第16話

 京本夏彦は、壁に背を預けて一色の遺影を見つめていた。京本は女から男に姿を変えた。

 一色は彼の幼なじみであり、文学界の天才少年だった。だが、その才能に焦りを感じた京本夏彦は、ついに彼の作品を盗作してしまったのだ。


「一色を殺したのは私なんです」と京本夏彦がつぶやくと、部屋の空気が一層重くなった。その言葉が、室井の胸に穴を開けるように突き刺さった。


「なぜ…」そう呟いたのは、一色の妹であり京本夏彦の恋人でもある真希だった。彼女の目には涙が宿っていたが、同時に怒りと混乱も交錯しているのが分かった。


「真希、許してくれ…」京本夏彦は自分の行いを悔いていた。しかし、その後悔の先に広がる深淵には、獣が潜んでいた。


「ネットで広めてもいいですか?あなたの悪事を?」真希の声が、冷静な調子で部屋に響いた。


 その瞬間、京本夏彦の中で何かが目覚めた。自分の罪を晒し、罰せられることを恐れる一方で、もはやそれを止めることができない衝動が彼を支配していた。


「だから何だ、それで何が変わるんだ?」京本夏彦の声は荒々しくなり、獣のように歪んだ笑みを浮かべた。


 真希は驚きと共に、愛する者が異形の姿に変わっていく光景に戸惑いを隠せなかった。


 彼女は静かに立ち上がり、スマートフォンを手に取りながら再度尋ねた。


「ネットで広めてもいいですか?あなたの悪事を?」真希の声は鋭く、決意に満ちていた。


 京本夏彦はその言葉を聞いて、自分の行為がもたらす恐怖を感じた。しかし、同時に彼の内なる獣は制御を失いつつあった。彼の瞳は荒れ狂うように光り、その笑みはますます歪んでいった。


「あなたは何もわかっていない!」京本夏彦の声が叫び、部屋中に響いた。彼の姿は影に包まれ、その姿勢は異様なまでに歪んでいた。


 真希は一歩、また一歩と近づいてきた。彼女の目には悲しみと怒りが交じり合っていた。


「どうして…どうしてこんなことになったの?」真希の声は震えていたが、決断は揺るがなかった。


 その時、京本夏彦の内なる獣は最後の抵抗を放棄し、暴走し始めた。彼の手は何かを掴み、部屋の空気は緊迫感に包まれた。


 すると突然、ドアが開き、一色の親友である樹里が現れた。彼は静かに部屋の中を見渡し、その状況を理解した。


「止めなければ…」樹里の声が静かに囁かれた。


 樹里は慌てて部屋に入り、真希の手を取って引き寄せた。彼女は静かに、しかし決然とした表情で彼に向かって言った。


「京本さん、落ち着いてください。これ以上深刻なことになる前に、話し合いましょう」


 京本夏彦の瞳は一瞬、動揺の色を見せたが、すぐに再び獣のような光を帯びた。


「話し合いなんて…無駄だ。この世界は才能だけが支配する。私はただ、自分の道を切り開いただけだ!」彼の声は高まり、部屋の中に重たい空気が充満した。


 樹里は静かに首を振りながら言った。「でも、それが正しいやり方ではありません。一色のことを思い出してください。彼はあなたを信じていました」


 真希もその言葉に賛同し、優しく京本夏彦の手を取りながら言った。「私たちはあなたを責めるつもりはありません。ただ、この問題を正しい方法で解決しましょう」


 京本夏彦の表情が不安定に変わり、内なる闘いが激しさを増した。その間、部屋の外で警察のサイレンが鳴り響き始めた。


「おい、ここにいるぞ!」警官の声が外から聞こえ、ドアが力強く叩かれた。


 京本夏彦は慌てて身を起こし、部屋の中を見回した。彼の瞳には混乱と絶望が入り混じっていたが、最終的には決意を固めたように見えた。


「すまない…私がしたことは許されるものではない」彼は静かに謝罪し、警察に身を任せる決断をした。


 警官たちは京本夏彦を制止することなく逮捕し、その場を後にした。部屋には静けさが戻り、真希と樹里は互いに深いため息をついた。


「やっと…終わったね」真希は樹里に微笑みかけた。


 樹里も同じく微笑みながら言った。「彼にとっても、これが一つの解放だろう」


 二人は肩を寄せ合い、過去の出来事を振り返った。一色の思い出を大切にしながら、未来に向かって歩み始めたのであった。

 

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