パンケーキ


「かえちゃん、今日の飲み会は!?」


 私、水戸部楓は大学の講義が終わると、さっさと荷物をまとめて帰ろうとした。

 友達に両手を合わせながら謝罪する。


「ごめん! ちょっと家の事情がバタバタしてて……」


 うん、自分の家じゃないけど……まあ、駆のバタバタは私の事情って事ね!


「ええーー! かえちゃん付き合い悪いって……。もう、男子残念がるって!」


 正直、大学の交友関係が面倒くさい。

 行きたくもない飲み会に誘われて、話したくもない男子に話しかけられて、裏で陰口ばかり言う女子に嫌味言われたり……。


 私は教室を出て、小走りで廊下を歩く。

 今日は大荷物。私が使っていたいらない服とか、女子の生活必需品が入っている。クリスさんにあげるつもり。

 ……駆からは何も頼まれていないけど……ちょっと心配なのよね。


 クリスさん……おっぱい大きいし、駆の事を主君だと思っているし……、頭ゆるいし……。


 うん、早く駆の店に行こ! べ、別に駆に会いたいから急いで行くんじゃないからね!


「あっ……」


 大学の入り口の扉のガラスに写る私は、なぜだかにやけていた――







 お店に近づくと、異変が起きていた。

 何やら喧騒が聞こえる……。


 お店の前には人だかりが出来ていた。

 みんな店内に入るための順番待ちをしている。


「マジ?」


 駆が店を継いでから、あんなに混んだ覚えがない。

 一体何が……。


 お店の前で並んでいた常連さんが私に気が付いて声をかけてきた。


「おう、楓ちゃん! 新しいスタッフ入ったんだな! ははっ、駆のヤツは親父に似て面食いだな〜」


「は、はあ……」


 並んでいるお客さんに自分がお店のスタッフだと伝えて、行列をかき分けてお店に入って見ると、そこには――超絶美少女二人がテキパキと仕事をしていた。


 ドレスみたいな服を着た色白のうさぎ顔の女の子は、とろけるような笑顔でテイクアウトのケーキの販売をしていた。

 男装の令嬢みたいな色黒犬顔の女の子は、尊大な態度なのに愛嬌があり可愛らしく見えてしまう。並んでいるお客さんの整理や、テイクアウトの手伝い、イートインの案内をしていた。


「はいっ、お待たせしましたきゅ! お会計は――」


「大変待たせたわん。さあ、駆殿の最高のデザートを食べるんだ」


 奥のカウンターでは、駆が笑顔でデザートを作っていた。

 顔が少し赤くなっている。

 あっ、あれって駆が一杯一杯頑張っちゃって、限界を迎えそうな時の顔だ。


「……パフェとクレープお待たせしました! えっと、次は――」


 裏の厨房からガシャーンッという音が聞こえてきた。


「す、すまぬ! くっ、私がここまで不器用だとは――」


 カウンターに座っている男性客たちは、クリスさんに温かい眼差しを向けていた。







 私はすぐに店の奥に入って、裏で準備をして、駆の横に付いた。


「わ、わりい、ちょっと忙しすぎて――、今日はバイトじゃないのに――」


「いいわよ。ほら、オーダー手伝うわよ! あんたしっかり作りなさいよ!」


「お、おう……。……うっし、気合入れてくぜ!」





 **************





「ありがとうございました〜」


 最後のお客さんに頭を下げる私達。

 お客さんが店を出た瞬間、私達は床にへたりこんでしまった。


「午前中は暇だったんだ……午後から徐々に忙しくなってきて……夕方から爆発して……」


「ていうか、あれってビビアンとアリス?」


 二人の美少女を指差した瞬間、二人は動物に戻ってしまった。


「ふう、元の姿は疲れるきゅ。このサイズがちょうど良いきゅ」


「むむ、我はまだまだ元の姿に戻れるわん。勇者よ、なまったか?」


「うるさいきゅ!」


「そんな短い手では届かないわん! ははっ!」


 駆が二人の頭を抑えた。


「はい、ちょっと静かにしようね〜、仕事はまだ終わっていないから。これからレジの精算と明日の仕込みと片付けがあるから。あっ、楓――」


 駆はいきなり私を呼んだ。何よ? ドキッとするじゃない。


「手伝ってくれてありがとな!!」


 私はとっさの事でうろたえてしまった。

 つい顔を逸して、強気な口調になってしまう。


「――べ、別にあんたのためじゃないからね……。お、お客さんに褒められたからって調子乗らないでね! ふ、ふんっ!」


「ははっ、楓はかわらねーな。おっし、お礼に何か作ってやるよ! もちろんバイト代も払うぜ」


「か、駆殿、我らも頑張って――」

「ぼ、僕、恥ずかしい服で――」


 駆は二匹の頭を撫でながら、くしゃっとした笑顔で私達に言った。私の大好きな笑顔だ。


「ああ、ちょっと待ってろよ! 最高の物作ってやるぜ!」




 ************




 私達はカウンターに並んで座った。

 床に倒れていたクリスも、駆が作るデザートの匂いに気が付いて起きた。


 アリスもビビアンも背筋を伸ばしてお行儀良く待っている。

 まるで「まて」をしている犬みたい。


 駆は手際良くデザートを作る。

 メレンゲを泡立てて、黄色のアパレイユと合わせていた。


 それをバターたっぷり溶かしたフライパンに入れる。

 ジュウッとした音と、バター匂いが食欲を刺激する。


 ビビアンとアリスはしっぽをフリフリさせていた。

 ふふ、かわいいな……。




「ほら、パンケーキの出来上がりだ! 苺のソースを練り込んだ生地に、グランマニエでソテーした苺のソース! ホイップした生クリームを溶かしたソース、ミントとバニラのアイスクリームと一緒に!!」


 私達の前にパンケーキが出された。


「お、おお……気高い香りだわん」

「ふわぁ、フルーツの匂いとバターの匂い……」

「……なんだかよくわからんが、とても美味しそうということだけわかる」



 苺のパンケーキ。懐かしいな……。私達が高校生の時によく作ってくれたな……。

 駆は幼馴染の子に憧れてて、私はむきになって素直になれなくて……。

 それでも駆は私に優しくて――


 楽しかったな……。


「むむ!? ス、スプーンで食べれるわん!!」

「く、口の中で溶けるきゅ……」

「うおおぉぉぉぉぉーーーー!!!」


 パンケーキのふんわりとした食感と、苺の香りが口の中で充満する。

 それと一緒に思い出が蘇る。


 駆はすごいよ。大学だって国立行けたのに、お父さんの後を継ぐって言ってすぐに働き出したし、お客さんと向き合ってケーキ作ってるし、借金があるのに前向きだもん。


 駆は私達が食べているのを見て嬉しそうであった。

 私も頬が緩んでしまう。


「――ん、どうした楓? 腹減ったか?」


 何気ない冗談。

 それなのに、苺の甘酸っぱさが高校時代を思い出してしまう。


「……ううん、何でもないよ。駆がかっこいいなって思っただけ」


 だから、たまには素直になっていいよね?


 駆の顔が真っ赤になってしまった。


「ば、馬鹿!! な、なんか悪いもん食ったか!? よし、俺がハーブティーを――」


 駆は裏に逃げてしまった――



 ビビアンはお茶をすすりながらつぶやいていた。


「ふむ、青春か……。我も青春したかったわん……」







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