第9話 閑話・見上げる者達

〈???〉


 巨大な岩山の頂上付近に築かれた豪奢な城の上空。

 空中で激しい戦いを繰り広げる二体のワイバーンを、城から放たれた業火の波が襲う。

 ともに回避した二体のワイバーンは城へ向けて威嚇し、ブレスを吐こうと息を吸い込むものの、続けざまに飛来した氷の槍や雷の剣に身をひねるようにして回避する。


 その後しばらく二体は互いを意識しつつ城の上空を旋回していたが、城から更に複数の魔法発動の予兆を感じ取り、身を翻して城の上空から離れていった。

 知性無き竜と呼ばれるワイバーンでも、危機を察知ぐらいはするし命は惜しむのである。


 一方ワイバーンを追い払った城のバルコニーでは、メイド服姿の一人の女性が杖を手に上空を睨みつけていた。

 片方の目を眼帯と髪で隠した隻眼は赤々と輝き、いつでも魔法を発揮せんと昂っている。


 そんな女性をバルコニーから続く部屋の中から見る視線。

 部屋にある大きな円卓の一席についた男のものだ。

 白を基調とし、ところどころに金の装飾が入った貴公子然とした服装と、長く白く輝く髪が相まってどこか神々しさすら感じられる男が口を開く。

 

「世話をかけるな、マルグレーテ」


 そのかけられた言葉に、空の果てに去ったワイバーンに視線を向けていた女性は瞳の輝きを消すと振り返り、優雅な礼とともに返答する。

 

「これもカシアス様にお仕えする私の役目なれば。神聖なる城に騒ぎを持ち込み申し訳ございません」


 うやうやしく返した女性の言葉に、少し苦笑しながら男は返す。


「俺はそう大したものではないのだがな」

「カシアス様は偉大なお方です。王に捨てられ行き場を失っていて私どもに、生きる意味を与えてくださいました」


 あくまで男に対して敬う態度を変えない女性に、男は一息吐いて表情を引き締める。


「そうだな。お前たちの主であり続けるためにも、より良き未来へと皆を導かねば。そう言えば、行方不明となっていたお前たちの妹はどうなった?」

「未だ見つかっておりません。ですが、最後に接触した者達を見つけました。どうやらダンジョンに放り込まれたようです」

「……厄介だな」


 カシアスがそう口にした直後。

 バガァン、という激しい音とともに部屋の巨大な扉が内側に向かって開く。

 部屋を僅かに揺らすその衝撃に、男はため息を吐いて扉を蹴り開けた人物に視線を向けた。


「ギーク、もう少し城を大切に扱ってくれ。壊れたときに修理するのは私の民達なんだ」


 ギーク、とそう呼ばれた男。

 カシアスとは真逆に赤と黒を主体としたラフな格好は、その男の持つ凶暴性を余す所なく見る者に伝える。

 長髪のカシアスと比べて短く紅く逆だった髪に鋭い目つき。

 カシアスを貴公子とするならこちらは研ぎ澄まされた野生の獣とでも表現するのが適切か。


 そんな人物であるギークは、カシアスの言葉に答えることなく部屋の中に入ってくると、カシアスから数席離れた場所にある席に座り円卓の上に足を放り出す。

 粗野な振る舞いだがそれでも、城の主であるカシアスに続いて二番目にこの場に到着していることから多少の真剣さが窺える。

 なんてことが、カシアスの言葉に一切答えずに爪を研ぎ始めたギークに有り得るはずもなく。

 実際のところは彼の配下の者達が、必死でぐずる主を一日前の日程を伝えて送り出しただけだ。

 つまり、ギークの腹積もりでは会合の日程から一日遅れて到着しているのである。

 

 そんなことを知っているわけでもないが、どうせそんなところだろうと予想しているカシアスは軽くため息をつくと、剣呑な目つきをギークに向けているマルグレーテに声をかける。

 なおギークの方は、人一人容易く殺せそうなマルグレーテの視線をそよ風のように受け流している。


「マルグレーテ、そろそろ皆到着する頃合いだろう。迎えの準備を頼む」

「かしこまりました」


 うやうやしく礼をして退室していくマルグレーテ。

 なおギークはいないものとして扱っているので、礼儀正しい礼などは一切していない。

 そんな二人の様子に、カシアスは額に手を当てて軽くため息を吐くのだった。



 カシアスの言葉にマルグレーテが退室してから数刻後。

 数人の欠席はあるものの、会合に予定されていた者達が円卓の席にそれぞれついた。

 

 そして会合の主催者であるカシアスが口を開く。


「ではこれより、アルターエゴ侵攻に関する魔王会議を始める」


 その言葉にシンと部屋の中が静まる中、ふはっ、と一人の笑い声が響く。


「侵攻て、あんた向こうにわざわざ攻め込む気なの? どうせ大したところじゃないのに?」


 そう揶揄するように声を発するのは、まだ少女のなりをした女。

 彼らの種族から見れば十分に成人として扱ってもおかしくはない年齢だが、女の思考は見た目である少女の如く幼く稚拙。

 自分の発言がどんな結果を生み出すかも予想していない。


 現に女の発言で、彼女の一族と敵対することを決めた者は会合の参加者にも数名いた。

 そして一族、あるいは集団の長として来ている者が敵対を決めたということは、それすなわちコミュニティ同士の争いになるということ。


 流石にそれは自分の目的のためにもまずいと判断したカシアスだが、かと言って幼稚に無邪気に戯れる子供相手に返す適当な言葉はなく。

 仕方なく彼の発言を起点に、他の者達の会話への参加を呼びかけていくことにする。


「スルシャーナはこう言っているようだが、他の者はどう考えているかな」


 遥か地の底よりダンジョンの先に楽園を見る者達の会合は、まだ始まったばかり。

 今宵の決定がどのような結果を彼らの世界に、ダンジョンに、そしてダンジョンの先の楽園にもたらすのか。

 それは未だ、誰にもわからない。

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