異世界パティスリー 異世界最強の住人たちが俺の店の常連になった件について……

うさこ

ショートケーキ

 我は魔王ビビアン。 

 戦争は悲しいものだ。そこに正義などありはしない。ただ、悲劇が転がっているだけだ。


 勇者の絶大な力によって破壊された魔王城。部下は全て転移させた。これが魔王と勇者の最終決戦。


「勇者アリスよ。もうやめるのだ。我はもう争いたくない。どうだ? 2人でここから逃げ出さないか?」

 

「魔王ビビアン! もうあとがないぞ! 観念しろ!」


 勇者の目は虚ろだ。……使い捨ての勇者。過去の我を見ているようだ。


「ならば仕方ない……。貴様のスキルは全て見切った――我が必殺の魔法を受けてみよ、勇者アリスよ!!」


 我が魔力が極限まで高まる。

 この魔王城がきしむ程の魔力が手の平に集まる。この魔法で勇者を拘束する。殺戮のない平和な世界のために――

 

 勇者アリスは聖なる剣を構えていた。何故かアリスの目が潤んでいた。悲しそうな瞳だ。

 我はそんな顔を見るのが嫌なのじゃ……。アリスの顔が一瞬歪み、目には色をなくす。


「――僕の最後の力を!!!」


 我が力と、勇者アリスの力がぶつかり合い――辺りは光の渦に支配された。


「ぐっ……こ、これは――」


「きゃっ!! か、身体が!」


 我の身体が……消えかけている!? ゆ、勇者の力でやられたわけじゃない?

 消失が止められん!?

 くっ、魔力が――意識が――


 最後に見た光景は――消えかける勇者が泣いている姿であった。




 ********



 現代、日本。


「はぁ……親父、約束は守れそうないないぜ」


 俺、皆川駆みながわかけるは天涯孤独の身だ。

 親父が三ヶ月前に死んだ。母親は子供の頃に病気で死んだ。親父は街の小さなケーキ屋を営んでいた。

 俺はその店を継ぐために、子供のころから必死こいて修行を重ねていた。

 幼馴染の晴海ちゃんが彼氏と遊んでいるのを尻目に……俺は泣きながら猛特訓する青春であった。


 親父は死ぬ前に「み、店を――たのむ――」と言いながら死んだ――

 俺も頑張って店を切り盛りしようとした矢先……。



 商店街の会長である――大手洋菓子店の跡取り息子。かつ、晴海ちゃんの彼氏、藤堂幹也とうどうみきやが俺の店に乗り込んで来やがった。


 借用書を見せながら俺に言った。

 その時のムカつく顔は今でも忘れられない。プルプルした唇を引っこ抜きたくなった。


『ああ、皆川く〜ん? 君さ、借金あるの知ってる? ああ知らなかったの? ねえ、これ見てよ』


 俺は書類を見て意識が失いかけた――

 借金一億円。

 親父のハンコが押してある……。

 それでも、これはおかしい。

 俺は親父と一緒に帳簿付をしていた。一緒に信用金庫に行って、店の借金がいくらある理解している。

 今まで通り経営してれば問題ない程度の額であった。


 そんな時に振って湧いた借金。


『あっ、返せなかったら、君の店は僕の会社がもらうからね。……ほら、期限はあと一年。頑張ってね〜』


 思う出しても腹が立つ。

 絶対あれは仕組まれた借金だ。


 ……方法はわからん。親父は優しい男だったからな。もしかしたら本当にハンコを押したのかも知れない。はぁ……弁護士に相談するか。……そんな金ねーし、大手と裁判しても負けるのが目に見えている。


 俺、高校卒業したばっかりなのに、人生ハードモード過ぎない?


 あっ、そういえば、藤堂の親父っておふくろに惚れてたんだっけ? こっぴどく振られちゃっらしいな。まさか、そんな事が理由じゃないだろ……。






 俺は臨時休業の店の中で、背伸びをした。


「ううっん……、やるだけやってみっか。諦めたらそこで試合は終了っと……」


 小さな厨房をあとにして、店内スペースへと移動する。

 数席のカウンタースペースと、二席ばかりのテーブル席。入り口には生ケーキを収める冷蔵ショーケースと、焼き菓子の棚がある。

 俺はカウンターに移動して、コーヒーを淹れようと思った。



「コーヒー、コーヒー、っと……うおい!?!?」



 カウンターの椅子に腰掛けている……二匹の……動物のような物体がいた。


「貴様に我にコーヒーを差し出す名誉を与えよう――わん」


「ぷぷっ、わんって……魔王ビビアンが何言っちゃってんの? ――もきゅ」


 俺と二匹は視線が交わる。

 明らかに動物っぽい、だけど、なんていうんだろ? 動物って言葉喋れるのか? ていうか、でかくない?

 尊大な態度のやつは、ポメラニアンぽい何かである。

 もう一匹は……ぬいぐるみみたいなうさぎである。


 まるで漫画のキャラクターだ……

 俺、疲れてんだな。

 まあ、こういう事もあんだろ。


「……てめえらもコーヒー飲むのか? まあ動物には飲めねえか?」


「わ、我は千年生きてる魔王だぞ! き、貴様!! ――飲めるに決まってる……わん」


「きゅきゅ、ねえ、取り合えず冷静になって考えようよ。僕、とりあえずお腹減ったきゅ」


「おっし、ちょっとまてや……」






 *********



 勇者アリス。


 変な格好をした少年がテキパキと動き出した。

 ――はぁ……ここ絶対異世界だよ。魔力弱っているし……。


 まさか魔王と一緒だなんて……てっきり刺し違えたと思ったのに――

 早く向こうの世界に戻って、世界を平和にしなきゃ……。

 魔王の甘言には騙されないもきゅ。


 ……でも、なんか頭がすっきりしているんだよね。モヤモヤがなくなったっていうか。魔王を見ても憎しみが沸かない。……わんこみたいな姿だしね。


「む、我の高貴なる姿をとくと見ろ!」


 わんこ姿の魔王が粋がっている……。

 こいついわく、魔王を倒しても、僕……勇者は、人間側から消されるだけ。

 人間の悪意をちゃんと見ろって――

 だから、逃げようって言ってくれた。

 

 魔王の言葉を聞くたびに頭がズキズキ傷んだんだ。


 そんなの信じられるわけない。確かに人間は汚いところもある。でも、勇者である僕が人間を信じなきゃ……。


「っと、お待たせ。砂糖とミルクは適当に使ってくれ」


 そう言って、この少年は自分のコーヒーを飲み始めた。

 ちなみに、この子の言葉が通じるのは、魔王の翻訳魔法のおかげみたい。

 ……この子も大概おかしいよね? こんな魔物みたいな僕達の姿に驚かないで……肝が座っているね。


「ありがきゅ」

「ふん、感謝するわん」


 コーヒーは僕達の世界にもある嗜好品だ。

 だから何気なくそれを口に入れた――





「もきゅ!?!?!?」

「わ、わん……」



 口の中で芳醇な香りが暴れまわる。

 渋みも苦味もあの世界のものと比較にならない。雑味が全然ない。生臭くない。味わい深いコクと切れのある酸味。

 この砂糖もすごい。精製技術がすごいのか、真っ白である。ミルクも新鮮で香りがすごく良い。


 魔王が呆然と僕を見た。


「勇者アリス……人間はこんなものを飲んでいるのか? 我は衝撃を受けた…… 素晴らしいわん」


「もきゅ!? ち、違うきゅ。これはこの世界だけのものでしょ?」


「なるほど……この異世界か……くくっ、我の新しい国として――」


「わ、僕がさせないもきゅ!」


 僕の魔力と魔王の魔力が店の中で渦巻く。



「はい、店の中で喧嘩しない! 仲良くしねえと、これやんねえぞ?」


 少年は手と叩いて、僕たちの仲裁に入る。

 ……やっぱりこの子おかしいって!? なんでこんな魔力の渦の中で平気でいられるの!?

 やばいって……異世界人。


 うん? そのお皿は? なんだろう?


 僕と魔王は少年が持っているお皿に釘付けであった。


「お前らがおとなしくしてくれたら……ていうか、これ食ったら出てけよ? 飼い主が心配してんだろ? ……うん、まだ俺の頭が壊れているな。これって幻覚だろ? もうどうでもいいや」



 お皿が僕らの前に置かれた。


「……もきゅ?」

「わふん?」


 見たことがないフルーツが三角の何か上に乗っている。

 ……すごく良い匂いがする……。なんだろ、これ? 懐かしくて……昔を思い出しちゃう。


「――ショートケーキだ。まあ、菓子屋の基礎だよな。……なんだ知らねえのか? じゃあ説明してやんよ。それはジェノワーズって呼ばれている生地に生クリームと苺をサンドしたケーキだ」


「ジェノワーズ? 生クリームはわかるけど……苺って……初めて見たきゅ」


「……勇者よ。御託は良いわん。これは……」


 魔王は犬みたいな手で、器用にフォークを使い、生クリームをなめる。

 魔王の動きが止まった。


 魔王のわんこみたいな顔から……涙が溢れ出していた。


「ちょ、ちょっと、魔王大丈夫きゅ? あんた魔王でしょ!? なんで泣いて……」


 魔王はただ首を振ってケーキを指差す。そして、ゆっくりと、惜しむようにケーキを食べ続けた。


 ……むう、仕方ないね。じゃあ僕も。


 僕はフォークを魔力で持って……ケーキに入れる。


「うわ、柔らかいきゅ! ……ごくり……えいっ!」


「うわっ、勇者のバカチン!! 一気に食べ過ぎだわん! もったいない!!」


「…………あっ」


 音が全部消し飛んだ。

 頭が弾け飛んだかと思った。

 フルーツの天然の甘みと……この生クリーム? の旨味が僕に襲いかかる。

 美味しいなんて言葉だけじゃ表現出来ない。

 これは初めての体験……。

 初めて魔法を使った時でも、こんな感動しなかったよ。


 ジェノワーズって呼んでいた生地の繊細な食感と、生クリームとフルーツが合わさる時……至福の時が訪れる……。


 口に運ぶごとに幸せが訪れる。

 終わらせたくない。……ケーキが減っていくのを見ると……わけもわからない焦りが生まれる。



 魔王はしっぽを高速で振り続ける。


「……お、お母さん……我……ひぐっ……」


 このケーキを食べると、懐かしい気持ちが心に湧き上がる。

 村でいつも一緒にいてくれた幼馴染――

 お母さんがいつも僕の好きなシチューを作って待っててくれた――


 ひぐっ……ぼ、僕は……ゆ、勇者なんて……



「ううぐっ……なりたくなかったきゅ……」



 少年は何も言わずに僕らを見守ってくれた。

 僕らを見て、嬉しそうに口を綻ばせていた。

 

 何故か背中が温かく感じられた。気がつくと魔王ビビアンが肉球で僕の背中をさすってくれていたんだ……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る