第12話
私はその後、靖忠さんに占いをしてもらった。
香屋子姉さんもだ。北斗七星が描かれた式盤という道具で占ったりすると靖忠さんは簡単に説明してくれた。彼はしばらく一部屋に籠りたいと言ってくる。私と姉さんは了承した。
「……すみません。ではお借りします」
「……うん。構わないわよ」
姉さんが代わりに答える。靖忠さんは深々とお辞儀をすると用意された隣の部屋に行った。私はふうとため息をつく。
「どうかした。風香?」
「うん。占いで旦那さんのヒントが得られればいいのにと思って」
「……そうよねえ。旦那はあたしのことを覚えているかもわからないけど。それでも会えたら嬉しいわ」
姉さんはそう言うと苦笑する。私もその事は盲点だったので確かにと思った。要は旦那さん--祐介さんが覚えてくれているかどうか。これも意外とわからないが。とりあえずは靖忠さんの占いの結果次第だ。姉さんと静かに待ったのだった。
あれから一時間くらいは経っただろうか。靖忠さんが隣の部屋--塗籠から出てきた。表情はちょっと暗いので見えない。
「……あ。靖忠さん。占いは終わったようね」
「……ええ。今ちょうど終わりました」
靖忠さんは頷くとほうと息をつく。疲れているようだ。私もちょっと心配になる。これは教えてもらう前に休んでもらった方がいいだろうか。けど姉さんは御構いなしに訊いた。
「単刀直入に訊くわ。占いの結果はどうだったの?」
「……結果ですか。前世の夫君はこの邸から東の方角にある庵にて暮らしています。鹿ケ谷(ししがたに)をご存知でしょう。その辺りにいると出ましたよ」
「へえ。以前よりもはっきりとわかったのね」
「ええ。私も占の精度を上げるべく努力はしましたから。お役に立てたのなら何よりです」
「……姉さんの前世の旦那様は鹿ケ谷にいるのね。あの。その方のお名前とかはわからないの?」
「……お名前ですか。たぶん、皇家のご身分なので。宮名だけを申し上げましょう。確か。滝瀬宮とおっしゃった方です」
滝瀬宮というお名前を聞いた姉さんは目を少し見開いた。知っているのだろうか?
「……滝瀬宮様って。今上様の弟宮様じゃないの。俗聖で有名な」
「え。俗聖のって。そういえば、母上が言っていたような気がするわ」
二人して驚いていると靖忠さんはふうとため息をついた。片腕をぐるぐると回す。コキコキと音が鳴った。
「……お二人とも。明日には鹿ケ谷へ行くのでしょう。私もお供しましょう」
「あら。靖忠さんが付いて来てくれるの。なら心強いわね」
姉さんがにやりと笑う。靖忠さんはやれやれと苦笑した。
「……あの。占いをしてくれてありがとう。妹として同じ時代を生きていた者としてお礼を言わせてください」
「お礼を言うのはまだ早いですよ。香屋子姫の前世の夫君にお会いしなければなりませんから」
「確かにそうね。でも靖忠さんも疲れたでしょう。今日はもう寝ましょうよ」
「……そうしていただけるとありがたい。肩が凝ってしょうがないんですよ」
「ふふ。今日は遅いから靖忠さんは泊まって行って。なあに。父上にお願いすれば。お部屋くらいは用意してくれるわよ」
姉さんが笑いながら言うと靖忠さんは「そうしていただけると助かります」と笑う。その後、様子を見に来た周防に連れられて別室に行った。姉さんはあくびをしながら私の方を向いた。
「んじゃあ、風香。あたしはもう寝てくるから。あんたも夜更かしせずにちゃんと寝るのよ」
「うん。お疲れ様。姉さん」
「風香こそお疲れ様。明日は早いから。頼むわよ」
頷くと姉さんは手を振って自室に戻って行った。私は大丈夫かなと思いつつも見送ったのだった。
私は就寝したけど。ちょっと喉が渇いたので近くに宿直していた讃岐に声をかける。眠気まなこで讃岐は起きた。
「……いかがなさいましたか?」
「……ちょっと喉が渇いたの。水が欲しいわ。いいかしら?」
「ああ。お水ですね。ちょっとお待ちくださいませ」
讃岐は掛け布団代わりに使っていた衣装を羽織って直すと台盤所まで行ってくれた。少し経ってから白湯の入った湯飲みを持ってきてくれる。礼を言って受け取った。灯明もつけてくれた。
「……女御様。どうですか。ご気分は」
「うん。本当に喉が渇いていただけよ。気分はもう落ち着いたわ」
「そうですか。それはようございました」
讃岐はほっとしたような顔になる。白湯を全部飲むと讃岐は湯飲みを受け取った。お替りはと聞かれてそれにはもういいからと答えた。讃岐は頷くともう一度部屋を出ていく。私は寝直す。灯明があるからちょっと落ち着かないが。それでも瞼を閉じた。現代の明るい蛍光灯やLEDの明かりがふと脳裏に浮かんだ。ちょっと懐かしい。置いてきてしまった友人や家族は元気だろうか。それを思うと泣けてきた。春仁様はここにはいないし。ちょっと不安だ。改めて私は不自由な立場になったのだと気づく。ほろほろと涙が頬を流れるのがわかる。姉さんが羨ましい。私はどうしたらいいのだろう。そう思いながら夜を明かしたのだった。
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