三軍キャプテンに退部を命じられた少年は、美少女後輩マネージャーに支えられて覚醒する 〜成り行きで家に上げたら、毎日入り浸るようになった件〜
桜 偉村
第一章
第1話 三軍キャプテンに退部を命じられた
「お前、もう辞めろよ」
「……はっ?」
練習試合の後、唯一の徒歩通学である巧が同級生たちと別れて帰宅しようとしていたところで、
そして、唐突に先の一言を告げられたのだ。
「あ、あの、やめろって……?」
巧がおそるおそる問い返すと、武岡はわざとらしくため息をついた。
面倒そうに大きな手でガシガシと後頭部を掻いてから、巧を見据える。
「はっきり言わなきゃわかんねえか? ——サッカー部を辞めろって言ってんだよ」
「っ……!」
武岡の憎しみすらこもった瞳を前に、巧は言葉を失った。
「今日の失点、全部てめえのせいだろ。下手くそなんだからボールを持つなって、何回言えばわかんだよ。技術もなければ、脳みそも足りねえのか?」
「っ……!」
巧は拳を握りしめたが、反論はしなかった。
できなかったのだ。自分のミスが失点につながったのは、紛れもない事実だったから。
「今日だけじゃねえ。てめえが目立つのは、ミスをして失点に絡んだときだけだ。百害あって一利なし、まさにてめえのためにあるような言葉だよ。てめえのせいで負けて俺らの評価まで下がる。いい迷惑だ」
武岡はゴミでも見るような目を巧に向け、忌々しそうに吐き捨てた。
それから、
「頑張ればいつかは……なんて思ってねえだろうな。はっきり言ってやるよ。如月、てめえは選ばれていねぇ側の人間だ。ウチじゃなくても、他の中堅校でだって試合に出れねえだろう。同じ三軍でも、二軍の監督に嫌われてるから上がれねえだけの俺と、三軍でも足手まといのてめえとじゃ格が違う。努力じゃ決して埋まらねえ、才能の差があるんだよ」
そう鼻で笑われても、巧は唇を噛みしめることしかできなかった。
(そんなことはわかってる……けど……っ)
「いつか限界感じて自分で辞めんじゃねえかって期待してたが……もうこっちが限界だわ。それに、辞めてもらいたい理由はもう一個あんだよ」
武岡が一歩、近づいてくる。
その顔には、下卑た笑みが浮かんでいた。
「——てめえみたいなザコとつるんでたら、
「っ……!」
一年生ながら、入部してから二ヶ月で異例の二軍昇格を果たしたマネージャーだ。
アイドル級の美貌とスタイルを持ち合わせているにも関わらず、香奈はなぜか、巧に懐いていた。
『私は好きですよ、先輩のプレー』
つい先日は、落ち込んでいた巧をそう慰めてくれた。
今日だって、試合前に偶然出会ったときに、『私も補習で寝ないように頑張りますから、先輩も試合、頑張ってくださいね!』と励ましてくれた。しかし——、
(ごめん、白雪さん……僕、もう限界かも……)
巧の心はすでに折れかかっていた。
だが、武岡は言葉を止めない。
「香奈は顔、体、能力、どれをとっても一級品だ。てめえとは住む世界が違えんだよ。それに、これ以上醜態を晒してたら、そもそも愛想尽かされちまうぜ? あいつはてめえよりも上手いやつらを毎日見てんだからな。一応は懐かれてるみてえだし、せいぜい醜く足掻けよ? ——まぁ、所詮は男としてみられてねえだけだけどな」
そう言い捨て、武岡は背を向けた。
「如月、これは命令だ。即刻退部しろ」
二度とグラウンドに足を踏み入れるな——。
そう吐き捨てて、武岡は踵を返した。
巧は呆然とその背中を見つめたまま、しばらくの間、動くことができなかった。
「もう、諦めるべきなのかな……」
ここ最近、ずっと考えていたことだったが、声に出したのは初めてだった。
巧が目立つのは、ミスをして失点に絡んだときだけ——。
武岡の言葉は、誇張でもなんでもなかった。
今日だって、相手のディフェンダーの反応は読めていた。
左サイドでトラップをした時点で、相手は巧の予想通りのリアクションをした。あとは、ボディフェイントを入れて抜き去るだけだった。
けれど、フェイントを入れたところで体勢を崩してしまった。
あっさりとボールを奪われて、その流れで失点した。
何をすべきかはわかるのに、体と技術が追いついてこない。周囲の何倍も練習しているのに、差は広がるばかり。
武岡の言う「努力ではどうにもならない才能の差」を一番実感していたのは、他ならぬ巧だった。
いつからだろう。部活の準備をしているときに、ため息を漏らしてしまうようになったのは。
いつまでだろうか。「今日もサッカーができる」と屈託のない笑みを浮かべていられたのは。
咲麗高校のサッカー部に入りたい——。
そう父にわがままを言って受験させてもらった手前、簡単に辞めるわけにはいかないと思って頑張ってきた。人一倍、努力もしてきた。
(……でも、これ以上頑張る意味なんてあるのかな……)
最近は楽しむことも、成長することもできず、ただ苦しいだけの時間を積み重ねている。
それを努力と呼んでいいのかも、もうわからなかった。
(うまくなりたい、楽しくサッカーをやりたい……ただそれだけなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう……)
「っ……」
血の味がするほど、唇を噛んだ。そうしなければ、涙がこぼれそうだった。
目を閉じて、ひとつだけ息を吐いた。
「……帰ろう」
いつの間にか肩から滑り落ちていたエナメルバッグを拾い上げ、巧は足を引きずるように歩き出した。
スキップをしていても、無感情に歩いていても、足を動かしていれば自宅は確実に近づいてくる。
マンションのエントランスをくぐり、二階の一人暮らしの自宅にバッグを家に放り込むと、床に崩れ落ちそうになった。
——それなのに、気がつけば、足は近所の公園に向いていた。
入り口のすぐ近くに、生い茂る木々を背にして縮こまるベンチがある。腰を下ろすと、キィ、と金属の軋む音がした。
首筋に、冷たいものが触れた。ポツポツと始まった雨は、やがて本降りに変わった。
このままでは風邪を引いてしまう——。
そんな冷静な思考とは裏腹に、巧の体はぴくりとも動かなかった。
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