先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第24話 美少女後輩マネージャーのお尻を鷲掴みにしてしまった
第24話 美少女後輩マネージャーのお尻を鷲掴みにしてしまった
彼女は一言も発さないし、巧から話しかけられる雰囲気でもない。
必然的に、後輩の女の子に無言で頭を撫でられ続けるという状況が完成していた。
(何、この羞恥プレイ……!)
巧の体感で数十分が経過したころ——実際には数分しか経っていない——、香奈が手を止めた。
巧はゆっくりと顔を上げた。
彼女は、まだ若干染まったままの頬をぷっくり膨らませていた。
「……どうですか?」
「すごく、居た堪れないです……」
「そうでしょう? これを不意打ちでやられる側の気持ちにもなってください」
「うん、ごめん」
巧は深々と頭を下げた。
「……たときだけです」
「えっ?」
聞き取れずに巧が聞き返すと、香奈が再び頬を真っ赤に染めながら叫んだ。
「だからっ、私がお願いしたときだけ撫でてくださいって言ったんです! ふ、不意打ちは禁止ですからねっ!」
「……はあ」
お願いされるときがあるのか、と気になってしまった巧は、実に適当な返事をしてしまった。
香奈が視線を鋭くさせる。
「——先輩?」
「あっ、うん。わかったよ!」
巧は首を何度も縦に振った。
「よろしい。もし不意打ちで撫でてきたら、倍の時間私が先輩を好きにさせてもらいますからね」
「な、撫で返されるだけだよね?」
「そんな訳ないでしょう。脇という脇をくすぐり倒しますよ」
香奈が手をわきわきとさせた。
巧は口元を緩めた。
「いいけど、脇は効かないよ?」
「嘘です。前に見ましたもん。
「……見られてたんだ」
ハッタリがバレたこと、自分の過去の醜態を目撃されていたこと。
巧は二重に羞恥を覚えた。
「先輩、赤くなってて可愛い〜!」
香奈が頬をつついてくる。
巧はふんと鼻を鳴らし、ソファーから立ち上がった。
——次の瞬間、香奈の手がスッと彼の脇に差し込まれた。
「おりゃりゃりゃっ!」
「あはははは! し、白雪さんっ、ちょっと、ちょっとストップ!」
香奈に目撃されていた通り、巧は脇をくすぐられるのがとても弱かった。
「逃しません——おわっ⁉︎」
「白雪さんっ⁉︎」
ソファーに倒れることで逃走を図った巧を追いかけてきた香奈が、足元でも滑ったのか、バランスを崩した。
巧は彼女を抱き止めつつ、一緒にソファーに倒れ込んだ。
柑橘系の甘くも爽やかな香りが鼻をかすめ、両手には柔らかい感触。
巧が触っていたのは香奈のお尻だった。
咄嗟のことだったため、もはや鷲掴みしていた。
(すご、柔らかっ……って、やばいやばい!)
一瞬だけ感動してしまってから、巧は慌てて手を離した。
「——あっ」
巧の上にまたがる体勢になっていた香奈が、小さな声をあげた。
その頬がグラデーションのようにみるみる赤色に染まっていく。
彼女の視線は、巧の下腹部に釘付けになっていた。
「ご、ごめん!」
巧の焦った声で衝撃から回復したようで、彼女はパッと彼の上から飛び退いた。
彼から少し距離をとったところで、頬を完熟したりんごよりも赤くさせつつ、チラチラと巧を窺う。
(ど、どうしよう……!)
巧の全身から冷や汗が噴き出した。
女の子の匂いとお尻を同時に堪能してしまい、彼の体は反応していた。
それを香奈に見られてしまったのだ。
(後輩の女の子に対してとか最低だっ、絶対嫌われた……!)
羞恥よりも、焦りや恐怖が巧の胸中を支配していた。
だが、とりあえず謝らなければ何も始まらない。
「「ご、ごめんなさい!」」
二人が頭を下げたのは同時だった。
「「……えっ?」」
驚きのリアクションまで丸被りした。
巧と香奈は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
空気が一気に軽くなった。
「すごいね、今のタイミング」
「ですねぇ……先輩、改めてすみませんでした。その、あのっ……全然私は気にしてませんよっ! 先輩は私を助けてくれただけですしっ、男の人ならし、仕方のないことだっているのはわかってますから!」
香奈の頬が再び色づく。
気にしていないわけのない反応だが、幸い嫌悪感は抱いていない様子だ。
(り、理解してくれたんだ……)
巧の胸に安堵が広がった。
「うん、ごめん……けど、やっぱり白雪さんはおっちょこちょいだね」
「うるさいですっ。今はちょっと滑っただけですもん!」
「練習中も転けそうになってたよね?」
「……その節はどうもありがとうございます」
香奈が気まずそうに笑った。
巧が彼女をおっちょこちょい呼ばわりするのは、ちゃんと前科に基づいている。
「こういうことが起きるとよくないし、くすぐりは禁止かな」
「い、いえっ、先輩が元からソファーにいてくれれば大丈夫です! 先輩がやらかした場合のお仕置きですから、これは譲れません!」
「う、うん……まあ、そっか」
(罰則だし、甘んじて受け入れるしかないか。でも——)
夜という時間帯的もあったのか、このときの巧は少しテンションが変だった。
「じゃあそれはそうするとして……逆に
「えっ……」
香奈が頬を引きつらせた。
「いいでしょ? 条件は一緒だもん」
「っ……わかりました。呑みましょう」
巧にとっては意外なことに、香奈は特に反論もせずに受け入れた。
(勢いで言っちゃったけど……実際にそういう場面になったらどうしよう)
彼は少し冷静になった。
時計を見る。七時五十五分。
体感とは違い、夕食を食べ終えてからまだそれほどの時間は経過していなかった。
「この後はどうする?」
「先輩はどうしますか?」
「今日はもうダラダラしようかなって思ってる」
「えっ、じゃあもう少しだけいてもいいですか?」
「もちろん」
「やりぃ! あざますっ」
香奈が勢いよく頭を下げた。
巧は舎弟でも持った気分になった。
「ご両親はまだ帰ってこないんだ?」
「はい。十時過ぎだと思います」
「オッケー。なら、それまではいてもらって構わないよ」
「本当ですかっ? ありがとうございます! あっ、でも、先輩は全然ご自身の生活を優先させちゃってください。私のことは抱き枕くらいに扱ってもらえれば構わないので!」
「寝室の空きスペースに放り込むことになるけど、いい?」
「先輩が夜中にイタズラされる覚悟がおありなら。私、夏の蚊よりもしつこいですよ」
「窓から放り投げるね」
「キャー、こわーい」
香奈が笑みを浮かべながら怖がるそぶりを見せた。
「えっ、それってお姫様抱っこですか?」
「投げ方関係ある?」
「もちろん! 同じ投げられるにしても、小脇に抱えられるのとお姫様抱っこでポーンってされるのは天とすっぽんですから」
「まあ、多分投げるならお姫様抱っこだろうね。さすがに人一人小脇に抱えるのは僕には無理そうだし」
「あぁ確かに。そもそもお姫様抱っこでも怪しくないですか?」
「失礼な。これでも中学のころに、熱中症で倒れたマネージャーくらいなら保健室まで運んだことあるし」
「えっ、なんですかそのアオハルは!」
香奈がガバッとソファーから立ち上がった。
「その子羨ましい! 私も倒れます!」
「やめてね。あれマジで心臓に悪いから」
「でも、Love so sweet 流せば恋が始まりますよ」
「納得してしまうのがすごいよね。さすが嵐」
「ですねぇ」
「白雪さんは好きなアイドルとかいないの?」
ふと気になって、巧は尋ねてみた。
「特にはいないですね。サッカーを見てたら、アイドルの追っかけをしている暇なんてありませんし」
「本当にサッカー馬鹿だね。じゃあアニメとか映画とかも見ないんだ?」
「サッカーのやつ以外はほとんど見ないですね」
「すごいね」
よく脳筋などという言葉が使われるが、香奈の場合は筋肉ではなくサッカーボールでも詰まっているのではないか、と巧は真剣に考えてしまった。
「逆に先輩は見るんですか? そういうの」
「ちょいちょい、息抜きにね」
「へぇ、なんか意外です。どういうのが好きなんですか?」
「結構コミカルなやつが好き。ネズミーの映画とか」
「面白いんですか?」
「面白いよ。なんかハッピーになれる」
「そうなんですね。オススメとかってあります?」
「そうだね……」
巧はテレビを操作して、ネットリラックスを起動した。サブスク制の動画配信サービスだ。
父親の
履歴の中から一つの作品を表示させる。
「これとか、特にオススメかな」
「なるほど」
香奈がスマホを操作する。作品名をメモしているのだろう。
「なんなら今見る?」
「えっ、いいんですか?」
「うん。二時間ないくらいだから、ちょうど白雪さんのご両親が帰ってくるころには見終わると思うよ」
「迷惑じゃないですか?」
「全然。僕も久しぶりに見たいし」
「なら、お言葉に甘えさせてもらいますっ」
香奈が瞳を輝かせた。
「オッケー」
巧が選んだ作品は、コミカル要素がありつつも心温まるものだ。
泣いてだいぶスッキリしたようだが、恐怖というのはふとしたときに蘇ってくるものだ。
(少しでも楽しい気持ちになって、キャプテンに迫られたことを忘れてくれたらいいな)
そんなことを思いつつ、巧は再生ボタンを押した。
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