悪鬼羅刹の女騎士


「ねえ、駆? なんか疲れてない? そんな顔見せるのって、晴海が藤堂君と付き合い始めた時以来だよね」


「あん? お、俺は晴海ちゃんの事ただの幼馴染としか思ってねーしっ! ていうか、今日は暇だな……、お前バイト早上がりする?」


 午後の昼下がり、親父がいた時はもっと忙しかったのに今日も暇であった。

 昔からアルバイトをしてくれている、高校の時の同級生、水戸部楓みとべかえでが心配そうに俺を見る。


「はぁ、おじさんが亡くなって、あんたが店を切り盛りするっていう心配してたけど、まさか売上がこんなに落ちるなんてね……。やっぱり三ヶ月休んでたのがいけないのかな?」


 親父が死んでから店は休んでいた。一週間前に店を開けたばかりであった。

 売上は散々なものであった。

 お店の規模は15坪ほどの小さな店舗。家賃は都心ということもあり、坪2万だ。

 電気代、水道代、ガス代、人件費、食材費……お金は何もしなくても出ていく。


 親父がいた時は月に300万売上があったが……この一週間は、日に2〜3万円の売上しかない。赤字である。大赤字だ。

 幸い親父が残した貯蓄はある……。だが、店を運営する回転資金として考えると……1年後には閉店を考えなければならない。


 人件費も削って、スタッフは俺とアルバイトの楓だけだ。

 正直、売上が上がらないのは死にたい気分になる……。世の中の経営者はみんなこんな気持ちなんだろうか……。

 追い打ちをかけるように、親父の借金一億円問題も出てきた。


 ――マジでハードだ。


 ケーキを作っても売れないから廃棄しなければならない。気持ちが負のスパイラルに陥る……。


「はぁ……。まだ諦めちゃ駄目だよな。――楓、わりいけど……」


「良いわよ。今日は大学の飲み会があったしね。……ていうか、あんたさ……あれって何?」





 楓は店のカウンターに座っている謎の動物を指差した。


「ぶほっ!? な、なんでいるんだ? お、俺の妄想じゃなかったのか!?」


 昨日、精神的に参っていた俺は、妄想の喋る動物にコーヒーを入れていた。

 借金一億円が作り出した妄想だと思っていた。

 ケーキを出したら、俺は店に鍵をかけて家に帰った。


 寝たら謎の動物の事なんてすっかり記憶からなくしていた。


 今の今までいなかったよな?


「あ、あんたぬいぐるみ好きだっけ? ていうか、結構かわいいじゃん!」


 楓はわんこのぬいぐるみ風の謎の生き物を抱きしめた。


「くっ、わ、我は魔王なり! ふ、不埒な輩め!!」


「え……喋った!? な、なんなの!?」


 うさぎ風の謎生物がため息を吐く。


「もきゅ……、お腹すいたの……」


 その顔は悲しげであった……。


「わ、我たちは、魔法で姿を消してこの異世界の様子を探っていた。……この場所が我たちの震源地だ。さまよった末戻ってきたんだわん」


「そうなの。全然文化が違うから、街が怖くて……」


 俺は楓と顔を見合わせた。


「うん、お客さんに見られたくないな……」


「あ〜、もうちょいバイトしてくよ。この子達の面倒見ながらサービスしよっか?」


「わけわからんが……頼む。どうせ、スタッフがいないからイートインやらねえし。適当なもん食わせておけ。――あっ、いらっしゃいませ!!」



 こんな時に限って、店が忙しくなる。いや、嬉しい限りだけどね?

 俺は一旦謎生物たちの事を頭から追い出して、販売に励んだ。





 *********





「いやったーー!! 楓っ! つ、ついに……売上が4万円超えたぞ!! この一週間で初めてだ!!」


 店は夕方頃閉めた。ケーキが全て売れたからだ。


「お、やったじゃん! ……でも全盛期の時の最低レベルだよね」


「ふむ、ご苦労であった。我にコーヒーを……」


「もきゅ? なんか良いことあったの?」


 俺は上機嫌でカウンターの中に入る。

 ……気分は確かに良いが……頭の片隅には常に一億円の借金の存在がある。

 どんなに嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、この異物感は消えない。


 あっ、これが本当のストレスなんだ……。


 4万円売り上げた嬉しさは、借金を思い出すと消し飛んでしまう。

 だが、楓の嬉しそうな顔を見ると、やっぱり心が弾む。


「――この気持ちの振れ幅はキツイな……どうにかしなきゃな」


「駆……、ねえ、お店潰してもいいんじゃない? 借金一億円の事だよね? 変な話だから嘘かと思ってたけど……。でも、藤堂君ってそんなに悪い人じゃないよね? あんたに絡むけど悪意はないような……」


「まあな、それでも借用書はある。……どうあがいても返せない。相続放棄しておけば良かったのかな? ……判断がつかねえよ。俺が自己破産するか、先方と話し合いで解決するしかない」


 ――俺はこの店を続けたい。親父が、おふくろが残した街のケーキ屋を。


「よし、気持ち切り替えてなんか作るか! あっ、楓は飲み会行くんだろ?」


「ううん、なんかそんな気分じゃなくなったから、いても良い?」


 わんこがいきなりカウンター席の上に立ち上がった。

 二足歩行のわんこの姿は勇ましかった。


「ふむ、金が必要なのか? ならば、我は所望する……お主のケーキと引き変えに金をくれてやろうわん!!」


「はっ?」


「ちょっと、ビビアンちゃん、馬鹿な事言ってないで、ご主人さま探そうね?」


 ――おい、楓、お前普通に接しすぎじゃね?


「もきゅっ!? こ、この魔力は!? しょ、召喚魔法きゅ!」


 わんこを中心に変な黒い渦が巻き起こる。

 ――おい、俺の店壊すなよ!?


「きゃっ!! スカートが――」


 凄まじい風が巻き起こり、わんこの身体が宙に浮く。

 倉庫の扉が黒い渦が稲光をあげる。


 虹色の光が辺り一面を覆い尽くした。

 ――ご近所さんから苦情が来ちゃうよ!?


「もきゅ? こ、これは……虹色!?」


「ふふふ、いでよ! 我が所有するお宝よ!!!」



 ポヨンッという音が店に鳴り響いた。

 光は収まり、視界がクリアになってくる。

 黒い渦は消えて無くなり――倉庫の扉が開く。



 扉を開けたそこには――金色の――


「きゃっ!? こ、ここは? オ、オークたちが消えた? ……あ、新しい魔物!? くっ、私は屈しない!!」


 鎧を着た変なお姉さんが現れた……


「あ、あれ? 我、失敗しちゃった。わふん……」


 わんこの尻尾が項垂れてしまった。



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