第7話 窮地判定

「つまり、なんだ。リレリアがモンスターを警戒して警戒状態になって。そんでそのリレリアにフェルが脅威を感じて、結果窮地状態が発動している、っていう感じか? 駄目だ、ごちゃごちゃしてわけわかんねえ」

『おそらくは私の本能の部分が魔族であるリレリアに刺激されているのだろう。その結果、ルークが窮地に陥っていなくとも能力が発動している、のだと思う。私も推測でしかないが』

「お前自分の能力には責任を持てよ」

『私も何故このような状況になっているのか、とんと検討がつかなくてね。わからないものはわからないんだ』


 この会話でわかる通り、俺が使用している窮地に陥った際に強化される能力は俺自身が持っているスキルなどではなく、俺になんらかの形でくっついている、取り憑いているフェルが元の持ち主である、らしい。

 ただ現在フェルは体を持たない状態で、結果能力だけが残っていて俺が窮地に陥ったときにそれを引き出して使っているのだとか。


 そもそも実体を持たない種族とか何、という話だが、ダンジョンのモンスターの不思議生態を思えば人類も変なのいっぱい居てもおかしくないか、なんて気もしてくる。

 エルフなんてあいつら千年単位で生きるらしいし。

 人生飽きないのだろうか。


「まあ、わからんものは仕方ないか……。ん、待てよ?」


 と、そこで俺は一つの可能性に思い当たる。

 

「てことは、リレリアが側にいれば俺いつでも窮地状態使い放題ってことか?」

『……』

「いやなんだよその間」

『失礼。少し考え事をしていた。そしてルークの疑問については、その可能性が高いだろう。リレリアのモンスターに対する警戒状態も意識してのものではないようだ。本能的に警戒しているならば、今後モンスターと遭遇しても同じような状況になるだろう』


 それはつまり、リレリアを戦闘に連れ回せば今後も安定してモンスターを狩っていける、ということだ。


 そもそも俺がこの窮地に陥らないと使えないフェルの能力を不便に思っていたのは、この窮地の判定が何故か異常に狭いせいである。

 フェルには『俺自身が実は俺自身を大切に感じていないから』、なんて戯言を言われたが、俺は自分が常に一番大切だしそう行動もしているので何か他に理由があるのだろうと思っているが。


 とにかく、この窮地の判定が馬鹿みたいに狭い。

 それこそ敵の一撃をもらう、それも腕や足にかすり傷を負う程度ではなく、結構重要な内臓をやられたり手足が使えなくなるレベルで追い込まれそうになる、といった段階でようやく発動するような仕様になっている。

 多分俺と同じ状況を再現したスキルを持っていたら、誰もが感じると思う。


 そこまで命を危機に晒したくない。

 しかも窮地に陥って能力が発動して敵の攻撃を回避ないしは防御して。

 窮地から脱したら能力はおしまい、後は自力で頑張れと。

 不便にも程がある。


 そんな能力だが。


「リレリア、戦闘状態になれるか?」

「? やってみる」


 ちょっと不思議そうにしたリレリアだが、すぐに頷いて正面を見据える。

 直後に、その背から赤黒い触手のようなものが飛び出した。

 いや、正確には背中の後方に発生した魔法陣から飛び出した、というのが正しいか。


血なる手ブラッド・ハンドか。標準的なヴァンパイアの戦闘形態だな』


 フェルのそんな言葉を、俺は赤い視界でリレリアを見ながら聞いた。


「あーすげ。まじでずっと能力発動してるわ」

「? 役に立った?」

「おう、役に立った立った。ありがとな。これからも頼むわ」


 礼を告げると、リレリアは俺の方に近づいてくる。


「ん? どした?」

「役に立ったときは、血がもらえる」


 血と言えばヴァンパイアである彼女の生態だが、俺の知識でははっきりとはわからない。


「フェル、通訳」

『おそらく魔族内のコミュニティで、彼女は役に立ったときのみ血を与えられていたのだろう。だが、その扱いはここでは好ましくない』

「じゃどうすんだよ」

『さてな。私には体が無いので何もしてやれん』


 普段は流暢に話すくせに、こういうときだけ口をつぐみよる。

 少し悩んだ結果、俺はリレリアの頭に手を伸ばしてフードごしにわしゃわしゃと頭をなでた。


「血は今度から普通にやるからな。役に立ったときは撫でてやる」

「……」

「気に入らないか?」


 リレリアが沈黙しているのでそう問いかけると、そろそろと彼女の手が動いて、頭に載っている俺の手に触れた。


「……えへへ、あったかい。ルークの手」

「……おう」


 元が顔が非常に整っている少女なので、微笑まれるとこう、こんな年をしてなんだが普通に照れる。

 女遊びの一つでもしていればそんなことも無かったのだろうが、生憎とそういう金がかかることは避けてきたのだ。


「そんじゃま、取り敢えず軽く戦ってみるかね。リレリアは後ろから見ててくれ」

『いや、ルーク。今後一緒に活動することを考えれば彼女の実力を知っておいた方が良い。それに魔族は戦闘民族。なりたてのリレリアでも戦闘力は十分にあるはずだ』

「そうか、じゃまあ一緒に戦ってみるか」

「戦う、わかった。敵を倒す」

「自分が怪我しねぇ程度にな。うし、いくぞ!」


 ちょうど良いタイミングで壁に罅が入り、モンスターが溢れ出す。

 出現したモンスターはゴブリンが五体にホーンドラビットが五体、ウルフが三体と数はそれなりに多い。

 

 だが。


「はっはー! おせぇなモンスターども!」


 いつもとは全く違う戦闘の感覚にテンションがはちきれんばかりに上がる。

 まるで体中から力が湧き出ているかのようだ。


「ん、そこ」


 そして俺が剣でモンスターを斬り裂く隣で、背中から生やした尖った触手を操るリレリアは複数体のモンスターを同時に串刺しにしていく。

 俺より殲滅速度が速い。

 普通に戦えるというのは間違いではなかったらしい。


 そんな思考をしながらでも俺は余裕をもってゴブリンのナイフを弾き飛ばし、続く一撃でゴブリンの体を斬り裂く。


 これならば、俺でも十分に稼いでいけそうだ。

 窮地に陥ることなく戦って、敵を圧倒できる。

 それがこれほどまでに素晴らしいことだとは。


 他の強い探索者達は、きっとずっとこんな感覚を味わっているのだろう。

 羨ましい限りだ。


 だが。


「よし、魔石取ったら次に進むぞ」


 これからは俺にもそれが出来る。

 願わくは、これからも窮地に陥ることなく安全に稼ぎ続けられんことを。

 そう願いながら、俺はリレリアを先導してダンジョンを奥へと進んでいった。

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