第8話 探索者の日常

「いやー、狩った狩った。こんなに一人で稼げたのはいつぶりだ? まあ二人だったけど」

『初めてだろう。お前は危険を冒さないからな』

「いちいち窮地に陥ってたら危ないだろうが。普通のステータスさえあれば俺ももうちょっと頑張ってるっての」


 今日集めてきたものをダンジョン都市統治機関ガバメントで売却してきた俺は、ホクホク顔でガバメント中央棟前の階段を降りていた。


 周囲には結構な人通りがある。

 それもそのはずで、ガバメントはこのダンジョン都市における随一の買い手だからだ。


 そもそもダンジョン都市の存在意義とは何か。

 その答えは二つある。

 

 一つは、ダンジョンからモンスターが溢れないように狩り、大量のモンスターから地上を守るための盾。

 こっちはダンジョンの真上におっ建てられたバベルの存在からもわかりやすいだろう。


 そしてもう一つの役割。

 それはダンジョンという、魔石やドロップアイテム、その他鉱石や特殊な薬草、液体などが無限に生成される環境からアイテムを持ち帰り、それを世界中の他の都市や村々に届けることだ。

 

 ダンジョン都市で生きていると視野が狭くなりがちだが、世界はダンジョン都市だけで出来ているわけではない。

 ダンジョン都市だって大きな力は持っているものの国の一部でしかなく、世界中にそんな国がいくつもある。

 それらの国々に多くの資源を届ける役割をダンジョン都市は担っているのだ。


 まあ中には国と対立して独立し、独自で活動を続けているダンジョン都市なんてものも世界のどこかにはあるらしいが。

 少なくともここルサーナは、ガバメントによって統治され世界と繋がっている。


 そう、それがガバメントの役割。

 ダンジョン都市を統治すると同時に、その資源などを買い上げて世界へと繋げるために多くの国が手を組んで作り上げた機関。

 

 そのためガバメントでは、探索者が持ち帰ったアイテムの買い取りなどもやっている。

 俺は今まさにそこでアイテムを売却してきたというわけだ。


 まあ上層じゃなくて中層下層のアイテムだったり珍しいアイテムだったりは、ガバメントの一定の価格で買い取ってもらうよりは他所で商業系ギルドとかで買い取ってもらった方が高く売れたりもする。

 が、俺が今回持ち帰ったのは上層の魔石に上層のドロップアイテム。

 一山いくらで取引されるような代物だ。

 ガバメントで売ろうが他所で売ろうが大した違いは無い。


「んー、どうするかね」


 階段の下の広場に広がる露店街を歩きつつ考える。


『どうした?』

「いや、せっかく稼げる方法が見つかったし、少しぐらい贅沢してもいいかと思ってな。それに──」


 俺が隣に視線を向けると、フードの下からキョロキョロと周りを物珍しげに見ているリレリアの姿が目に映る。

 

「まだガキだっていうなら、少しぐらい楽しい経験をしても悪くはないだろ」


 昔、俺がまだガキだった頃。

 預けられていた孤児院の神父に連れられて街の市場に繰り出したときを思い出す。

 あのときは目の前に開ける俺の知らない世界に、胸のワクワクとドキドキが止まらなかったのを覚えている。


 まあこうやって歳を取ってみれば、世界のクソッタレな部分も見えてきて気が滅入ったりもするのだが。

 それでも世界は、なおも眩しいものばかりだ。


『そうだな』


 そんなわけで、俺はリレリアを連れて露店街を見て回ることにした。

 露店街と言っても色んなものを売っている店があるが、まだ装備だの魔法具だの素材だのと言ってもリレリアにもわからないだろう。

 だから見て回るのは主に食事系の屋台だ。


「食べたいものはあるか? 買ってやるぞ」

「あれ、とあれ。後あれも」

「視界に入る限り全部だな。まあちょっとずつなら良いか」


 今後も稼げる予定だし、とリレリアの言う通り店を回ってやる。

 と、そのうちの一箇所で声をかけられた。


「お! 『被追放回数最多の男』じゃないか! どうよ景気は!」


 『被追放回数最多の男』。それは不名誉にも俺につけられている二つ名だ。

 二つ名というのはいわゆる異名で、有力な探索者とか、名うての鍛冶師とかがガバメントから正式につけられるものだ。

 例えば『巨人殺し』だとか『鉄腕』だとか。

 その名はこのルサーナに収まらず、国中に、あるいは他のダンジョン都市にと響くことになる。

 まあ要するに各ダンジョン都市の有力者の噂を共有するための呼び名みたいなものだ。

 

 もちろん万年雑用係で底辺探索者の俺がそんな名誉なものをもらえるわけはない。

 これはあくまで非公式の二つ名だ。

 まあ何故か知ってる人は多いのだが。

 何故だろうなあ。

 せいぜい数十のパーティーから追放されただけなのだが。


「アキーム、お前探索者だっただろ。なんで店なんてやってんだよ。あと景気が良いわけ無いだろ。またパーティー探すかってところだ」

「金がねえのに食いすぎちまってな! 今は屋台で働かされてんのさ! おいおい、にしては今日はしっかり買ってるじゃねえか」


 そしてこいつはアキーム。

 俺も以前臨時で組んだことのあるソロの探索者だ。

 固定パーティーは性に合わないとかでその日その日で思うままに探索をしている。

 こんなのでも俺より遥かに強い、中層にソロで挑める結構やばい探索者だ。

 九割以上の探索者は上層探索者で一生を終える、と言えばこいつのやばさがわかるだろう。


「まあ、それなりに収入があってな。それに金も貯めてるし」

「かー、羨ましいねえ! 俺にもわけてくれ!」

「お前は貯蓄しなさすぎだろ。いつも金が入る度に使い果たしやがって」

「かてぇこと言うなよ! その日が楽しけりゃ俺はそれで良いのさ! ってん? そっちの嬢ちゃんはお前の連れか?」


 そこでやっとリレリアに気づいたのか、アキームは驚きの視線を彼女に向ける。

 その視線にリレリアは意味がわからず首をコテンと傾げている。


「まあな。つか今まで気づかなかったのか? 流石に探索者として駄目なレベルで視野狭くね?」

「いや、追放されたばっかのお前に連れがいるとは思わなかったから目の錯覚かと。どうしたんだよ珍しい。いつも人に関わんのにビビって芋引くお前が」

「うっせ。こいつは、まあ、ダンジョンで倒れてるところを拾ってな。放っておけなくて一緒に行動してるだけだ。リレリア、こいつの言うことは無視していいからな」

「わかった」


 俺の言葉にリレリアは素直に頷く。

 やっぱりガキは素直じゃないとな。

 俺みたいに常に大人の言葉を疑ってるようなガキになっては駄目だ。


「おいおい、つれねぇなルーク! よし、嬢ちゃん、好きなのを一つだけただでやろう。それでお友達から始めませんか!」

「お友達? 私と?」

「放っとけリレリア。それで、どれにするんだ?」


 アキームのせいで、リレリアにちょっとした楽しみを教えてやるはずが殊の他騒がしくなってしまった。

 まあでも、こういう日も悪くはない。


「被追放回数、最多の男?」

「そうよ、それがこいつの本当の名前だ」

「パチこいてんじゃねぇぞアキーム。またレシオの泉に沈めてやろうか」

「その前にお前を火竜ゴライアスの前に放りだしてやんよ」


 いや、教育に悪いからやっぱり無しだったかもしれん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る