第4話 魔族という種族
「なあおいフェル。ここまでする必要があんのか? というかお前さっきからおかしいぞ」
ロックの酒場の二階にある質素な宿に駆け込んで少女を肩からおろした。
探索者ではあるもののかなり底辺のステータスをしている俺にはそれすら重労働で、かなりしんどい運動だった。
そして何故かフェルの言うままに少女をベッドにロープで縛り付けて、今に至るというわけである。
間に挟まったフェルの謎の指示のせいでわけのわからない状況になっている。
部屋の中には俺と、ベッドに縛り付けられた少女。
誰かに見られた場合、普通に考えて捕まるのは俺の方だ。
『いや、安全のためにそうしておいた方が良い』
「はぁ……。とにかく、さっきからわけわからんことばっかしてるんだから説明してくれよ」
『わかっているともルーク。まずは座りたまえ。君にも休息が必要だ』
「はいはい」
促されるままに椅子に座って、ついでに探索時に装備している革鎧などを脱いでいく。
それほど重装備なわけではないが、それでも装備を外すと幾分か気が楽になる。
「で、一体何これは。ほんとに人か?」
『なぜそう思う?』
「普通の人間はな、例え探索者でもあんだけ傷ついてたのがこの短時間で自然治癒したりせんだろ。エルフかなんかの亜人族か?」
俺が黒い布をめくったときには、その美しい顔が見えない程に傷だらけだった少女の顔。
それがいつの間にか回復し、ベッドに縛り付けているときにはもう顔の傷はほとんど無くなっていた。
俺はあまり詳しく知らないが、この世界にエルフやドワーフ、獣人などといった人間とは少し違う種族が存在している。
ルサーナにもそういう存在はいるし、俺もパーティーを組んだことは幾度もある。
そんな異種族の一つではないかと俺は推測した。
『あながち間違いではない、といえば間違いではない。人ではないというのは確かだ』
「そういう遠回しのいらんから早く」
『ふむ、どこから話して良いものか私も迷っていてね』
珍しく言い淀むフェルに、俺は自分が怪訝な表情をしているのを自覚する。
こいつが言い淀むことというのは本当に無い。
基本的に自分の中に軸があって、それにそって話している感じがするやつだ。
そんなやつが言い淀むことなど、そうそう考え辛い。
と。
「ん……」
部屋の中で、俺とフェル以外の声が響いた。
その声の主は俺の勘違いでなければ、ベッドに縛り付けている少女しかありえなくて。
「起き──」
『起きたか』、そう声をかけようとして視線を向ければ、俺の方を目を見開いて見つめる視線と目があった。
「血……」
「な、なんて? なんでそんな睨んでんの?」
そう言った直後だった。
バンッ、という激しい音とともに、少女を縛り付けていたロープが弾け飛んだ。
いや、弾け飛んだらしいと言ったほうが正確だろうか。
少なくともその瞬間を俺は、認識することが出来ていなかった。
探索者としてはポンコツの、俺の動体視力ではとても目に追えなかったのだ。
そして次の瞬間には、視界が真っ赤に染まると同時に目の前に牙をむき出しにした少女が迫っていた。
「なんっ」
『ねじ伏せろルーク!』
何故か発生している窮地状態に、フェルの指示を受けて身体は勝手に動く。
俺の顔面めがけて突っ込んでくる少女の顔面を手のひらで捉え、そのまま勢いよく地面に叩きつけた。
バガァン!! という音とともに、床を砕いて少女が叩きつけられる。
咄嗟のことで俺も力加減が効かなかったらしい。
加えてロックのところは格安の宿なので、探索者の身体能力に耐えられるように出来ていなかった。
「なんっだこいつまじ……!」
それでも少女が暴れそうだったので、咄嗟に顔面に拳を叩き込んでしまった。
女相手に、という気持ちは後から追いついたが、少女がその一撃で再び気を失ってくれたので、殴って良かったという思いの方が強い。
「フェル! なんだこいつは!」
たまらず叫ぶように尋ねた俺に、フェルは少しばかり困惑した声で返してくる。
『まさかノスフェラトゥの眷属とはな。待ってくれルーク。先にオーロックに言い訳をしておいた方が良い』
「はあ!? いや、事情を知らねぇと言い訳も何も──」
「言い訳が何だって?」
隣から聞こえた声に、俺はガチりと固まる。
そのままギギギとからくりが動くようにゆっくりと振り返ると、扉にもたれかかりながらこちらをニコリと笑顔で見つめるロックと目があった。
顔はニコリと明るい酒場の親父なのに、目が全く笑ってねえ。
「ロック、いや、こいつは……」
「ノスフェラトゥの眷属ねぇ。また物騒なもん拾ってきたな、お前」
そう言いながらロックは、俺の方へと歩み寄ってくる。
そしてそのまま俺の隣を通り過ぎて、床に後頭部をめり込ませている少女のところまで歩いていった。
「こいつが何なのか、お前わかって拾ってきたのか?」
「いや、ダンジョンで倒れてて……」
少女を抱えあげてベッドに載せるロックに俺が返せる言葉はそれしかなかった。
なにせ本当に知らない。
今からフェルに聞き出そうとした矢先の出来事だった。
「まあ、お前さんが珍しく人を助けて帰ってきたことには深くは聞かねえが」
何やらナイフで手を切り少女の口元に血を垂らしていたロックは、振り返りながら言う。
「取り敢えず床の修理代は払えや?」
「それはもちろん払わせていただきます」
ロックの圧に、俺は思わず使い慣れもしない敬語で答えてしまうのだった。
******
ロックが去った後、俺は改めてフェルに詰め寄る。
詰め寄ると言っても向こうは実体のない声だけなので、空中に向かって詰問しているだけなので、傍から見れば俺はやばいやつだ。
まあ部屋の中だから大丈夫だけど。
「おいフェル! まじで説明しろ! もう一回暴れられたら対処出来ねえぞ!?」
『わかっている。少し落ち着いてくれ。そうだな……魔族、という存在に聞き覚えはないよな、ルーク』
俺の詰問に、流石に答える気になったらしいフェルの言葉に俺は首を振る。
エルフ族だとかドワーフ族だとか人魚族だとか聞いたことはあるが、魔族は聞いたことがない。
『魔なる存在、魔族。ダンジョンの奥底から時折地上にやってくる異種族だ』
「……それがこいつか?」
ダンジョンの奥底から、とかいうめちゃくちゃ気になるワードがあったが、一旦スルーすることにして話を進める。
『彼女はその中でも『
「なんだ、そのノスフェラトってのは」
『
わかった。
「取り敢えず、俺の知らない厄介事の種だってのはわかった」
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