第21話 キャッキャ(2)


「このあと会同かいどうでは、よろしくお願いいたします」


と、湯船ゆぶねの中を泳ぐようにして、俺の側に来たお姉さんが言った。澄んだ水色の瞳と黒髪、それに大きな胸が印象的なお姉さん。


「あ、えっと……」


「し……、司空しくうのミンリンと申します」


と言う、お姉さんの表情には、一緒に入浴していることを恥ずかしがってるだけじゃなくて、本当は人見知りなんだろうなぁっていう困惑こんわくが浮かんでた。


あれ? シクウ……、シクウ……、司空ってなんだっけ?


――土木と治安ちあんつかさどる【司空】。


というシアユンさんの声がよみがえる。ああ! お城をおさめる4人の責任者の1人……って、ええっ!? えらいさんの中に『純潔じゅんけつ乙女おとめ』がいるなんて聞いてませんけど――? ばかりだと思い込んでました。


「ま……、まずは、ご挨拶あいさつをと思いまして……」


「それは、ご丁寧に……」


と、ぐミンリンさんの方に向き直って頭を下げると、視界に豊かな胸元がドンっと飛び込んできた。あわてて視線をらすと、女子たちは各々おのおの楽しそうにキャッキャ話してる。そうですよね。マレビトだかシキタリだか関係なく、一緒にお風呂入るの楽しいですよね。


「……司空としては年若としわかとお思いかもしれませんが、ここにいる者たちの中では最も年嵩としかさです」


と、ミンリンさんは恥ずかしげにほほを赤くした。人見知りっていうか、いんキャ感がある。ちょっと無理して挨拶に来てくれたんだろうなって雰囲気に、少し応援したい気持ちがいてしまう。


土木どぼく建築けんちく学問がくもんが好きで熱中ねっちゅうしているうちに、そういうコトからは縁遠えんどおく過ごしてしまい、純潔の身のまま27歳になっておりました」


「そ、そうですか……」


土木好き黒髪インテリ巨乳陰キャ女子……。マンガやアニメでれば俺好みのキャラな気がするけど、実際に対面たいめんすると照れの方が先に立つ。全裸ぜんらだし……。


え? 俺このあと、このお姉さんと真面目まじめな会議で一緒するの? 初対面しょたいめんが全裸の女の人と? ていうか、ここにいる女子全員と、そういうことになるの?


最初に望楼ぼうろうで観戦したとき、目の前にいるシアユンさんの姿と、風呂場で全裸の姿をかさねてしまって、猛烈もうれつに照れまくった自分を思い出す。


せめて純潔じゅんけつ乙女おとめ会議のとき、全員と挨拶しておけば良かった……。あのとき認識にんしきできてたのはシアユンさんとイーリンさんだけ。あとは『女子』ってくくりで見てた。


でも、もう遅いな。恥ずかしがりながらも、だいたい見ちゃったよ。


服着て会ったときに、みっともなく狼狽うろたえることがないようにだけ、気を付けよう。「あ! 今、この人、私の裸を思い出してる!」とかさっせられたら、恥ずかしくて死んでしまうわ。


「ほ、ほかに『三卿さんきょう一亭いってい会同かいどう』っていうのに出席する人はいます? ここに」


と、ミンリンさんにたずねた。ほかにもいるんなら、先に聞いておきたい。心の準備として。


「いえ。ほかの者はみな、男性でございますが……」


「あ、なら、いいんです。すみません。変なこと聞いて」


男性! 男! 男と会いたいなんて、初めて思ったかもしれない。


楽しげにキャッキャと入浴してるひとクラス分くらいの女子たちの中で、ポツンと俺一人が男子。年頃としごろ男子として夢のようなシチュエーションにいるに違いないけど、俺には少し刺激が強すぎる。情けないことに。


ただ――、笑顔あふれる広い湯船の中で、黄色い髪をした女の子だけが独り、無表情に浸かっているのが気になっていた。

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