先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜

桜 偉村

第1話 美少女後輩マネージャーが絡まれていた

「一週間後の土曜なんてどうだ?」

「すみません」


 校舎の影から聞き慣れた男女の声が聞こえて、如月きさらぎたくみは足を止めた。

 そっと様子をうかがってみる。

 二人の正体も、そして状況も予想通りだった。


「いいじゃねえか。別に彼氏もいねえんだろ? だったら何も気にせず遊べばいい。これまでの男はつまんなかったかもしれねえが、俺は退屈させねえぜ? なんせ、そこらの奴らとは経験がちげえからな」

「直近はちょっと忙しいですし……すみません」

「なら、暇になったときに——」


 三年生で、巧も所属しているサッカー部の三軍キャプテンの武岡たけおかが、同じくサッカー部の二軍マネージャーである白雪しらゆき香奈かなに迫っていた。

 言葉遣いからもわかるように、香奈は後輩。それも一年生だ。


 武岡は180センチメートルを超える大柄な男で、手癖も素行も良くないともっぱら噂だ。

 部活の先輩でもある手前、香奈も強く断りずらいだろう。


 助け船を出すべきか、と巧が迷っていると、武岡の言葉が切れたタイミングで香奈が腕時計に目を落とした。あっ、と声を上げた。


「もうすぐ補習の時間なので行きますね。すみません、失礼します」


 香奈は矢継ぎ早にそう告げて頭を下げ、小走りで校舎に向かった。

 武岡は不機嫌そうに顔をしかめたが、無理に引き留めようとするそぶりは見せなかった。

 ひとまずは大丈夫だろうと思い、巧もその場を立ち去ることにした。


 武岡は確実に機嫌を損ねているだろう。

 巧は現在二年生。お互いずっと三軍なので、武岡とは一年以上の付き合いになるが、お世辞にも仲が良いとは言えない関係だ。


 鉢合わせするの面倒だし、部活に行く前に少しぶらぶらしようか。

 そう思っていると、


 「あ、先輩ー!」


 声とその呼び方で、巧はすぐに自分が呼ばれているとわかった。

 彼女・・がただ「先輩」と呼ぶのは巧だけだ。

 予想通り、香奈が満面の笑みで手を振りながら駆け寄ってきていた。


 状況を言葉で表すのならば、ただ後輩が先輩のもとに駆け寄っているだけ。

 しかし、周囲の男子生徒は一斉に頬を染めていた。


 なぜか。

 それは、香奈が学年一の美少女との呼び声高い美貌びぼうと、つい五ヶ月ほど前まで中学生だったとは思えない抜群ばつぐんのスタイルの持ち主だからだ。


 ショートカットにしている赤色の髪はこの世にクシなど不要だと思わせるほどサラサラしており、光沢がある。

 くりくりとした大きな瞳と白くきめ細かい肌、そして自然な色合いのつややかな唇は、アイドルがそのまま画面から飛び出してきたような完成度だ。


 そして、小柄ながらもメリハリのついた抜群のプロポーションを誇っており、今も大きな二つの丘がポロシャツを揺らしている。

 ちょうど左胸の辺りに刺繍ししゅうされている「白雪」という文字は、押し上げられてすっかり上を向いてしまっていた。


「お疲れ、白雪さん」


 巧は間違っても胸に目がいかないように、香奈の目を真っ直ぐ見ながら挨拶をした。

 先程のことは、あえて触れる必要もないだろう。


「お疲れ様ですっ!」


 香奈は警察のようにビシッと敬礼をした後、目を細めてえへへ、と笑った。

 その無邪気な所作に男子生徒たちは悶絶した——巧以外は。


 巧にとって香奈は、学校一の美少女である以前に大事な後輩だった。

 そのため、破壊力抜群の笑みを向けられても、可愛いなぁとは思っても赤面はしない。


 ただ、その笑顔により元気付けられているのは事実だった。

 女の子の笑顔は正義、なんて言葉をよく聞く。本当にそうだな、と巧は思った。


「先輩はこれから部活ですか?」

「うん、練習試合。白雪さんはどうしたの? 二軍は今日オフじゃなかった?」


 巧たちの学校——咲麗しょうれい高校のサッカー部は部員数が百を超え、一軍から三軍まで存在する全国常連の強豪校だ。

 一週間ほど前まで行われていたインターハイでも、全国ベスト八までいった。


 巧は三軍なので学校で練習試合だが、香奈は一年生ながら、入部して二ヶ月ほどで二軍のマネージャーに異例の抜擢をされている。

 一軍と二軍は昨日まで合宿を行なっていたため、今日は部活はないはずだ。


「今日と明日、補習なんですよ。テスト悪かったから」


 面倒くさいですー、と香奈がぶー垂れた。

 なるほど、本当に補習はあったのか。時間はまだあるようだが。


「どんまい。夜中までサッカー見てないで、最低限はやっておきなよ」

「むー、先輩までお母さんみたいなことを言う……」


 香奈が不満そうに頬を膨らませた。

 周囲の男子たちが再び悶える。そのことに気が付いていないのは、クリティカルを繰り出した張本人のみだ。


「原因は明らかだからね」

「まあそれはさておき、急に呼び止めちゃいましたけど、時間は大丈夫ですか?」

「うん。早く来すぎたくらいだから、ちょっと時間でも潰そうと思ってぶらぶらしてたんだ」


 本当は機嫌の悪い武岡と顔を合わせたくないからだが、時間が余っているのも事実だった。


「本当ですかっ? じゃあ、少しお話ししましょう! 私も補習までもう少しありますからっ」


 香奈が巧の腕を掴み、校舎により日陰ができているところまでグイグイ引っ張っていく。


 彼女の無自覚範囲攻撃から回復した男子生徒たちが、巧に鋭い視線を送ってきた。

 まず間違いなく、何でお前なんかが学校のアイドルと親しくしているんだ、という嫉妬の視線だ。


 気持ちはわかる。


 先程の武岡への対応を見てもわかる通り、香奈はガードが堅い。

 基本的に愛想はいいのでよく告白されているが、全て断っているらしい。


 しかし、なぜか巧には懐いているのだ。それも、結構入学当初から。

 会えばこうして話しかけてくるし、向こうから誘われて駅まで一緒に帰ったことも何回もある。


 しかし、二人の間で話題に上るのはもっぱらサッカーであり、甘酸っぱさは皆無だ。

 今だって、香奈は昨日やっていた海外サッカーの試合について熱弁を振るっている。


 女子高生にしては珍しいほどのサッカー馬鹿である彼女にとって、巧は気兼ねなくサッカーの話ができる人という程度の認識なのだろう。

 それなのに嫉妬の視線を向けられるのは困る、というのが巧の偽らざる本音だった。


 まあ、これまでのところ実害はないのでそこまで気にしてはいないが。


「あっ、やばっ。そろそろ時間だ」


 夢中で喋っていた香奈が、ふと腕時計に目を向けて、焦った声を出した。

 今度は本当に時間が迫っているらしい。


「じゃあ先輩。私、そろそろ行きますね!」

「頑張って。寝ないようにね」

「努力しますっ、先輩も頑張ってください!」

「……うん、ありがとう」


 ニコっと笑って、香奈が小走りで去っていく。

 巧も歩き出したところで、「水分補給忘れちゃダメですよ!」という声が飛んできた。片手を上げて答えておく。


 少し経ってから振り返る。香奈の姿はもうない。


「はぁ……」


 巧は大きく息を吐いた。

 別に、香奈と喋っていて疲れたわけではない。


「頑張らないとな……本当に」


 自分自身にそう言い聞かせて、巧はわざと大股で歩き出した。

 香奈としゃべっているときは当然周囲への注意はおろそかになるし、このときの巧の脳内は部活のことで埋め尽くされていた。


 だから、彼は気づけなかった。

 自分を鬼の形相で睨みつける、一人の男の存在に。




「少し話が合うからって、調子に乗るなよ如月……!」


 男——武岡はそう吐き捨てたが、すぐに思い直した。


「いや……あれはただ警戒されていねえだけだ。香奈も男として見ていないからこそ、ああやって無防備に近づいているんだろう。その点、俺は男として見られているからこそ警戒されている。そうだ。あんなナヨナヨしたやつ、俺の敵じゃねえ」


 武岡は自分の腹筋を触り、満足そうにうなずいた。


「ただまあ、目障りではあるな……念のため、消しておくとするか。ちょうどいい機会でもあるしな」


 武岡は下卑た笑いを浮かべ、巧の後を追うようにゆっくりと足を進めた。

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