第2話 三軍キャプテンに退部しろと言われた

 高校サッカーの練習試合の時間は、公式戦と同様に前後半合計で八十分だ。


 前半の四十分間を、たくみはベンチで過ごした。

 ハーフタイムに入ったところで一対〇とリードはしていたものの、決して内容が良いとは言えなかった。


「巧、いくぞ」

「はいっ」


 後半十分、巧に出番が訪れた。左ウイング——前線の左サイド——での出場だ。


 今日こそは・・・・・やってやる——。

 そう意気込んで、巧はピッチに足を踏み入れた。


 そしてチームは、一対二の逆転負けを喫した。




 相手チームが歓声を上げる中、巧にチームメイトからの険しい視線が突き刺さる。

 香奈と一緒にいる時に向けられる嫉妬のものとは、性質が違った。


 憤怒や軽蔑、非難を伴ったそれらは体の表面を突き破り、巧の心を容赦ようしゃなくえぐった。

 比喩ではなく本当に刃を突き立てられているような感覚がして、息が苦しくなった。


 仲の良い友人や可愛がってくれている先輩マネージャーは、負けたのは巧のせいじゃないと言ってくれた。

 励ましでしかないことはわかった。二失点とも、巧のミス絡みのものだ。


 どちらの場面でも、巧は完璧に状況を把握していた。

 全員が彼の想像通りのプレーをした——巧本人を除いて。


 脳内にはっきりと映し出されていた映像に、彼の体だけがついていけなかった。

 初めての経験ではなかった。


 その後のチームとしての対応も良くなかった。

 しかし、自分が敗因であることは、巧自身が一番よくわかっていた。




 グラウンドの整備や片付けが終わると、最後に三軍監督の川畑かわばたからの総括があった。


「失点シーンの対応は良くなかった。各自反省するように」


 川畑はそれだけを言うと、解散を告げた。

 彼は本当に最低限しか言わない。

 言えないのではなく、自分で考えて次のプレーで答えを示せということだ。


「如月、ちょっと来い」


 川畑やコーチの姿が完全になくなってから、巧は三軍キャプテンの武岡たけおかに呼ばれた。

 今朝、香奈かなに絡んでいた男だ。


 大柄で粗暴な三年生で、練習中も試合中もだいたい怒鳴っている。

 それに耐えかねてやめてしまった部員やマネージャーも何人かいた。


 失点に直結したミスについて怒られるのだろう。いつものことだ。

 さらなる着火剤を与えないよう、巧は重い足を必死に回して駆け寄った。


「如月」


 武岡の声は、いつもより静かだった。

 巧は嫌な予感を覚えた。


「お前、もう辞めろよ」

「……はっ?」


 巧は何を言われているのか理解できなかった。


「あ、あの、やめろとは……?」

「はっきり言わなきゃわからねえか? ——サッカー部を辞めろって言ってんだよ」

「っ……!」


 紡がれた衝撃的な言葉、そして武岡の憎しみすらこもった瞳を前に、巧は言葉を失った。


「今日だけじゃねえ。お前が目立つのは、ミスをして失点に絡んだ時だけだ。百害あって一利なし、まさにお前のためにあるような言葉だよ。お前のせいで負けて俺らの評価まで下がる」


 いい迷惑だ、と武岡が吐き捨てた。


「頑張ればいつかは……なんて思ってねえだろうな。はっきり言ってやるよ。如月、お前は選ばれていない側の人間だ。咲麗ウチじゃなくても、他の中堅校でだって試合に出れねえだろう——俺と違ってな」


 絶句している巧に向かって、武岡は口の端を吊り上げて続ける。


「俺は二軍の監督に嫌われてるから三軍にいるだけだ。三軍でも足手まといのお前とじゃ格が違う。努力じゃ決して埋まらねえ、才能の差があるんだよ。いつか限界感じて自分で辞めんじゃねえかって期待してたが、もうこっちが限界だわ。命令だ。即刻退部しろ」


 ——二度とグラウンドに足を踏み入れるな。

 そう吐き捨てて、武岡は去っていった。


 武岡以外にも、何人かの部員はまだグラウンドに残っていた。


 その中には呆然としている巧を気遣わしげに見る者もいたが、一人、また一人と声をかけないままグラウンドを去っていく。

 今日は副キャプテンの三葉みわが欠席していることもあり、誰も武岡に逆らえないのだ。


 グラウンドから人の姿がなくなるまで、巧はその場に立ち尽くしていた。


「……帰ろう」


 エナメルバッグを肩にかける。

 水筒も弁当も空になっているはずなのに、家を出た時よりも重い気がした。


 とても、大股で歩く気分にはなれなかった。




◇ ◇ ◇




「クックック。まったく、最高の気分だぜ。いい反応してくれたなぁ、如月は」


 退部を命じたときの巧の顔を思い出して、武岡は自室で悦に浸っていた。


「他の奴らならともかく、俺に言われちゃあの雑魚も辞めるしかねえ。自然と香奈との交流もなくなっていくだろう。そうなれば、あとはじっくり距離を詰めていけばいい。女なんて所詮、好意を伝え続ければ簡単にオトせるからな。あー、早くあの胸を揉みしだきてえ」


 自分の手で乱れる香奈を想像して、武岡はさらに笑みを深めた。


「今は少しばかり警戒されているが、それは香奈が俺のことを男として意識しているからだ。案外、強引に手を出されることを望んでいるのかもしれねえな。プランBとして考えておくか」


 このときの彼の中では、巧が退部すること、そして香奈がいずれ自分のモノになることは決定事項となっていた。


 自分にはそれだけの影響力と魅力が備わっていると、本気で思っていたのだ。

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