第3話 ダンジョンで倒れていた少女

 布の下から少女が現れたのを見た俺は、そっと布をかけなおしてその場を立ち去ろうとする。


『放っていくのか?』

「……人一人守りながら地上まで帰る能力は俺にはねえ」


 無理。

 というかそもそもダンジョンは一応自己責任の場だし。

 まあ流石に殺人とか故意に危険な目に合わせたりすると罪に問われたりはするが。


 あとついでに少女の顔が傷だらけだったのも俺的には助けたくない点。

 絶対何かしらの厄介事に関わっている気がする。


『ふむ。懐かしい気配を感じたのだが』

「懐かしい? ていうかお前来歴あったのか」

『一度地上に連れて帰ろう、ルーク』

「おい、フェル?」


 ダンジョンで人が死ぬことなんて、気をつけていたとしてもそんな珍しいことではない。

 そう考えて放置していこうと思ったが、フェルが妙にこの少女に固執している。 

 俺は自分が危なくなるようなことはしたくないのだが。


「放っていくぞ」

『ルーク、連れて帰るべきだ。理由は後で説明する。ここで長話がしたいわけでも無いだろう』

「っ、クソ、お前そんなになにかに執着するやつじゃなかっただろ」


 いつもは何かに固執するような奴でも無いのだが、何故かフェルは彼女を地上につれて帰ってほしいらしい。

 確かに可愛らしい顔つきをしていたが、しかし後でどれほどの金になるのかもわからない。

 地上まではまだ大した時間がかかる距離ではないが、道中にモンスターが湧き出す小広間はいくつかある。


『ルーク』

「わかった! わかったよ。連れて帰ってやる」


 そんな風に俺が悩んでいたからだろうか。

 周囲の壁のそこかしこに傷口が出来始めた。


「やべえ!」

『急げルーク!』

「言われなくても!」


 布の塊をかき分けて少女の身体部分を探し、担いで小広間から脱出しようとする。

 しかしそれよりも、壁からモンスターが溢れ出す方が早かった。

 しかもこの第1層にしては強力なモンスターであるゴブリンが十体ほどと、相手が多い。


「ちとやべえな……!」


 無理やり突破するか一旦殲滅するか。

 なるべく危険を犯したくない俺は前者を選択した。

 ゴブリン十体を同時に相手するとか、俺の戦闘力では普通に死ねる。


 一番手近に接近していたゴブリンのナイフを弾き飛ばし、返す刃でなんとか首を跳ねる。

 そして他の個体が接近してくる前に、少々無理やりな体勢だが少女を担ぎ上げて広間の出口へと走る。

 間で3体程のゴブリンが襲いかかってくるが、一体を足蹴にしもう一体は攻撃をなんとか剣で受け止めて。

 そして最後の一体の攻撃には防御が間に合わずそのナイフが俺に突き刺さろうとしたところで、俺の全身にグッと力がみなぎった。

 同時に視界が赤色に染まり、敵の動きが遅く見えるようになる。


「っし、来た窮地判定! 遅えぞフェル!」


 いつもいつも力を貸し渋る相棒に文句を言いつつ、先程までよりも格段に鋭くなった動きで三体目のゴブリンのナイフを防ぎ、そのまま斬り伏せる。


「っしゃあ突破だ!」

『何度も言っているが、私の力は君の精神に根ざしている。君が状況を窮地だと認識しない限り──』

「判定がきびしーんだわ! 俺にとっちゃあ一人ソロで潜ってる時点で十分窮地って何回言わせりゃ──」


 窮地に陥ることでしか発動しない俺の能力。


 正確に言えば、俺に何故か取り憑いている相棒にくっついてきた、俺が極限定的な条件でのみ使える能力。

 その力の詳細を俺は知らない。

 

 何故ならそれは、窮地に追い込まれたときにのみ発動する力だから。

 安全に生きていける程度の金を稼ぎたい俺にとっては、かなり使いにくい力。

 それでもこういうときの最後の命綱になってくれるところだけは感謝している。


 そのまままだモンスターが再湧きリポップしていないダンジョン内を駆け抜けて、俺は地上へと足を向ける。

 窮地の俺を救ってくれた能力は、窮地を脱した瞬間に既にその鳴りを潜めていた。



******



「よし、このまま教会に連れてくか。つか治療費は俺持ちか? 後で絶対請求してやる」


 なんとか地上に帰還することが出来た俺と俺に担がれた少女。

 地上までなんとか運んできたが、結局少女が目を覚ますことは無かった。

 

 窮地に陥ってまで人を救うという自分らしくない行動に俺が改めて愚痴を言っていると、しばらく黙っていたフェルが再び声をかけてきた。


『ルーク、教会に行ってはまずい。一度部屋に連れて帰ったほうが良い』

「はあ? いやまあ怪我人とはいえ俺が助ける義務はないが」

『そういうことではない。教会に連れて行くと都合が悪いんだ。後で説明をする』


 相変わらず要領を得ない説明をしてくる相棒。

 だが、取り敢えず相棒の主張しているところは理解した。

 俺に彼女をどうこうしたいという思いはないし、相棒が言うならばそれに従っておこう。


「部屋に連れて帰れば良いんだな?」

『ああ。それと、部屋にロープはいくつかあっただろうか』

「ロープ? ロープなんかなんに使うんだよ」


 さっきからどうも相棒の様子がおかしい。

 そう感じつつも、俺は取り敢えず少女を肩からおろすために自分の泊まっている宿へと足を向けた。

 パーティーで借りてるギルドハウスからは追い出されてしまったので、今はまたロックの酒場の二階に宿を借りている状態だ。


 面倒事を持ち込むことになるかもしれないが、まあ宿を借りているのは俺だ。

 人の一人や二人連れ込んでもいいだろう。



~~~~~~~

今日の夜にも1話投稿します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る