第10話
私はその後、香屋子姉さんの旦那さん探しに協力することにした。
と言っても手がかりは少ない。仕方ないので香屋子姉さんに前世の旦那さんの事を占ってくれたという陰陽師さんを探すことにした。たぶん、父上は知っているだろうし。そう思って香屋子姉さんと相談もした。
「……姉さんは前世の旦那さんの事を占ってくれた陰陽師さんについて何か覚えてないの?」
「……そうねえ。確か、あの安倍晴明公のお弟子さんだったのは覚えているわ。後、名前は。安倍靖忠殿といったかしら」
「安倍靖忠さんね。だったら実家のお邸に呼べないかな。それで協力してもらえないか頼んでみようよ」
「それが妙案ね。わかった。風香の勧めだと父上にはそう言ってみるわ」
「え。なんで私の名前を出すの?」
「あら。わかってないわねえ。風香ちゃん。あなた、今の自分の立場をわかっていて?」
ちょっと気取って香屋子姉さんは小首を傾げる。顔はにっこりと笑っているが。バカにされているのに気づいた。
「……東宮様の奥さんです」
「……そう。正解。風香ちゃん。あなたの名前を出せば、父上も動かざるを得ないのよ。しかもあなたは正妃である未来の中宮候補なの。そこを忘れないでね」
「わかったわ」
頷くと香屋子姉さんは真面目な顔になった。立ち上がると言った。
「……じゃあ。善は急げね。文を書く準備をするから。そのつもりでいてね」
「はあい」
返事をすると姉さんは庇の間を出て行ったのだった。
文を書いて父上に送った。ちなみに姉さんの代筆だ。私の筆跡だとわかると色々と面倒だからと言われたが。その後、翌日に父上からの返事が来た。
<女御様へ
お元気でしょうか?わざわざ、お文をくださり驚いています。
なんでも里帰りをなさりたいとか。そして香屋子の夫君について調べたいとありました。
陰陽師の安倍殿を我が邸に呼んでほしいとも。靖忠殿であれば、以前に占で呼んだことがあるから来てくれるでしょう。
訳は前もって話しておきます。靖忠殿は口が固いから情報を洩らすような事はしないと思います。
それではまた、女御様の元気なお顔を拝見できる日を楽しみにしています。
左大臣>
父上は手短かに記していた。けど里帰りをする事と香屋子姉さんの旦那さん探しを協力してくれるようだ。
これにはホッと胸を撫で下ろした。姉さんにも文を渡すと読み始める。しばらく経って彼女も安堵が表情から見て取れた。
「……よかったわ。父上に思いきって文を出して正解だったわね」
「……そのようね。後は靖忠さんが来てくれるかどうかだけど」
「そうなのよ。靖忠さんが来てくれたら詳しいことを話して。協力を取り付けるだけなんだけど」
二人してううむと考え込んでしまう。どうしたらと思ったけど。里帰りする以上、時間はない。姉さんは再び立ち上がって里帰りの準備をするために行ってしまったのだった。
あれから、一週間が経ち、私はひっそりとした形で里帰りをした。牛車は目立たぬようにと夕暮れ時の薄暗い中で進む。付き添いの女房は僅か十人ほどで牛車は三輌だけだ。これは姉さんと私の要望だった。従者の数も護衛の人や牛飼童などの七人だけで。私は動きやすいように男装している。姉さんもだ。貴族の子弟が着る水干と指貫という格好をしていた。私は髪を腰の丈まで思いきって切った。姉さんも背中の真ん中までばっさりと切っている。これには他の女房たちは青ざめてパニックになっていたが。ただ、私と姉さんはニヤッと笑って「すっきりしたね」と喜んでいた。
「……風香。私、髪を切った状態で旦那に会ったら。呆れられる自信があるわ」
「……うん。私も東宮様に怒られる自信がある」
「本当にねえ。髪を長ーく伸ばさないといけないって。女を何だと思っているのかしら」
「……暑いと鬱陶しいし。邪魔になるし」
「んで短く切ったら。やれ出家だの物の怪だのと騒ぎ出すし。アホらしくてやってらんないわ」
姉さんはけっと鼻白んだ。私も同感だと頷く。現代人の自分達にとって髪型を自由にできないのは我慢ならなかった。だから、短く切った。と言っても現代で言えば、十分に長い方なんだが。
「……ふうむ。けど父上には悪いかしら」
「うん。確実に父上は泣くと思う」
頷きあうとふうとため息をついた。本当にその通りだからだ。今まで育ててくれた両親には悪いなと思う。
けど女性が邸の奥に閉じこもって髪を長ーくしないといけない。私はその型にはまりたくなかった。姉さんもそうだろう。いずれ、年をとっておばあちゃんになったら。いっそ、現代のショートカットにでもしてやろう。そう企みながら前簾の向こうを睨みつけたのだった。
邸に戻ってくると父上と従者が出迎えてくれた。が、父上は私と姉さんの姿を見ると固まった。
「……か、香屋子。それに女御様。その髪は……」
「……ごめんなさい。ちょっと切っちゃって」
「……お前は。婿も迎えず、髪まで切っただと。本気で尼寺に入る気か?!」
父上は真っ青な顔で叫んだ。あっちゃあと思う。本気で怒っている。姉さんも困った表情をしていた。その後、一気に不機嫌になった父上にお小言をもらいながら邸の中に入ったのだった。
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