異世界転移のパウンドケーキ


「ビビアンどうしたの? お腹すいたの?」


「む、妙な気配を感じたわん。……きっと気の所為だわん。そんなことよりご飯を食べるわん!」


 我は学校というものを漫画でしか理解していなかった。

 見るもの全てが新鮮で興味深い。

 教科書の内容は全て覚えてしまったが、先生の説明を受けているとまた違った発見を見つけられる。


 何よりもこの世界の人間どもは心が穏やかで友好的だ。


 誰一人殺気を放つ人物がいない。

 一人だけ妙な魔力を感じる生徒がいたけど、レッサーデーモンクラスなので我は気にしない。寛大なのだ!



「アリスちゃん!! 一緒に御飯食べよ!」

「アリスちゃんってどこの外国出身なの! 髪が超綺麗!」

「お弁当美味しそうだね。お母さんに作ってもらったの」

「ねえねえ部活は決めたのかな? バレー部に入ろうよ!」


 アリスの周りには常に人で溢れている。それもそうだ。アリスは勇者の加護を受けているからだ。『カリスマ』というスキルで絶大な求心力を持っている。


 それに比べて我は……。


「ビビアン様、お、俺と一緒にランチしようぜ」

「馬鹿野郎! 俺が先に誘ったんだぞ!」

「はっ? てめえら喧嘩売ってるのか? デスエンペラーなめんなよ」

「おう、いつでも喧嘩買ってやんよ。……埠頭で勝負だ」

「姉御が困ってんだろ!! やめろよ!」

「姉御!!! 一生付いていきます!」


 なぜこんなヤンキー男子しか集まらないんのだ!!

 姉御って我の事なのか!?






 お弁当を食べ終わった我たちは学校を探索することにした。


「ねえ、ビビアン。こんなに楽しくていいのかな?」


「いいに決まってるわん。……アリスは十分頑張ったわん」


「でも、勇者の任務をほっぽらかしにしてるきゅ」


「構わないわん。我も魔王の仕事をほっぽらかしてるわん。あとでニャンパスに怒られるわん」


 こんな風に魔王と勇者が仲良くしている時点でここは特異点なのだ。


 きっとここから何かが起こる気がするのだ。

 我と勇者が一緒に元の世界に戻って……。


 きっと世界も変わるのだ……。





「ビビアン危ない!!」


 ボケッとしていたら白い弾が我めがけて飛んできた。

 魔法の攻撃じゃないのだ。ただのボールなのだ。確かこれは野球というスポーツの一種で……。


 我が受け止めようとしたその時、ボールがなにかの刃によって切り裂かれた。


 我たち前に一人の男が現れた。

 同じクラスの……名前が思い出せないわん……。


「大丈夫か? 怪我はなかったか?」


 キラリと歯を光らせてドヤ顔でポーズを決める。

 なんだが妙に苛つく顔をしているのだ。




 *********




 俺、山田は異世界帰りの聖騎士だ。

 異世界転移した俺は必死に元の世界の戻る術を探した。


 数多の冒険を乗り越えて、仲間との別れも経験し、薔薇騎士団所属の聖騎士として従軍し、戦場で騎士団とはぐれてしまい、魔界に行き着いて、ついに俺は元の世界に戻る事ができた。




 そして、普通の高校生として、異世界に行ったという事実を隠して生活をしている。

 だって、そんなの誰も信じてくれないだろ?


 この現実世界に戻ってから俺は陰で色んな人助けを行った。

 悪の組織と戦ったり、闇の陰陽師に狙われたり、魔術協会にさらわれそうになったり……。


 力を使いたくなかった。日常を過ごしたかった。なのに、俺は変なイベントに遭遇してしまう。

 それでも、俺の日常は比較的穏やかだった。あの異世界の地獄に比べたら。




 そんな日常に異変が起きた

 ……転校生が二人同時にくるなんておかしな話だと思った。先生の説明もおかしかった。


 二人を見た瞬間、俺は身体がちぎれそうな痛みを感じた。


 化け物という言葉では言い表せないほどの強大な力を持った何か、だ。


 圧倒的な力はこの世界を滅ぼすのも簡単だろう。

 悪鬼羅刹の化け物である薔薇騎士団長なら対抗できただろう。ただの騎士団員の俺では……、くっ……。


 俺は授業中も一瞬たりとも気を抜けなかった。

 みんな普通にしているのが信じられなかった。だが、魔力を感じられないから仕方ない。


 俺は世界の危機だと悟った。

 俺一人の命で世界を救えるなら安いものだ……。


 異世界から持ち込んだ武器は空間収納に入っている。

 薔薇騎士団の副団長からもらった聖なるシリーズの装備品。


 聖騎士のジョブである俺は、悪名高い薔薇騎士団の副団長にも負けない強さだ。


 クリス団長は……、あれが化け物と表現していいだろう。

 悪鬼羅刹の薔薇騎士団長クリス。

 数万のジェネラルオークを葬り、人間族も魔族も獣人も関係なく、敵対するものは全て虐殺する悪魔だ。

 聖なる武器シリーズは装備できず、何故か竜神の加護を得ている団長。金ピカの下品な鎧が目に痛い……。

絶対的な防御力と圧倒的な攻撃力、それよりも恐ろしいのは冷徹な精神力だ。

 竜神の力を行使して神をも滅ぼすと言われる程の術力の持ち主。


 罠にはまって死んだという噂が流れたが、絶対嘘だ。自分から罠に掛かったふりをして、虐殺しているに決まっている。

 あの化け物は殺しても死なないはずだ。


 ……くっ、クリス団長のことを思い出すと今でも身体が震えてしまう。血尿が再発してしまう。


 ……話が脱線してしまった。


 俺は二人の後をこっそり付けていた。

 陰陽師からかっぱらった隠形の札を使っているから気づいていないはず。


 それなのに――







「大丈夫? 怪我はなかったか?」


 くっ、身体が勝手に動いてしまった。なんでボールが飛んでくるんだよ。

 二人は怪訝な顔で俺を見ていた。

 見つめられるだけで心臓を掴まれた気分だ。

 汗が止まらない。どうしよう、俺、死んじゃう……、まだ童貞なのに……。


「きゅ? 確か同じクラスの山田君なのね! わぁ、魔力持ちなのね!」


「こら、アリス! 変なのに話しかけちゃ駄目だわん!」


「あれれ? なんかすごく震えてるの? ……あっ、ビビアンの魔力が漏れ出してるのね」


「むむ……、たしかに漏れているのだ。……ちょい待つのだ。『魔力隠蔽』」


 その瞬間、俺は足から崩れ落ちた。

 強大な魔力が一瞬で感じなくなり、いま俺の目の前にいるのは普通の女の子にしか見えない……。


 俺は顔を上げた。

 ……ん? 


 ……ん? んんん? んんんんんんんんん!!!!


「こ、これは一体? な、なんて美少女なんだ!?」


 童貞の俺には刺激が強すぎる。とても正視できない美貌の持ち主だ。

 こんな子が悪い敵なはずがない!!

 きっと俺は何か間違えていたんだ!!!


 アリスさんも綺麗だが、ビビアンさんの美しさはそれ以上だ。


「び、ビビアン。なんかきもいきゅ」

「う、うむ、我もドン引きである。……そ、それ、どっか行くのだ!」


「お、お待ち下さい! お、俺を下僕のしてください! 王国、元薔薇騎士団遊撃隊長のヤマダ・ハヤト、なんでも言うことを聞きます!」


 俺はとっさにおかしなことを口走ってしまった。

 この世界の人にこんな事を言っても通じないはずなのに……。


 二人はなにやら嫌そうな顔で俺を見ていた。


「薔薇騎士団はクリスだけで十分なのね!」


「アリス、とっとと行くのだ! むむ……、駆殿からメッセージが届いたのだ。……なんと、学校が終わったら急いで帰るのだ!」


「え、どうしたの?」


「く、詳しくはあとで話すわん」


 二人がこの場を去ろうとしている。教室に行けばまた会える。だが、俺は離れたくない。

 ビビアンさんは俺をゴミを見るような目で見つめる。

 その視線が薔薇騎士団を思い出して心地よい……。


「こ、これをやるからどっか行くのだ!!」


 ビビアンさんが俺に小さな袋を手渡した。

 俺は感激のあまり涙が出てきそうであった。


 命令ならばしかたない。俺は袋を大事に両手で持ってその場を去ったのであった。








 心を落ち着かせて、廊下を歩きながらビビアンさんからもらった袋を確認する。


 ……お菓子? 焼き菓子か。


 後ろの成分シールを確認すると、パウンドケーキという文字が書いてあった。

 お菓子か……、甘いものはあまり食べないんだけどな。


 俺は袋を破ってお菓子を口に運ぶ。

 せっかくビビアンさんがくれたんだ。大事に食べないと――


 食べた瞬間、俺は目の前が真っ暗になった――

 急速に視界が元に戻る。


 な、んだ、これは? 

 俺が人生で一番うまいと感じた料理は、薔薇騎士団として戦場に出て、敵に捕虜にされて、助けられた後に食べたオーク肉の丸焼きであった。


 そんな思い出は消し飛んでしまった。


 栗がベースで作られているパウンドケーキは口に含むと儚く消えてしまう。

 消えてしまうのに圧倒的存在感があるんだ。


 意味がわからないけど、儚さと満足感が両立している。


 バターの香りと小麦の香りがマロンと調和して……、ん、これは俺の……、田舎の……愛媛の栗じゃないか。


 俺はあとで捨てようと捨てようと思ってポケットに入れた袋を再び取り出した。

 成分シールには俺の田舎産の栗の名前が書いてあった。


 俺はもう一口食べる。

 ほのかに栗以外の香りが漂って来た。

 ……お茶だ。きっとこれはほうじ茶だ!!


 強すぎないほうじ茶の香りが全体を調和している。


 なんだこのお菓子は……。

 それに、ビビアンさんが持っていたからか、魔力をそこはかとなく感じる……。


 美味しい。栗の味が田舎を思い出す……。


 小学校の頃はいじめられて、付き合っていたと思っていた彼女は嘘告白って判明して傷ついて、親友だと思っていたやつは俺の幼馴染と付き合って……。誰も彼も俺のことを馬鹿にした。


 あの頃の苦い記憶が、苦い記憶が……。


 都会に出たら変わると思った。頑張ってイメチェンもした。高校デビューでもいいと思った。

 過去を全部忘れて新しい生活が楽しみたかった。




 異世界転移は地獄だった。

 何が一番地獄だったかって……、戦場で人を殺す事だ。今でもはっきりと覚えている。俺の剣が相手の胸を貫いた時の顔を……。


 命が紙くずみたいな世界だった。



 俺は泣きそうになりながらパウンドケーキを食べる。

 このケーキの美味しさが苦い思い出を消してくれる。


「……あれ?」


 身体が熱くなってきた。妙な力が体中を駆け巡る。


『――システム警告、魔力の過剰摂取によりジョブのランクアップを行います。「聖騎士」から「魔王の下僕」にランクアップします』


 ――へ? シ、システムさん、なんで復活したの!?


 なぜこの世界でランクアップが!? やばい、俺はあと数秒で気絶する。そ、その前に――


 俺はこの数秒で全力でパウンドケーキを食べ尽くした。

 そして、目の前が真っ暗になった……。





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異世界パティスリー 異世界最強の住人たちが俺の店の常連になった件について…… うさこ @usako09

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