先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第25話 美少女後輩マネージャーが寝落ちした
第25話 美少女後輩マネージャーが寝落ちした
映画の前半はコミカル要素が強めで、
後半にかけてはコミカルというよりもほっこりする話になっていったので、彼女が大人しくなっても、巧はさして気にも止めていなかった。
というより、彼は普通に映画に熱中していた
——トン。
不意に、巧は肩に重さを感じた。
「……えっ?」
何気なく視線を向け、巧の思考は停止した。
彼の目と鼻の先には、光沢を放つサラサラの赤毛があった。
(あっ、いい匂い……じゃなくてっ)
「し、
返事は、すぅ、すぅ……という穏やかな寝息だった。
巧の肩にもたれかかってきた少女は、すっかり寝入ってしまっているようだった。
(さ、さすがにこれはまずいっ……)
巧だって健全な男子高校生だ。
女の子、それも容姿もスタイルも抜群の香奈にもたれかかられて、何も感じないはずがなかった。
それに加えて、しつこくない程度の甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。
弱めのボディブローを絶え間なく打ち込まれているかのように、理性が徐々に削られていく。
現状を打破するためには、香奈を起こすしかない。
しかし、巧は再び声をかけることはしなかった。寝顔がとても穏やかなものだったからだ。
(そりゃ、疲れたよね……)
今日のハードな一日を思い返せば、リラックスした様子で熟睡している香奈を起こすことなどできなかった。
しかし、さすがに今の体勢を続けているのは良くないし、彼女も体を痛めてしまうだろう。
巧は一度映画を停止させてから、香奈の上半身を横抱きにした。
一部を除いて華奢な彼女だが、手触りは柔らかかった。
引き締まっているのに柔らかいというのはどういう原理なのだろう——。
巧は結構真剣に思考を巡らせつつ、クッションを枕にソファーに寝かせた。
香奈の寝息に乱れはない。
すっかり寝入ってしまっているようだ。
(十時を過ぎたら起こそう。今日ばかりは仕方ないから、軽く注意するくらいにしておくか)
そう思って、巧が映画に意識を戻そうとしたとき——、
「巧先輩〜……」
「っ……!」
巧は息を呑んだ。
香奈に目を向ける。スヤスヤ眠っている。どうやら寝言だったようだ。
心臓の鼓動が速くなっている。
香奈に名前で呼ばれたのは、初めてのことだった。
夕食時に名前いじりをしてきたからだろうか。彼女はいつも巧のことを先輩、としか呼ばない。
最初に会ったときは
(何でなんだろう。今度聞いてみようか)
巧は香奈から視線を外し、映画を再開させた。
結局、十時を過ぎて映画が終わっても、香奈は起きなかった。
「白雪さん」
「んー……」
「白雪香奈さーん?」
「んむぅ……」
(ダメだ、こりゃ)
肩を揺すってみても、頬をペチペチと叩いてみても、唸り声を上げるばかりで起きる気配がない。
先程よりも深く寝入ってしまったようだ。
(やっぱりさっき無理やりにでも起こしておくべきだったか……)
後悔しても後の祭りだ。
これ以上できることはない。同じことを続けていればいずれは起きるだろうが、時間をかけていては香奈の両親に心配をかけてしまうだろう。
「仕方ないか……ちょっと待っててね、白雪さん」
部屋を出た。部屋着でもまだまだ蒸し暑い。
今日は熱帯夜だというニュースを思い出した。
階段を使って三階に登る。反対方向からスーツを着た女性が歩いてくるのが見えた。
ルビーのような赤髪が月光に照らされている。
巧は、彼女が目的の人物だと確信した。
「こんばんは」
「……こんばんは」
女性の顔にはわずかに警戒の色が浮かんでいる。
「白雪さんですよね?」
「はい……あなたは?」
「如月巧と言います。娘さんと同じサッカー部に所属していて——」
「あっ、あなたが香奈の言う『先輩』?」
「はい、そうです」
「そうだったの……」
女性は会得がいったようにウンウンとうなずいた。
「いつも娘がお世話になっています。今日も伺っているとか」
「はい。実はそのことで一つ、お願いがありまして」
「どうしたの?」
女性は不安げな表情だ。
香奈に何かあったのではないか、と心配しているのだろう。
「全然具合とかが悪いわけではないと思うのですが、し……香奈さんがウチでちょっと寝てしまってまして、申し訳ありませんが引き取っていただいてもいいですか?」
「えっ……す、すみません!」
一瞬の空白の後、女性はペコペコと頭を下げた。
女性は白雪
巧は彼女と白雪家のダイニングテーブルで巧と蘭で向かい合っていた。
「本当に、うちの娘がご迷惑をおかけしました……」
蘭が深々と頭を下げた。
頬や耳がうっすら赤に染まっている。居た堪れないのだろう。
「いえ、全然気にしないでください」
「まったくもう、あの子は……」
蘭がため息を吐いて、後方に視線を向ける。
香奈の部屋だ。彼女は蘭の手で早急に自室に放り込まれた。
「すみません。娘さんをお預かりしておきながら、伺いもしなくて」
巧は頭を下げた。
ずっと考えてはいたのだ。ただ、彼氏でもないのに親に挨拶というのも変かと思って、ついつい先延ばしにしてしまっていた。
「いえいえ。娘がお邪魔しているのだから、むしろこちらからご挨拶させていただくべきだったわ。ご迷惑をかけていないかしら……って、もうすでにかけていたわね」
蘭が苦笑した。
「本当に気にしないでください。寝てしまったのはちょっとびっくりしましたけど、料理も手伝ってもらっていますし、むしろ助けられていますから」
「そう? いいのよ全然、迷惑なら迷惑と言ってもらって」
蘭が探るような視線を向けてくる。
娘の失態を目にしたばかりだ。疑い深くなってしまうのも無理はない。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です。それに、彼女は僕の恩人ですから」
「あら、そうなの?」
蘭が目を見開いた。
「はい。僕は一度サッカーを辞めようと思っていたのですが、彼女のおかげで今は楽しく続けられているんです」
「そう……香奈はちゃんとやっているのね」
蘭は口元を緩めた。嬉しそうでもあり、どこか寂しげでもあった。
「本当に優秀ですよ、彼女は。気遣いも上手いし、何よりサッカーに精通しています。入学してから経ったの二ヶ月での昇格も、全く不思議じゃありません」
「サッカーはよく見ているものね。それで補習は困りものだけど……巧君のほうからも言ってくださる?」
「言ったら、お母さんと同じことを言うって不満げにされました」
「あら」
蘭がクスクス笑った。
豪快な香奈とは違い、静かに笑うタイプのようだ。
単純に子供と大人の違いなのかもしれないが。
「あの、今更ですけど誓約書とか書いたほうが良いのでしょうか? 付き合ってもいないのにお預かりしているわけですし」
「いいわよ、そんなの」
蘭がヒラヒラと手を振った。
口元が緩やかな弧を描く。
「親が言うのも何だけど、あの子はよくモテるから、男性への警戒心は人一倍強いのよ。愛想の良さで隠してはいるけどね。相当信頼していなければ、男の人の家でグースカ眠ったりはしないわ。あの子は人を見る目があるし……それにこうして直接お会いして、巧君は誠実な子だってわかったから大丈夫よ」
「わかりました。ありがとうございます」
まだ出会って数十分だが、どうやら信頼してもらったようだ。
「巧君。私たちが共働きなのは聞いてる?」
「はい」
「私も平日はこのくらいになるし、夫はもっと遅いから、あんまり香奈のことは構ってあげられていないの。お門違いなのはわかっているけど、無理のない範囲で相手をしてあげてくれないかしら?」
「香奈さんが望むのなら、喜んで。僕も彼女と話しているのは楽しいですから」
「そう? ありがとう。あの子も喜ぶわ。普段からよくあなたの話をしているから」
「そうなんですね」
巧は照れ笑いを浮かべた。
知らないところで自分の話をされているのは気恥ずかしいものだ。
「香奈が二回もご馳走になっちゃったみたいだし、今度はぜひうちに夕食でも食べにいらして」
巧が白雪家を辞去するとき、蘭はそう言った。
「はい、機会があればぜひ」
「あら、社交辞令じゃないわよ?」
蘭はそう言ってイタズラっぽく笑った。
香奈とよく似た表情だった。さすがは母娘だな、と巧は思った。
思ったよりも長く話していたようで、家に戻るころには十時半を回っていた。
巧はスマホを取り出し、ラインを開いた。
三軍副キャプテンの
夕方の武岡の一件についてだった。
何往復かやりとりをした後、少しさかのぼって別の人物のトークルームを開く。
——夜分遅くにすみません。今から少しだけ話せますか?
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