第5話 リレリア

 その後も多少はフェルからの説明を聞いた。

 ダンジョンの遥か下から繋がる場所では、魔族という存在が暮らしていること。

 そしてその魔族達は、時折ダンジョンを抜けて、地上の側へとやってくることがあるということ。


「なんだ、てことはこいつみたいな危ない奴がダンジョンからは溢れだしてんのか。いや、だからこその蓋か?」

『魔族とダンジョンのモンスターは別物だ。それに出てくると言っても本当に極稀だ。知っている人間の方が少ないだろう』


 なぜフェルがそんなことを知っているのか、なんてことは俺は聞かない。

 俺とフェルの間の関係は、そういうものではないからだ。

 互いに何故か一緒にいるうちに親しくなったし言葉も交わすが、しかしフェルには俺にけして踏み込ませない一線がある。


 だから聞かない。

 彼の方からそれを話してくれるまでは。

 何、人生はまだ半分以上あるはずだ。

 待っていればいずれそのときも来るのだろう。


「……もしかしてダンジョンの下から魔族が来るって知識も普通は持ってないものか?」

『そうだな。それを知っているのは一部の探索者ギルドの古株か……、聖堂教会ぐらいだろうな』

「教会? なんで聖職者がそんなもん知ってるんだよ」


 聖堂教会。

 それはダンジョンが神が与えた試練であり恩恵であるとする者達が信仰する宗教、その総本山だ。

 宗教名としてはトート教という名前があるが、大体みんな教会と呼んでいる。

 他に大した宗教があるわけでもないからだ。

 

 俺も一時期そこの孤児院にいたことがあるが……まあ俺には合わなかった。

 その清廉すぎる教えも、ダンジョンを利用して信者を集めようとするそのやり口も。


 だがそれでも聖堂教会がダンジョン都市において果たす役割は大きい。

 祭事を催したりあまり稼げてない探索者やポーターに仕事を割り振ったりとダンジョン都市の経済を回したり、負傷した者の治療やそのための回復役ポーションの作成などを行ったりしている。

 特に神の霊薬エリクサーなどの高級な回復アイテムや神の霊酒ネクタルなどの強化薬は、大手探索者ギルドも御用達の代物だ。


 俺も薬作りの才能がちょっとばかしあったからそっちで一旗上げたかったんだが、生憎と回復アイテムにおける聖堂教会という利権は強かった。

 まあ普通の探索者であれば、知りもしない初見の相手のポーションより教会の良心的な価格のポーションに頼るものだ。

 俺だってそうする。

 そんなわけで俺は夢破れて今は探索者をやっていたりするわけだ。


『教会はずっと前から魔族の存在に気づき、警戒をしている。だからこそ教会騎士などと言って戦力を蓄えているんだ』

「ああ、あのキンピカどもか。それで教会には行くなって言ったわけか」

『そうだ』


 そんな話をしているときだった。

 

「ん、」


 部屋の中に俺とフェル以外の声が響く。

 その既視感に、俺は思い切り警戒態勢をとってベッドの上の少女の方を見やった。


 だが、目を覚ました少女は今度は暴れる様子が無い。


「暴れねえな」

『オーロックが先程血を与えていた。おそらく飢えが癒えたのだろう』

「……つかなんでロックはノスフェラトゥなんて知ってんだよ。それも今更だがおかしいだろ」


 先ほどは状況の悪さ故に気づかなかった事実に今更気づきつつ、俺は少女の様子を窺う。


「おい、お前」

「何?」


 声をかけると、ちゃんとこちらに視線を向けて返事が返ってきた。


「言葉は通じるのか……。あー……フェル、何聞けば良いんだ。つかこいつをどう扱えば良い」

『ふむ。まずは何故ダンジョンにいたのか聞いてみてくれ』


 状況も少女の正体もまったくわかっていない俺が、少女にどうこう言ったところでどうにもならない。

 故に判断はフェルに任せることにする。


「なんであんなところで倒れてたんだ?」

「?」

「ダンジョンの中で倒れてただろうが」


 俺の言葉に、意味がわからないと首を傾げていた少女はしばらくして身を起こす。


「うおっ」

「他の人に放り出された」

「他の人?」

「トゲトゲの女の人と、うるさい男の人」


 その発言の意味不明さに、俺は言葉に詰まってしまい、結局フェルに助けを求めることにする。


「フェル、わかるか?」

『おそらく、魔族内でのコミュニティから放逐されたのだろう。魔族の一部には追放者をダンジョンの深淵に落とすしきたりがある。それと彼女の言動が幼いのは、おそらく成りたてだからだろう』

「成りたて?」


 空中に向けて話す俺に少女が不思議そうな視線を向けてくるが、一旦無視だ。


『ノスフェラトゥは眷属を生み出すときに、コウモリやネコ、あるいはモンスターなど魔族以外の存在を使うことがある。そういう眷属はたいてい生まれたての赤子のように知識を落たないのだ』

「なんでそこまで詳しいんだよ……。てことは何か。こいつはガキ同然なのに追い出されたってことか?」

『そうなるな。どうするルーク』

「どうするったって、なあ……」


 普通に厄介事の気配しかしない。

 教会なんかにバレると多分相当めんどくさいことになる気もする。

 それに俺に彼女の面倒を見なければならないような責任はない。


 だが。


 「クソったれ。ガキは嫌いなんだよ」


 コミュニティから放逐された子供というのが、昔の俺とダブってしまう。

 飢えの中で両親を失い、教会に拾われ。

 そして教会の孤児院にも適応できずに放り出された過去の俺に。


 本当にくそったれだ。

 俺はもっと自分本位に生きていけるつもりだったのに。


「俺が世話しなかったら、どうなる」

『空腹になったらそのうち適当に吸血を初めて、探索者に返り討ちにされるか教会騎士に駆除されるかだろう』

「……くそったれめ」


 心の中のもやもやとしたものは結局形にならず、そんな言葉で吐き出すことしか出来なかった。


「お前、名前は?」

「リレリア」


 俺の言葉に躊躇いなく答えるあたりからも、フェルが言っている成りたてというのは間違っていないように思える。

 普通初見の相手に名前聞かれたら警戒の一つもするだろうし。


「……ほんとに……くそったれめ」


 少女にもフェルにもぶつけることの出来ない感情を、俺はそんな陳腐な言葉にすることしか出来ない。

 言葉にしてしまえば、自分の生き様が変わってしまうような気がするから。



~~~~~~~~


本日夜にもう1話投稿します。

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