ガレット
「こ、ここは……い、一体……わ、私はオークに囲まれて……」
ふと気がついた。自分の喋っている言葉がいつもと違う。
周りは貴族の館のような綺麗な調度品に囲まれている……。
謎の魔物? と人間の男女がいる――
犬っころ魔物が尊大な口調で私に語りかけてきた。
「むっ……、王国の騎士か?」
「い、いかにも、私は王国薔薇騎士団、騎士団長の……クリスである。……ここは? いや、オークは?」
「ここは異世界なり。我の力によってそなたは召喚されたんだ!」
「しょ、召喚魔法だと!? そ、そんな強大な力――」
――ぎゅるるるるうっるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――
お腹がなってしまった…………オークに攫われ……何も食べていなかった。
人間の少年が動いた。
「なんかよくわかんねーけど、腹減ってんだろ? おっし、ちょっと待ってな! 今なんか作ってやんよ!」
少年は熟練のコックの如く、厨房を動き回る。
その姿は演舞のようで優雅で……美しかった。
*************
私はとりあえず椅子に座って待つ事にした。
隣には尊大な犬っころと……ヴァーパルバニーのようなうさぎがいる。
「もきゅ、楽しみだきゅ! 駆殿のご飯は最高きゅ!」
「ふむ、どうにかして我の城に招きいれたいわん」
……私の世界の魔力をこの動物から感じる。しかもトップクラスの強者の匂いだ。
私が本気モードにならないと相手にもならないだろう……。
不思議な少年であった。
動物たちは少年を敬っている態度である。
「私は……あの世界に戻れるのか? こうしている間にも勇者様が魔王と決戦を――」
「大丈夫きゅ」
「我は寛大なり」
「いや、そ、そんな悠長な――」
少年の動きが止まった。
皿を私の前に出して来た。
「お待たせ! 外国人のお姉さんだから何にしようか迷っちまったぜ! 『マッシュポテトとサワークリームソースとソーセージのガレット』だ!」
皿の上に乗っているのは――
薄い生地を折りたたみ、何やら白いソースと輪切りにされた肉が散りばめられ、ふんだんに見たことがない野菜が添えられている。
香辛料の香りが食欲をそそる。
「――ご、ごくり、こ、これを食べていいのか?」
「わ、我の分は?」
「僕のは!?」
「ははっ、一杯作ったからちゃんとあるぜ! ほらよ!」
動物の前にも皿が出された。
動物たちは……何故かお辞儀をして――ゆっくりと皿の上の何かを食べ始めた。
動物たちの動きが緩慢になる――
一口一口を味わって食べている。
食べていいと言われても……召喚されていきなり――本当に食べて良いのか?
動物たちは私を見た。
その表情は笑顔であった。
訳知り顔で私に頷く。
「大丈夫きゅ。ゆっくり食べてから考えるきゅ」
「う、うぅ……お母さん……わ、我……」
私は覚悟を決めて、フォークを手に取り――料理に手を付けた。
フォークを口の近くに持っていくと、香りが私の鼻を刺激する。
こんな強い香辛料は――初めてだ。
口か出るよだれが止まらない。
私はソースがたっぷり付いている生地を口に入れた。
「――――あっ」
騎士団で食べている硬いパンを想像していた。
これは――恐ろしく柔らかくて……旨味が凝縮されていて――得も知れぬ快感が私の身体を駆け巡る。
美味しいというレベルを超えている。王族でもこんなもの食べた事がないだろう――
手が止まらなくなった――
私はなんのために戦っていたのだろう? 出世競争に明け暮れて――他人を蹴落とす毎日。悪鬼羅刹の薔薇騎士団長と言われて早5年。
遮るものは斬り殺した。意に沿わぬ任務も忠実にこなした。心が死んでいくのがわかった。それでも私は王国の騎士だ。
主の命令には逆らえず、私は謀略の渦に巻き込まれ――オークに攫われる結末。
一口食べる事に懐かしい記憶を思い出す。
何も考えずに走り回っていた子どもの頃。両親の畑仕事を手伝い、手を繋いで帰り、一緒に夕飯の準備をする。芋ばかりの質素な食事だったけど、みんなで食べる料理は美味しかった。
平和な村だった。
森で遊んで夕暮れ時に帰ると、村は野盗に襲われた。両親が殺された。友達も殺された。家が荒らされ、畑も荒らされた。
気がついたら、私は血にまみれたスコップを盗賊の頭に突き刺していた。
私の周りにはおびただしい数の野盗の死体が転がっていた。
弱ければ奪われる。強くならないと殺される。
王国が腐っているのはわかっていた。なんとかそれを正そうと努力もした、が。
オークキングの討伐。私にとっては簡単な仕事。
王国聖魔術団団長ミハエル、ともに王国を内部から正そうとした仲間だと思っていた人間――
討伐場所に向かってもオークキングはいなかった。そこにいたのは仲間だと思っていたミハエルだった。
『クリス、俺は……お前を殺す』
気がつくと私だけが立っていた。周りには死体しか無かった。絶望の慟哭をあげた私は、力尽きるように倒れた。そして――目が覚めたらオークのねぐらにいたんだ。
――肉の皮が口の中で弾けて肉汁が飛び出す。
――ポテトの旨味が脳を刺激する。
――野菜の新鮮さが料理のバランスを整える。
いつの間にか、フォークを使わなくなっていた。
早くこれを食べたい。
誰にもあげたくない――
私は一心不乱に食べる。
いつの間にか、肌に温かいものが触れていた。
「もきゅ……ゆっくりで大丈夫きゅ。ここには敵がいないきゅ……」
「ああ……それでも……私は……ひぐっ……、私は……、ミハエル……、何故だ。何故裏切った……、ひっぐ」
最後の一切れを食べてしまった。
犬っころは私を上から目線で見る。
「もっとゆっくり食べるんだわん! む、わ、我の分も少し、た、食べるか?」
少年が私の前にもう一皿置いた。
「ははっ、お腹空いてたんだな! まだあるから気にせず食べろよ!」
私は……懐かしい気分になれた――
これは――優しさだ。
久しくこんな気持ちになれた事がない――
感情が爆発しそうであった。
「う、ううぅ……うわーーーーん!!!! いただきますーーーー!!!」
私は泣きながら少年の料理を食べ続けた――
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