飴ちゃん


「お前ら漫画ばっか見てないで早く寝ろよ? 明日もよろしく頼むな!」


「了解だわん!」

「もきゅきゅ!」


 我とアリスは小さな部屋を与えられた。魔王城的に言えば牢屋と同じくらいの広さであった。

 だが、ここは素晴らしい場所であった。

 たくさんの書物……何より漫画という物が素晴らしかった。


 我とアリスは翻訳スキルを使用して読み漁った。

 ちなみにクリスは違う部屋で寝ている。……あの女騎士のいびきは凶悪的だからだわん。


「ねえ、ビビアン、読み終わったから次の巻ちょうだいきゅ」


「むむ、しばし待て。あと少しで読み終わるわん……」


「むう、早く早く!」


 アリスはテレビをつけた。

 テレビではアニメという漫画みたいな物が映し出されていた。


「あっ、見てみて、魔法使ってる! 中々詠唱がかっこいい。今度真似するきゅ」


 平和な世界であった。

 我の世界では考えられないような日常。


 様々な本を読んだが、この日本という場所は特別なんだろう。

 今読んでいる『幼馴染の後悔をリセットして青春を送りたい』みたいに、学生たちは戦争にも行かずに青春を送っているのだろう。


 争いをなくしたかった。

 世界を平和にしたかった。


 魔族も人間も獣人も分け隔てない世界を作りたかった。


「あれ? ビビアン泣いてるきゅ? んー、そんなに面白かった?」


「……ああ、これは素晴らしいものだわん。……ほら」


 アリスは「わーい」と言いながら漫画を読み始めた。






「おっし、今日もお疲れ様! アリスにビビアン、ありがとな! あ、クリスも洗い物助かったぜ!」


「ふ、ふふ、私は今日は皿を一枚しか割っていない! どうだ!!」


 クリスは駆殿に褒められて嬉しそうであった。

 王国の悪名高い薔薇騎士団の団長。


 悪鬼羅刹のごとく敵を葬る。

 その存在は世界中に広まっていた。


 クリスはオークに攫われたと聞いた。あの悪鬼羅刹の団長がオークキングに負けるわけないから、きっと罠にハマったんだろう。

 クリスの強さは王国随一だ。直接戦闘はしたことはないが、部下の報告によると四天王を軽く葬り去る実力の持ち主。


 ……王国に飼い殺しにされていたかわいそうな女の子でもある。

 クリスは小さなつぶやきを漏らしていた。


「ふふ、人と殺さなくていい……。……うん、もう帰りたくない……」


 なんとなく肉球でクリスの背中を押す。

 クリスも我もわかっている。この世界の住人ではない。いつか、帰らなければならないのだ。いろんな事にケリをつけなくては



 それにしても今日も忙しかった。

 仕事が終わると奇妙な充実感がある。

 人を殺す必要がない。人を殺す算段をつけなくていい。

 お客の喜ぶ姿が心に残る。


「もきゅ? ビビアン静かだね? いつもは終わったら『はははっ! 我のためにスイーツを所望するわん!』とか言うのに」


 アリスはうさぎ姿で首をかしげていた。

 我はアリスに問うてみた。


「……勇者アリス、もしもそなたが勇者ではなかったら……いや、詮無きことだわん」


「んん? どうしたのビビアン?」


 勇者は生物兵器だ。ただ魔族を殺すために王国が作った存在。

 勇者の才能を見いだされ無理やり親元から引き離された。


 勇者機関という組織に入れられて、仲間同士で殺し合う場所。大半は死んだと聞いた。生き残った物は王国の駒として使われる。

 そして、頂点にたったアリスは勇者として……戦争の道具となるのであった。


 我は王国との戦争で何度も勇者と出会った。


 勇者が育つ前に殺す、という計画もあった。実際、勇者機関を破壊魔法で壊そうとした。

 が――


『お姉さん? どうしたの? あっ、迷子なんでしょ! えへへ、僕が道案内してあげるね!』


 たった数時間の邂逅。幼い勇者アリスと魔王ビビアン。いつでも殺せた。なのに、我は殺せなかった。

 森を歩き、商店街を見て、屋台で買った飴を公園で食べた。

 我は何故かその数時間が忘れられなかった。


 どうしていいかわからなかった。


『お姉ちゃん? 泣いてるの? ん〜、僕の飴ちゃんあげるよ! 泣き止んでね!』


 我はどんな顔をしていたんだろう?


 青春も何も知らないアリス。そんなの可哀想だ。






「……我は青春したいわん」


「え、何言ってるきゅ!? 青春って、あの漫画みたいに?」


「青春したいわん……」


 そうだ、アリスには青春が必要だわん。

 もう苦しむ必要はない。ここの世界で平和に暮せばいいわん。


 アリスは困った顔をしていた。


「で、でも、僕は……そんな資格ないきゅ。ゆ、勇者としての仕事も満足に……」


「ここはあの世界じゃないわん。……アリス、我と一緒に学園に通うわん。あの漫画みたいに」


「そんな事したらお店の手伝いが――」


 我は魔力を全開放した!!!


「――召喚」


 厨房で楓殿といちゃいちゃしながら、まかないを作っていた駆殿が我の魔力に驚いてしまった。

 すまない。


「おおい!! マジかよ!! また誰か来ちゃうのかよ!!」


 虹色の光がお店を包み込む。そして倉庫の扉がゆっくりと開く。


「これは……、イケるわん!」


 光が収まるとそこには――金色の猫が二本足で佇んでいた。

 猫は丁寧なお辞儀を我にしていた。


「これはこれは魔王様。ふふ、察するに――勇者様とこの世界に転移してしまったのでしょう。わかっています。言わなくてもわかりますとも! この魔王軍四天王ニャンパスには!!」


「――送還チェンジ!!」


 ニャンパスは「ま、魔王様ーー!!」と言いながら再び虹色の光に包まれた。

 勢いで送還してみたら出来てしまったわん。この事実は忘れるわん。召喚は失敗だ。

 というか、もしかしてあの倉庫がこっちの世界とつながっている? ……検証の必要ありだわん。



「ビビアン! 召喚は禁止だ! 全く、これ以上人が増えたら……」


「ごめんだわん……。我……」


 アリスが割って入ってきた。


「ち、違うの。ビビアンは僕が学園に通いたいのを知ってて……。代わりのお手伝いを……。怒るなら僕を叱ってくれきゅ!」


 駆殿はため息を吐いた。

 嫌なため息ではない。どうしようか真剣に考えてくれている。


「学園か……、人間姿だと見た目幼いもんな。違法労働っていうか、違法移民になるのか? 行きたいのか、学校?」


 アリスは迷った末、小さく頷いた。


「我が認識錯覚の魔法をかけたらイケるわん。労働力は……我が分身の魔法を使ったら後三人分の働きができるわん」


「分身……っていうか、なら召喚しなくてもいいじゃねーかよ!?」


「当たりが出るかと思ったわん……」


「はぁ……しょうがねえな。楓! わりいけど、親父さんに頼み込んでくれねえか? 無理だったら認識錯覚の線でいくわ」


「うん、できるかわからないけど、聞いてみるね」


 駆殿は手に持っていた丸い何かをアリスに渡した。


「ほら、アリス、そんな顔するんじゃねえよ、これでも食え! さっき試作で作った飴なんだ。結構難しいんだぞ? いちご味もあるし、キャラメル味もある、コーラもあるぜ! ていうか、どうせ学校行くなら思いっきり楽しんでこいよ! 放課後や土日は働いてもらうからな!」


「か、駆殿……、それにビビアン……」


 アリスは丸い飴玉を口に含んだ。


「……甘い……、フルーツの味が……、美味しい……。あれ? 塩味がするきゅ? ……美味しいのに……嬉しいのに……、なんで、泣いちゃうきゅ?」


 アリスは口をモゴモゴさせながら泣いていた。

 それはきっと、嬉し泣きをしたことがなかったんだろう。


 我はそっと、ビビアンの綺麗な毛並みの背中をさすってあげた――


 分身を四人にして我も通うわん! 漫画みたいな青春をアリスにさせてあげるわん!!



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