竜神族と至高のジュース
「ね、ねえ、僕、普通の学生にみえるきゅ?」
「ふははっ、アリスよ。どこからどう見ても漫画の学生と一緒だわん! さあ出陣するのだ!」
アリスとビビアンの登校初日だ。
昨日は嬉しくて全然寝れなかったらしい。制服を何度も着てみたり、教科書を読んでいたり、ビビアンと学校でどんな事をしようか、と遅くまで話していたみたいだ。
勇者だとか魔王だとか言ってるけど、こうして見ると普通の女の子たちなんだよな。……わんことうさぎだけどさ。
楓も心配になって見送りに来てくれた。
てか、俺達も一年前までは学生だったんだよな……。
「ねえ、ビビアンちゃん、分身してて大丈夫なの? 疲れない?」
「全然大丈夫であるわん! 楓殿は我たちが居ない間、駆殿といちゃいちゃするんだわん!」
「ちょっ!?」
楓が思いっきり俺の背中をひっぱたいた。
「い、痛えな!! てか、お、俺と楓はそんなんじゃねえよ!?」
「そ、そうよ!! わ、わたしたち……」
「そう、おれたち……」
その時、お店から悲痛な声が聞こえてきた。
「ひ、ひえええ!?!? こ、この虫はなんだ!! 魔物の一種か!? わ、わたしは屈しない! 薔薇騎士団団長を甘く見るな! ――黄金聖鎧召喚!! 竜神剣召喚!」
「楓……、店が壊される前に戻るぞ」
「はぁ、クリスさん一人にできないわね……」
アリスとビビアンは手を繋いで、もう歩き出していた。嬉しそうな後ろ姿を見ると、編入手続きを頑張ったかいがある。
……学費、どうしようかな、ははっ……。
毎月の家賃や光熱費の固定費。それに食材費だって値上がりして厳しい状況だ。アリスとビビアンのおかげで安定した売上にはなったけど、経営は厳しい……。
一億円というとてつもない借金のことを考えると……。てか、分割払いなのか? 借用書には細かく書いてなかったな。……いやだけど、一度話を聞きに行くか。
俺と楓はとりあえず店に入ろうとしたが、ビビアンの分身の存在を思い出した。
どこにいるんだ?
小さな女の子が店の前でポツンと突っ立ていた。
分身にしてはビビアンと顔が随分と違う。
体格もさらに小柄で、角まで生えている。背中には羽みたいなものが付いていた……。
「ここにいたのか。お店の入ろうな。えっと、分身だけど、なんて呼べばいいんだろうな」
ビビアンの分身はうつろな顔をしていた。
俺に気がつくとひどく怯えた顔になった。
「に、人間……、や、やめて……、こ、来ないで……」
俺と楓は顔を見合わす。
これって……、ぜってえ分身じゃねえだろ!?
女の子はふらふらしていて今にも倒れそうであった。
女の子のお腹から『きゅぅ〜』という音が鳴った。
「楓、その子を店に入れてくれや。多分お腹空いてんだろ。とりあえずジュースでも飲ませるわ」
「う、うん、了解! 一緒に行こ。美味しいジュースがあるよ」
女の子の手を引く楓。女の子はほんの少し抵抗したけど、力なく楓の後を付いてきた。
********
竜神族は人間が絶対に来れない山に住んでいる。
私、シトはまだ100歳にもなっていない子どもの竜神。
そんな私はいま、後悔をしている……。
お父さんとお母さんの言いつけを破って、こっそり山を降りたのが行けなかったんだ。
人間族の街に興味があった。
オークやゴブリンじゃない食べ物を食べてみたかった。
普段は竜の姿をしているけど、変装魔法をかけたから大丈夫だと思った。
『おい、竜がいるぞ!! こいつの素材は高く売れるぜ!!』
『殺せ!! 鱗を剥ぎ取れ!!』
『馬鹿野郎っ! 生け捕りにして王国に高く売りつけるぞ!』
たまたま街にいた勇者級の高位冒険者の鑑定魔法によって、私の正体がバレてしまった。
さっきまで普通に話してくれた街のおばさんは悲鳴を上げて逃げていった。
冒険者が私を取り囲む。
私はどうにか逃げようと死ぬ物狂いで街を出ようとした。
――お父さん、お母さん、ごめんなさい。わたし……もう会えないかもしれない。
魔法が私の身体に命中する。竜のうろこさえも切り裂く剣を振るわれる。
私は全てを諦めて、自爆魔法を使おうとした瞬間、目の前に光の渦が現れた。
私はそこに飛び込んだ。
そして――
***
気がついたら私は変な店の中のいた。状況が理解出来ず外に出る。空気が汚れてい
た。あの街とは雰囲気が違う。魔力の流れが全然違う。
「とりあえずこれでも飲んで落ち着いてくれや」
人間族にしては親し見がある顔をしている男が私にグラスを差し出した。
……おかしい。今の私の状態は竜人状態。羽も角も生えている。それなのに、ここにいる人間族はそんな事気にもとめない。なぜなの?
お母さんとお父さんから聞いていた。人間族は竜狩りをするって。
だから街に行っちゃいけなかったんだ。
「お父さん……、お母さん……、ひっぐ、ごめんなさい……」
「あーー、迷子か……。アリスもビビアンもいねえし、どうしようもできねえな。ていうか、絶対関係者だろ? まあとりあえず飲んで元気だせよ」
差し出されたグラスのものには手を付けず、私は店内を見渡す。
……奇妙なもので溢れている。
私はグラスに入っている液体の匂いを嗅いでみた。
「それはな、俺の特製ジュースだぜ! オレンジと桃とホイップした生クリーム、バニラアイスクリームを一緒にミキサーにかけてスムージーっぽく作ってあるんだ。ストローでも飲める程度の柔らかさに仕上げてあるぜ」
この男が何を言っているか全然わからない。
だけど……、なんか温かい気持ちが伝わってきた。
私はグラスの手に持ってペロっとなめてみた。
「〜〜〜〜〜〜ッ!?」
ジュースと言われたから、ただ果実を絞ったものを想像していた。
これはそんなものじゃない。
フルーツのうまみと甘みが口の中いっぱいに広がる。
「このストローを使いな」
私はグラスに刺さっていた棒状のものを使ってジュースをすする。
今度は甘みだけじゃない、フルーツと何かの香りが口いっぱいに広がる!
それに、ジュースなのにふわふわしてて面白い食感だ!
後味がすごく爽やかで、なにかの香草も入っている。
この緑のつぶつぶがそうなのかな?
こんな美味しい物は飲んだ事がない。街にいたときに飲んでみたジュースとは全然違う……。
私はいつしかこのジュースしか目に入らなくなっていた。
……楽しい時間はすぐに終わってしまう。
「ずずずずっ……、ずずず……、っはぁ……。お、美味しかった」
「おっ、少しは元気になったか? じゃあこれも食べてみろよ。――『チョコレートパフェ』だ。小さなグラスで作ってあるから食べ切れるだろ?」
私は何度も頷いてしまった。
男が私の目の前に出したのは、小ぶりなグラスに綺麗に盛り付けられているお菓子であった。
グラスを見ただけで心が躍るような気分になる。
さっきまで冒険者に追いかけられていた事なんて忘れてしまいそうだ。
「か、駆殿……。そ、その子は竜神族ではないい……」
「あん? どうせビビアンの知り合いだろ? 今更どんな子が来ても驚かねえよ。それよりも説明を――」
男が誰かと話しているけど耳に入らない。
スプーンを手に取って、パフェなるものを口に運ぶ。
「はわわ……」
なんて表現していいかわからない。
作ってくれた男は私に笑いかけていた。
なんで笑っているんだ? そう思ったけど、自分の口元が緩んでいることに気がついた。
私、笑っているんだ……。
さっきまでは自分が一番不幸だと思っていたけど、そんなことはない。
この男のおかげで、私は幸せな気分になれたんだ。
だから、私は感謝を込めて男に言った。
「あ、ありがとう……、えへへっ……美味しかった」
私がそう言うと、男は更に嬉しそうな顔をしてくれた。
私もなんだか嬉しい気分が更に増したような気がした――
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