第2話 虎から目が離せない
そして、
――いや、俺! ほんとに、身に覚えがなくて。気が付いたらここにいて。
という言葉が、頭の中を
女子の涙をよく目にする、最悪の日だ。
涙目の里佳の姿がポンッと浮かんで、俺、フラれたんだったと、何度目か分からない確認をしてると、お姉さんが長い黒髪を揺らしながら口を開いた。
「リーファ姫……。ダーシャン王国
ん――?
綺麗なお姉さん。あなた今、姫って言いました? 王国? 臣民? えっ? どういうコンセプトカフェ? えっ? 俺、フラれたショックでそんなところに来てたの? 差別するつもりはないけど、一度も行ったことないのに、なんで? 俺?
黒髪のお姉さんは、肩がむき出しになってる金色に縁どられた黒いロングドレスを広げて膝を付いて俺に頭を下げた。身体にピッチリとしたデザインで、細い腰のラインが目に入る。
「マレビト様――」
と、お姉さんは俺のことを呼んだ。
「姫の召喚に応じて下さり、厚く御礼申し上げます。早速でございますが、ここは既に危険な状態です。ご案内いたしますので、ただちに
お姉さんが
「姫が命と引き換えに召喚されたマレビト様のことは、我らが必ずお守りいたします。今は状況が呑み込めないことと存じますが、
乗れない。
このノリに乗れないわぁ。里佳にフラれて、なんか全部、どうでもいい感じになってるけど、逆に変な
「あの……」
と、俺が口を開くと、お姉さんは顔を上げて、紅色の瞳で俺を真っ直ぐ見詰めた。なにかの世界観なんだろうけど、ごめん、今はどうでもいいです。
「その女の子、生きてますよね……? 寝息が聞こえるし……」
ごめんね、台無しにして。と、俺は思ったけど、お姉さんは本気で驚いた様子で青髪女子に駆け寄って口元に耳を寄せた。
長い黒髪がハラハラと肩から滑り落ちると、ガバッと開いた白い背中が見えた。黒いドレスの後ろ側は腰の高さでザックリ開いていて、さらにその下には白いロングスカートが見えた。
見たことないような細い腰で、俺の方に突き出される格好になった尻の丸みにドキッとして、思わず目を逸らしてしまう。
「姫様……。どうして……。いや、でも……、良かった……」
と、お姉さんが青髪女子に向かって
いや、帰ったら隣の家には里佳がいる。下手したら俺の部屋で待ってるかもしれない。……合わせる顔がない。
俺が右手で自分の両目を叩くように
「シアユン殿! お逃げください!」
という、男の叫び声が聞こえて、慌てて手をどけると、鈍い銀色の鎧を着たマッチョな背中が見えた。そして、そのマッチョな肩越しには――。
――虎?
本物? 本物の虎? でも、立ってるぞ?
虎は立たないよね? ふつう。
「マレビト様!!」
と、黒髪のお姉さんが大きな声で俺を呼んだ。
でも、虎から目が離せない。
鎧マッチョが身体全体で侵入を防いでる。けど、その肩越しに鋭い爪のついた腕をこっちに向けて振り回してる。
腕だ。前足じゃない。確実に腕だ。黄色と黒の虎ガラの毛がフサフサ生えてるけど、腕だ。
やっぱり、つくりものにしては精巧過ぎる。……本当に、怖い。
「逃げてください! 反対側にも扉があります!」
叫び声に我に返ると、黒髪のお姉さんが青髪女子を
虎の迫力に押されるように、俺は青髪女子に駆け寄った。
けど、下着姿に
「ありがとうございます!」
と言う、お姉さんに「い、いいから……」と、返すのが精一杯だ。腕の中ではスタイルのいい青髪女子が、すうすう寝てる。
「こちらです!」
と、駆け出したお姉さんに付いて、虎と反対側の扉から飛び出すと、雨は上がって雲の
目の前では
俺がいる場所とつながってる石壁の上では、炎に照らされた虎や狼がたくさん『立って』いて、たくさんの鎧マッチョたちが闘ってる。
ここ、どこ――っ!?
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