先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第56話 美少女後輩マネージャーに背後から抱きつかれた
第56話 美少女後輩マネージャーに背後から抱きつかれた
アキと
(ん?)
(えっ、
巧の脳内は混乱した。
彼は状況を理解できていなかった。それでも、追いかけなければと直感した。
周囲のレベルが高すぎるだけで、巧は決して運動神経が悪いほうではない。
そして香奈は、お世辞にも運動神経が良いとは言えない。
間もなくして彼女の姿を再度捉えることに成功した巧は、声をかけた。
「か……
「うるさいですっ、来ないで!」
「っ……!」
香奈の明確な拒絶に、巧は面食らった。
間もなくして、彼は状況を理解した。
「待って白雪さん! 誤解だって!」
「っ……!」
香奈の足が緩んだその隙に、巧は彼女の腕をつかんだ。
「嫌っ……!」
「嫌じゃないっ、それ誤解だから! ここで話せる内容じゃないし、家まで来て」
巧は有無を言わせない口調で、香奈を引っ張った。
「……わかりました」
とりあえずは話を聞く気になった様子の香奈にホッとしつつ、巧は人生二度目の彼女との気まずい帰路を足早に消化した。
自宅に帰るころには香奈の頭もだいぶ冷えていたようで、録音していた音声を聴かせるまでもなく、彼女は巧の釈明を信じた。
彼女は非常に申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「すみません……」
「大丈夫だよ。まったくもって香奈のせいじゃないからね」
「いえ……それは巧先輩の言葉に甘えさせてもらって、自分のせいじゃないって思うようにしているんですけど、その……疑って逃げてしまって、本当にすみませんっ。巧先輩はそんな人じゃないのに……!」
香奈の瞳に、じわじわと雫が溜まっていく。
「仕方ないよ。いきなりあんな場面に遭遇したら、僕だってパニックになっちゃうもん。あの二人、服も乱れたままだったしね。だから気にしないで。僕はなんとも思ってないから。こうして誤解も無事解けたんだしさ」
「はい……すみません」
香奈が立ち上がり、巧の背後に回る。
髪でも触るのかと思えば、肩を揉み始めた。
「……どうしたの?」
「つ、罪滅ぼしです」
「全然気にしてないから大丈夫だよ、本当に」
「私が気にするんです。嫌でないなら、むしろさせてください」
「わかった。じゃあ、お願いするよ」
肩を揉んでもらって香奈の心が軽くなるのなら、巧にとっては一石二鳥だ。
「あー、気持ちいい……うまいね、香奈」
「時々お父さんとかお母さんにやってるんですよ」
「おー、いい子だ」
巧が何も考えずに反応していると、香奈が「雑すぎですよ巧先輩」と笑った。
(よかった。ちょっと元気になったみたいだ)
巧は安堵した。
「それにしても、よく誘惑されて我慢できましたね。あの二人、性格はともかく容姿と発育だけはいいのに」
「そりゃ、香奈のことを見当違いに悪く言った人たちだし、それが原因で香奈が体調を崩したわけだからね。どんなに魅力的だったとしても、そんな人たちに発情するわけないじゃん……えっ?」
巧が最初に感じたのは、ほのかに鼻腔をくすぐる甘い香りだった。
続いて首筋から鎖骨、胸にかけて暖かさを、首の後ろに柔らかさを感じる。
(も、もしかして背後から抱きしめられてる? というか、もしかしなくてもそうだよね? えっ、ってことは首の後ろの子の重量感のある柔らかさって……!)
巧は混乱した。数秒間、言葉を失っていた。
「……あ、あの、香奈っ?」
「へっ……? あっ⁉︎」
巧がなんとか我を取り戻して声をかけると、香奈が慌てた様子で飛び退いた。
そのままの勢いで、彼女は勢いよく頭を下げた。
「す、すみません! つ、ついっ……あ、あの、本当ごめんなさい!」
「いや、いいけど……」
巧は返答に迷った。
これまでであれば、いくら信頼してくれてるからってここまでしちゃダメだよ、などと軽く返していただろう。
しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。
(普通、ただ信頼して甘えてきているからというだけじゃ、抱きついてきたりはしないよね……)
そのとき、巧の脳内にはたしかによぎった。
香奈が自分のことを好きなのではないか、という可能性が。
しかし、同時に彼の脳裏には浮かび上がっていた。
マネージャーとして頑張っているだけなのに男子に勘違いされると愚痴をこぼした香奈の複雑そうな表情と、一人で家にいるのが寂しいと
(……いや、確定していない以上は、僕はあくまでチームメイト、先輩として接するべきだよね)
「い、嫌でしたよね、いきなりあんなのっ……本当にすみません!」
「ううん、気にしてないよ。顔を上げて、香奈」
再び涙が溜まっている香奈の瞳を、巧は微笑を浮かべながら覗き込んだ。
「香奈が不安になってた気持ちはわかるし、別に怒ってもないよ。ただ、これはちゃんと一線を超えちゃってるから、無限こちょこちょとおあいこってことにしよっか」
「っ……! そ、そうですよね……むしろ、それくらいですませてくれてありがとうございます」
そう言いつつも、香奈は寂しそうな表情を見せた。
自分の行い的にむしろ寛大な処置だったことはわかっていても、「無限こちょこちょ地獄」を相当楽しみにしていたのだろう。
それはそれで巧としては複雑な心境だし、彼女の自業自得ではあるのだが、なんとなくそんな表情をさせたままなのは嫌だった。
「ちなみにさ。前にバージョンアップの告知がなされていたけど、こちょこちょの他には何をするつもりだったの?」
「えっと……宿題を手伝ってもらおうかと」
香奈が気恥ずかしげにポリポリと頬を掻いた。
「こちょこちょに比べてだいぶ優しいね」
「自分だと限度がわかんなくなっちゃったので、無難なものにしたんです」
「素晴らしい判断だ」
「ですよね——あっ」
どこか得意げだった彼女の顔が、絶望に染まっていく。
「どうしたの? 真夏に二回連続で生ゴミを捨て損ねた後みたいな顔してるけど」
「発想が一人暮らし! って、そうじゃなくてっ。あのとき、おそらくは机の中に置きっぱであろう宿題を取りにいくために教室に行こうとしてたんでした……」
「あー……まあ、まだ日数はあるから、明日とか取りに行けばいいんじゃない?」
「うん、そうですね。他にもまだ残ってるし」
香奈は笑みを見せた。
あまり気にしてはいないようだ。
「それよりどうする?」
「何がですか?」
「他にも残ってるんでしょ? 心配させちゃったのは事実だし、少しなら宿題手伝ってもいいけど」
「ほ、本当ですかっ⁉︎」
香奈がパァ、と顔を輝かせた。
やっぱり彼女はこういう表情が似合うな、と思いつつ、巧は首肯した。
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