第11話

   その後、自室に戻って女房達に怒られながらも着替えて髢(かもじ)をつけた。


  私は既に姉さんとは別れているが。ちょっと心配ではあった。どうしているかなと思う。周防と讃岐はテキパキと動いた後で私にこう言ってきた。


「……女御様。後で堀河の君はこちらにお越しになると思いますよ」


  周防が言えば、讃岐も頷いた。


「そうですとも。堀河の君は身支度を整えられたら来てくださいます」


「……そうね。ありがとう。二人とも」


「お礼には及びませんわ。こうしていても何ですから。書物でもお読みになりますか?」


「うん。じゃあ、落窪物語の書物を読みたい。持ってきて」


「わかりました。少々お待ちくださいませ」


  讃岐が頷くと書物を取りに行くために部屋を出ていく。私は他の女房達に退出するよう命じた。静かに周防以外は去って行った。しばらくすると周防と二人きりになる。


「……女御様。ほんにお宿下がりなさいましたけど。いかがしますか?」


「ううんと。どうしようかな。私、陰陽師さんに会いたくてお宿下がりをしたのよね。確か、安倍 靖忠殿だったかな。姉さんが占をしてもらった事があるって言うから。今後の吉凶を占ってもらいたいんだよね」


「まあ。そうでしたか。だったら明日にでもお呼びしましょう」


  意外とすんなり周防は私の話を聞いて信じてくれた。姉さんと牛車の中で相談しておいてよかったわ。ほうと息をつく。この後、讃岐が戻ってきて落窪物語の書物を持ってきた。これを読みながら姉さんを待ったのだった。


  ようやく姉さんが来たのは宵の口と言える時刻だ。それでも夕餉を終わらせたくらいだけど。姉さんは女房ではなく男性を伴って現れた。私は先触れで女房が来てはいたので袿の上に小袿を着た状態でいた。扇と几帳があるからまだマシだが。それでも男性が一緒だと心許ない。


「……女御様。大丈夫ですよ。こちらは陰陽師の安倍 靖忠殿です」


「……そ、そう。姉様。私、御簾の中にいた方がいいですか?」


「だから大丈夫だって。あたしから事情は説明しておいたから。靖忠さんも前世の記憶持ちなのよ」


  私はあまりの事に驚いて扇を取り落としてしまう。姉さんは苦笑しながら自分で御座(おまし)を用意して男性--靖忠さんに勧めた。ちょっと考える素振りをして靖忠さんはそこに落ち着いた。姉さんも円座(わろうだ)を用意して座った。


「……女御様。靖忠さんはあたしやあなたと同じで現代人としての知識と記憶を持っているの。だからあたしやあなたのことも話したら協力すると言ってくれたわ。あたしの旦那を占で調べてくれたりもしたしね」


「え。あの。そうなのね。て、それよりも。初めまして。靖忠さん。私は……」


  畏まって挨拶しようとしたら靖忠さんはにっと笑った。顔立ちが爽やか系のお兄さんだからそぐわない。


「……いいですよ。そんなにかしこまらなくても。俺や裕子さんよりも今はあなたの方が身分は上ですし」


「そうですか。じゃあ、タメ口でいくね。私は前世の名前を史華って言ったの。靖忠さんはなんて言ったのか教えてもらえない?」


「俺は眞澄(ますみ)って言うんだ。まあ、前世でも男だったんだが」


  靖忠さん--眞澄さんは肩を竦めた。こう見ると私と年齢が近く見える。気になったので再び訊いてみた。


「……眞澄さん。前世での年齢はどれくらいだったのかな?」


「……俺の年ね。享年で言ったら二十歳くらいかな。令和二年の四月にあの世に行ってね。今は十八歳だ」


「そうなんだ。私は十八歳くらいで。平成の最後の年くらいだったかな。今は十七歳だよ」


「ふうん。史華ちゃんは俺より早くにあの世に逝ったのか。て事は俺があの世に逝った時まで生きていたとしたら。一個上だな」


「嘘。眞澄さんって私より年下だったの?!」


  私が驚いていると姉さんがくいくいと袖を引っ張ってきた。気がつくとニヤニヤ笑っている。


「……史華ちゃん。あたしを差し置いて眞澄君と話し込むとは。まあいいけどね」


「……ご、ごめん。裕子さんを無視するつもりはないよ!」


「ふふっ。冗談よ。でも眞澄君。いくら史華ちゃん、女御様が可愛いとしても。手を出すのはNGだからね」


  姉さんが言うと眞澄君は苦笑した。


「わかってるって。史華ちゃんはとっくに人妻で俺ごときが手を出せる存在でない事で無い事は重々承知の上さ」


「そりゃあそうか。まあ、眞澄君が史華ちゃんに手を出したらあの方に追っ掛け回されそうだからねえ」


「……怖い事言わないでくれよ。て、それよりも。俺を史華ちゃんに会わせたのは。占をするためだろう?」


  眞澄君が言うと姉さんはそうだったと今思い出したという顔をした。私も彼の指摘にやっと当初の目的を思い出した。


「あ。そうだったわ。あの。眞澄君。今からでも姉さん。もとい、裕子さんの旦那さんがどこにいるのか占ってもらえないかな?」


「元からそのつもりだよ。じゃあ、準備をするから待っててくれ」


  頷くと眞澄君--靖忠さんはすっと表情を引き締める。陰陽師さんとしての顔というか。一気に部屋の空気がピンっと張り詰めたものになったのだった。

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