第7話
私はこの日の夜も東宮様の訪れを待っていた。
姉さんも一緒だ。けどその表情は憂鬱そうだった。姉さんの本音はどうなんだろう。ふとそう思った。
しばらくして東宮様がいらした。姉さんや衛門、周防と共に手をついてお出迎えをする。けど東宮様は「登華殿はしなくていいよ」と言う。顔を上げると苦笑いをしていた。
「……登華殿。あなたはこの中では身分が一番高いのだから。手をつかなくてもいいですよ」
「ですけど。東宮様に失礼に当たりますわ」
「いいんですよ。それより、堀河。そちらの者達と一緒に退出してほしい。よいな?」
「……わかりました。行きましょう。皆」
「東宮様?」
私が訳が分からずにいると。姉さんと衛門、周防は静かに退出して行く。部屋には私と東宮様だけが残された。ちょっと怖かったりする。姉さんはどうして私を残して行ってしまったのだろう。かたかたと震えていたら肩に温もりがあって不思議に思った。目をやってみるとそれは人の手だった。何と、東宮様が私の肩に手を乗せていた。少し心配そうにしている。
「どうかしたか。風香姫」
「え。東宮様。何故、姉さんを退出させたのですか?」
「……ちょっと君と二人で話したくてね。こうでもしないと夫婦らしい事もできやしない」
ぽつりと東宮様が本音を言った。夫婦らしい事って。もしや、いちゃいちゃしたりとかだっけ。顔に熱が集まる。
「東宮様。夫婦らしい事って……」
「それは。わたしとて男だからね。君と話ばかりしていたら我慢がきかなくなる。堀河の見張りがあったらいつまで経っても仲は進展しないだろうし」
「はあ。私は姉さんがいても構いませんけど」
そう言うと東宮様は肩から手を離した。どうするのかと思ったらしゃがみ込んだ。私と目線を合わせるように膝立ちの状態になる。両肩に手を乗せられた。
「風香姫。わたしは君の姉君が気になってはいたけど。今、好きなのは君だ。どうも姉君では性格がきつ過ぎてね」
「え。じゃあ、姉さんが初恋なんですか?」
「……初恋は。その。香屋子姫ではない。君なんだ。風香姫」
私は一気に身体中が熱くなる。初恋が年下の私って。いくら、鈍い私でも恥ずかしい。でも東宮様は姉さんが好きなわけじゃなかったのか。ちょっとホッとしている自分がいて驚いた。
「姉さんが好きでこちらにいらしているわけではなかったんですね。ホッとしました」
「疑わせてしまったみたいだね。すまない」
東宮様はそう言うと私の両肩に乗せていた手を背中に回した。おもむろに抱きしめられる。秋の侍従の薫衣香(くのえこう)が鼻腔に届く。姉さんがくれた匂い袋よりも少し沈が強い。ツンとした刺激的な感じだ。
「……東宮様。私の事には興味がなかったと聞きましたけど」
「君がわたしのお気に入りだと知られたら色々と面倒なんでね。少し経ってから通おうと思っていたんだ」
「そうだったんですか。姉さんが演技ではと言っていたのは当たっていたんですね」
そう言うと抱きしめる力が強くなる。東宮様はふうとため息をついた。
「……風香姫。今は香屋子姫の名は出さないでくれ。いい雰囲気なのに」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。わたしも悪かった」
しばらくは抱き合ったままでいたが。私はどうしたものやらと考えあぐねていた。東宮様にそろそろ離してほしいと言おうとしたが。視線を上げて後悔する。
「風香姫……」
東宮様が熱のこもった目でこちらを見つめていたからだ。しかも低い掠れ声で言われて余計に言えなくなる。
「……あの。東宮様はこの後どうなさるんですか?」
「どうするも何も。今日は君の元に泊まっていくよ。心の準備はできているかい?」
「えっ。泊まっていくって。でしたら寝所の用意をしなければいけませんね」
「……姫。とりあえず、寝所の用意などと他の男の前では言わないでくれ。それ、誘い文句だからな」
わかりましたと頷く。誘い文句とまで言われては仕方ない。さすがに意味はわかったからだ。
「じゃあ、その。御帳台に行きましょうか」
「ふう。今日は添い寝くらいで堪える事にするよ」
「東宮様?」
「風香姫。君のそれは無自覚だね」
「……え。だってもう夜も遅いじゃないですか。寝不足は体に悪いですし」
東宮様はまた苦笑いする。けど私の頭を撫でてきた。
「風香姫。わたしの心配をしてくれるのはありがたいけど。もうちょっと警戒心を持った方がいいよ」
「はあ。今後は気をつけます」
東宮様はくすりと笑った。抱きしめていた腕を解くと額に軽くキスをされる。
あ、キスと言ったらダメか。こちらでは接吻というんだった。そんな事を考えていたら背中と膝裏に手を差し入れられてひょいっと横抱きにされた。意外と腕力があるんだなと思ったが。ちょっとこの体勢は不安定なので怖い。自然と東宮様の首に腕を回していた。
「……あの。東宮様?」
「君が可愛いのがいけない。ちょっとだけ夫婦らしい事をしようか」
にやっと笑った東宮様に何故か背筋が震えた。危険な感じというか。私は塗籠に運ばれていったのだった。
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