先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第23話 また美少女後輩マネージャーの頭を撫でてしまった
第23話 また美少女後輩マネージャーの頭を撫でてしまった
香奈は、トイレから戻ってきたと思ったら、それまで以上にハイテンションになっていた。
向かい合って食事を共にしている今も、上機嫌に練習のときの巧のプレーについて語っている。
トイレ前の「警告」に嫌悪感を抱いている様子はない。
(嫌な思いはさせてないみたいだ)
巧は安堵した。
「あの股抜きはマジで昇天しかけましたねぇ。あれぞまさに『巧』って感じでした! いや、あの落ち着きようは
「すごいね。頭から尻尾まで、全部
巧は本気で感心した。
香奈が口元をへの字にする。
「……何でしょうね、この微妙な気持ちは。ガハハハハ!」
「すごい、そっくりだ」
「それは普通に嫌です。いえ、
香奈が慌てたように付け足した。
「わかってるよ。苦手な人は一定数いるだろうけど、なかなかあれを嫌いにはなれないよね」
「めっちゃわかります。映画とかで出てきたら絶対いい人ポジですもん、金剛先輩」
「間違いない」
巧は大きくうなずいた。
「ふい〜……」
食事中もずっとハイテンションを継続していた香奈だが、後片付けを終えると途端にグータラし始めた。
具体的には、ソファーの背もたれに体を預けて目を瞑っている。
満腹による眠気に襲われているのだろう。
(すっかり伸びてるなぁ……)
落差の激しさに苦笑する反面、本当にリラックスしてくれているようでよかったと、巧は食事前と同じように安堵した。
「お腹ぽんぽこりんこです〜……ご馳走様でした、美味しかったです」
ソファーにキチンと座り直し、礼儀正しく手を合わせたあと、香奈は再び体を投げ出した。
「お粗末さま。いっぱい食べたね」
「はい……先輩の味付け、結構ドストライクなんですよね。ちょっと優しめで」
「
前回も今日も味付けは彼自身でやっているので、香奈の味は知らないのだ。
「私、面倒で大雑把にやっちゃうからたまに濃くなりすぎるんですよ」
あはは、と香奈が頭を掻いた。
「そっか」
巧はクスッと笑った。
香奈が「これくらいでいいや」と言いながら、適当に調味料を入れていく姿が容易に想像できる。
「じゃあ、今度は白雪さんに味付けしてもらおうかな。その、いつもの適当な感じで」
そう言いながら、巧は香奈の隣に腰を下ろした。
「えー、嫌だ」
「嫌だ?」
「私は先輩の味が食べたいでーす。未来永劫先輩が味付けしてくださーい」
「話が壮大になったけど……わかった。そんなふうに言ってくれるなら、これからも僕がやるよ」
「よっしゃー……」
香奈がガッツポーズをした。いつもよりも勢いがないし、動きもなんだかふにゃふにゃしている。
(意外とちょろいな、僕)
おだてられただけですぐにその気になってしまった自分に、巧は心のうちで苦笑いを浮かべた。
「男を捕まえておくなら胃袋を掴めって言いますけど、これ完全に私が鷲掴みにされちゃってますね……」
香奈がにはは、と笑った。
「大変光栄なことだね、それは」
「学校のみんなに自慢してもいいんですよ?」
「真昼間に教室のど真ん中で正面から刺されそうだからやめておくよ」
「恨み深っ!」
香奈がケタケタ笑った。
話していて、少し眠気が飛んだようだ。
彼女はぐるりと部屋を見回した。
「にしても先輩、ちょっと部屋綺麗になりました?」
「うん。まあ、ちょいちょい女の子が来るからね」
「おー、感心感心」
香奈がパチパチと拍手をした。
「……って、私以外の女連れ込んでませんよね⁉︎」
「連れ込んでないけど……もし仮にそうだとしてもいいんじゃない」
「そんなっ、先輩……! 私だけじゃ満足できないって言うんですか……?」
「あれ、僕たちってどういう関係だっけ?」
「夫婦以上恋人未満です」
「解なしだね」
「いいえ、これぞ虚数『愛』です!」
「おー、うまっ」
巧は手を叩いた。素直に感心してしまう。
「へへん。まあなんにせよ、私のおかげで掃除癖がつきつつあるということなので、感謝してくださいっ」
「さっきまでそう思ってたんだけど、今すごい感謝したくなくなった」
「もう、素直じゃないなぁ」
「そういう白雪さんはどうなの?」
「汚いって思うじゃないですか」
「うん」
巧は即答した。
香奈が吹き出す。
「そこは否定してください……意外と綺麗なんですよ、これが」
「今日は四月一日じゃないよ」
「本当ですぅ。親に口酸っぱく言われ続けたおかげで、片付けだけは身につきましたもーん」
尖っていた香奈の唇が、にんまりと弧を描く。
「なんなら、今度見にきます?」
「機会があったらね」
「あー、絶対に来ないやつだー」
「だって、僕が白雪さんの部屋を訪ねる理由がないでしょ。親もいるんだし……って、そうそう。聞きたかったんだけどさ。今更な気もするけど、僕の家に来てることはご両親に言ってあるの?」
「はい」
香奈はあっさりとうなずいた。
「許可してくれたんだ」
「はい。先輩はそういう人じゃないって説得しました。一晩中口論しましたけど」
「えっ——」
「嘘ですよ」
口を半開きにした巧を見て、香奈がお腹を抱えて笑った。
「なんだ、嘘か……」
「先輩可愛い〜! 先輩は誠実な人だって言ったら、すぐにオッケーしてくれましたよ」
「両肩にかかるプレッシャーがすごいけど……信頼されてるんだね」
「どうなんでしょう? ウチの親、わりと自由にさせてくれるので」
香奈が頬を緩めた。
一緒に過ごせる時間は長くなくとも、両親との仲は良好なようだ。
「先輩のご両親も結構そういう感じですか? 一人暮らしさせてくれてる訳ですし」
「そうだね。
「そうなんですか?」
「入学の時期とお父さんの転勤が重なっちゃってさ。さすがに通える距離じゃなくなっちゃったんだ。ここは高校生一人で住むには贅沢すぎるけど、お父さんが責任感じちゃってて、学校に近いし窮屈な思いはさせたくないからって契約してくれたんだ」
「なるほど。いいお父さんですね」
香奈が穏やかに微笑んだ。
「うん。ちょっと天然でズレてるところもあるけどね」
「お母さんもお父さんと一緒に住んでいるんですか?」
「ううん、お母さんは僕が小三のときに病気で死んじゃった。だから今は父子家庭ってやつだね」
「っ……そう、だったんですか……すみません。無神経に聞いてしまって……」
笑みを浮かべていた香奈が一転、泣きそうな表情になった。
巧は慌てて手を振った。
「いいよいいよっ、ちゃんと踏ん切りもついてるし、気にしないで。全然お父さんともお母さんの話とかするし!」
「でもっ……!」
香奈がずずっと鼻をすすった。
巧は無意識のうちに、ルビーが原料なのではないかと疑いたくなるほど光沢のある赤髪に手を伸ばしていた。
「本当に大丈夫だから。気遣ってくれてありがとう。白雪さんは優しい子だね」
「はい……って、あ、あの、先輩っ……⁉︎」
香奈の顔がグラデーションのように朱色に染まっていく。
「えっ? ……あっ、ご、ごめん!」
(またやっちゃった!)
巧は慌てて頭を下げた。
先日に香奈からお願いされたときや、泣きついてきた今日の夕方のような特異なシチュエーションでもない限り、彼女ではない女の子の頭を撫でるのはよろしくないだろう。
香奈はなかなか言葉を発さない。
巧は居心地の悪さを感じつつも、彼女の表情を見るのが怖くて、顔を上げられなかった。
不意に、頭に何かがぽすんと乗った。
香奈の手だとすぐにわかった。
「し、白雪さ——」
「そのままでいてください」
「は、はい」
途方もない圧を感じ、巧は抵抗を諦めた。
それからしばらく、なぜか無言で香奈に頭を撫でられ続けた。
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