第6話
私は東宮様と姉のやり取りを眺めていた。
嫌味の応酬といえるだろうか。姉がやり込めれば、東宮様がのらりくらりと躱(かわ)す。この二人、仲が良いのか悪いのかわからない。私は黙っているしかなかった。
「……香屋子姫。風香姫が困っているよ」
「困っているのは春仁様がおられるからでしょう。これだから殿方は嫌なんです」
「なかなか言うね。姫も」
姉さんがずけずけと言うと東宮様は苦笑いした。タジタジらしい。まあ、姉さんが何故ここまでして東宮様を嫌うのかはわからないが。
「……姉さん。あんまり言うと東宮様に失礼に当たるのではないの」
「いいのよ。春仁様は風香が困っているのを見るのが楽しいの。だからその分あたしが注意しないといけないのよね」
「香屋子姫。妹君に変な事を言うのはやめてくれ。信じてしまったらどうするんだ」
さすがに我慢ならないと思ったのか東宮様は少し怒ったような表情で言った。けど姉さんはどこ吹く風だ。
「あら。昔、わたくしにしつこく毛虫を持ってきたりカエルを衣の中に入れてきたのはどなたでしたか。あれを忘れろと言われたって無理ですわ。今でも夢に出てきて困っているんですのよ」
「わかったよ。謝れと言うんだろう。あの時は悪かったよ。反省はしているんだ」
「お言葉は受け取っておきますわ。けど妹に無理にでも関係を迫れば。ギッタンギッタンにしますからお忘れなく」
私はふうと息をつく。東宮様も疲れたようにため息をついた。
「……香屋子姫。風香姫が君に似なくて良かったよ。彼女までがこの性格だったらわたしは縁談を断っていただろうね」
「……何のことでしょうか?」
「君のその性格だよ。昔はもっと可愛げがあって純粋だったのに。いつの間に小姑みたいになってしまったんだか」
本当に残念に思っているらしい。東宮様は疲れたと言わんばかりに顔をしかめた。
「東宮様。わたくしとした事が言い過ぎましたわね。けどそれだけ女御様が大事なのですわ」
「そうか。君がいたら風香姫は安心できるね。不逞な輩から守ってやってほしい。わたしではできそうにないからな」
「……わかりました。東宮様の仰せとあらば」
姉さんが綺麗な一礼をすると東宮様は立ち上がる。そのまま、「ではまた明日だね」と言って登華殿を去って行ったのだった。
私は昼間、あんまりにも暇なので姉さんや衛門に言って書物を取り寄せて読みふけっていた。今、読んでいるのは「宇津保物語」だ。私のいた現代日本でいうとイソップ物語の日本語版らしい。で舞台や時代設定が日本に置き換えてあると聞いた。意外と読んでみたら面白いのだが。
「……堀河。何度も言うけど。暇でしょうがないわね」
「本当にそうですね。女御様」
「宇津保物語も半分近くは読んでしまったし。次は何を読もうかしら」
私が考えていると姉さんはちょっと笑った。
「女御様。昔から書物をお読みになるのが好きであられましたわね」
「ええ。書物を読むのは面白いし勉強にもなるわ。お歌を詠むのもいいのはわかっているのだけど」
「女御様はそのままでいいと思いますわ。けどお歌は詠めないと今のご時世は困りますね」
二人で話していると衛門が微笑ましそうに見ている。他の女房達も同様だ。
「ふふ。堀河さんも女御様も仲がよろしくていいですわね。わたくし共も改めて心よりお仕えせねばと思いました」
「ええ。堀河さんと女御様が並ばれていると女雛が並んでいるみたいで。ここに東宮様がおられたら一対の夫婦雛のようでいいなと思いましたわ」
「……げっ。東宮様の話はよしてちょうだい。聞くのも嫌なんですの」
周防という女房が言った途端、姉さんは顔をしかめた。周防は慌てて「すみません」と言う。
「……堀河さんは東宮様が本当にお嫌いのようですね。聞くのも嫌だとは」
「だってわたくしが男嫌いになった原因を作ったのは。何あろう東宮様なのよ。あの方には何でか小さな頃から目の敵にされましたから」
「まあ。そうだったんですね。わたくし、それは知りませんでしたわ」
堀河と周防が顔を見合わせる。二人とも初耳のようだ。私もそうだった。それで姉さんは東宮様を嫌っているのか。
「とにかく女御様。今日は夜までゆっくりとなさいませよ」
「ええ。そうするわ」
頷くと姉さんはふうと息をつく。ちょっと憂鬱そうだ。どうしたのだろう。
「堀河。何だか憂鬱そうだけど。何かあったの?」
「……やはり女御様には敵いませんわね。ちょっと今日も東宮様とお会いするのだと思うと憂鬱で」
「東宮様とね。私はむしろ楽しみだわ」
「え。女御様は楽しみになさってるのですか?」
「うん。だって東宮様はお祖母様の事をご存知みたいだから。ちょっとお話を聞いてみたいと思って」
素直に頷くと姉さんは意外だとばかりに目を見開く。私はどうしたのだろうと首を傾げた。姉さんは「これだから無自覚は怖いわ」とぼやいている。衛門や周防も同感らしくしきりと頷いていたが。なんの事かさっぱりわからない。いくら聞いても姉さんは「女御様が楽しみなのなら言う事はありませんわ」と言って答えてはくれなかったのだった。
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