼女ではないものの、これまた美人で一緒に登校する仲の幼馴染がいる。
友人だとしても、いや、友人だからこそ負けたくない気持ちも強い。
まずはサッカーを頑張って、同時に
優は一人の少女の顔を思い浮かべた。
「何をニヤニヤしているのだ? 気持ち悪いぞ」
「落ち着いたトーンで言うな。傷つく」
「本当に気味が悪かったからな、ガハハハハ!」
——そしてその日、
(ま、マジかっ……)
優はショックを受けた。
なぜなら、あかりこそ彼が脳裏に思い浮かべていた人物だったのだから。
なんとか頭を切り替えようと試みたが、いつものように集中して練習に臨むことはできなかった。
「はあ……」
いろいろな意味でため息を吐いた優の視界の先に、三人の男女が歩いていた。
否、歩いているのは二人だけで、残り一人は背負われていた。
三人の正体は巧と誠治、そして冬美だ。
朝練前とは違って香奈がいないのは、彼女だけ学年が違うためだろう。
もちろん背負っているのは誠治で、その背中に乗っているのは巧だった。
確かに彼は体力の少ないほうだ。しかし、朝練であそこまでへばっているのは初めてだった。
(それだけキツい練習してたってことか……よしっ)
意中の人と少し距離が遠くなったくらいでウジウジしてらんねえな——。
優は一人気合を入れた。
◇ ◇ ◇
巧が誠治に背負われているのは、優の推測通り疲労である。
「朝からそんなに疲れてどうするの。あなただけ昼休み二時間にはならないのよ」
「うん……けど、ただでさえみんなより下手なんだから、僕が手を抜くわけにはいかないし……」
「相変わらず真面目ね。働きアリに混ざっても営業成績トップになれると思うわ」
「ねぇ、それ褒め——」
「褒めてるわよ」
冬美が威圧的な口調で遮った。
僕が働きアリなら彼女はきっと女王アリだろう、と巧は思った。
「お前、女王アリかよ」
「何か言ったかしら?」
「いててててっ、悪かったって!」
冬美に頬を引っ張られ、誠治が涙目になっている。
「久しぶりに会ったと思ったら相変わらずやってんねぇ……って、如月どしたん?」
冬美に親しげに話しかけた女子が、巧を見てギョッと目を見開いた。
「冬美、おひさー」
「おい巧、大丈夫か?」
「おっ、久東じゃん」
「如月君。どうしたの?」
誠治と冬美という校内でも有名な美男美女幼馴染コンビ、そして一人が背負われているという三人では、いやでも注目を集めた。
巧が初めての一軍の朝練でへばった旨を苦笑交じりに伝えると、大半のクラスメートが「お疲れー」「でも一軍ってすごいじゃん!」と温かい声をかけた。
しかし、全員ではなかった。
「おいおい、朝練だけでへばるってマジかよ巧!」
そう言って巧を指差して笑ったのは、バスケ部の
言葉尻だけなら仲の良い友人のイジリにも聞こえるが、正樹の顔には小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。
クラスの空気が重くなる。
しかし、正樹はそれに気づいた様子もなく大声で続けた。
「いくら一軍とはいえ朝練だけだぜ? さすがに余裕だろ、なあ誠治」
「あっ? こいつは今日初めてだったからな。二軍とか三軍とは強度も違ってくるし、仕方ねえだろ」
「いやいやいや! にしてもだろ。俺なんて一軍合流初日からもっとやらせてくれって頼み込んだくらいだぜ?」
すでに一軍のレギュラーとして活躍していることを鼻にかけ、正樹が自慢げに笑った。
誠治の顔が歪む。
元より沸点の低い彼が、親友を馬鹿にされて黙っていられるわけがなかった。
しかし、誠治は何も言わなかった。
口喧嘩になるかも、と躊躇したわけではない。
「——田村君。あなたは何が言いたいのかしら?」
彼が口を開こうとするころには、冬美が視線を鋭くして正樹に詰め寄っていたからだ。
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