【10話】ゴブリン狩り

 

 ファイロルから、まっすぐ東側に歩いていくこと二時間。

 人気ひとけのない道の上には、ダホス山という大きな山がそびえ立っている。

 

 冒険者ギルドで受けたゴブリン討伐依頼をこなすため、ユウリとリエラはその場所を訪れていた。

 

 ダホス山のふもとにある小さな洞穴には、ゴブリンの集団が住み着いているらしい。

 それらを全て討伐することが、ユウリとリエラの受けた依頼だ。

 

 二人は、松明を片手に洞穴へ踏み入っていく。

 

「キキー!!」


 歩き始めて数分。


 緑色の体表にピンと尖った耳をした小型モンスターに遭遇する。数は二体。

 討伐対象であるゴブリンだ。

 

「さっそくお出迎えってわけか」

「ここは一体ずつ倒しましょう」


 リエラの言葉に小さく頷き、ユウリは【勇者覚醒】を発動。

 飛びかかってきたゴブリンに、ヒノキノボウルグを軽く振り下ろす。

 

「キッ!」

 

 短い悲鳴を上げ、地面に叩き付けられたゴブリン。

 力を抜いたユウリの一撃で、完全に絶命していた。

 

「やっぱり弱いな」

 

 危険度は最低ライン。新米冒険者でも簡単に倒せる――依頼書にはそう記載されてあった。

 実際に討伐してみたユウリは、その通りだと感じていた。

 

 その一方、リエラはえらく時間がかかっている。

 剣は当たっているのだが、致命傷を与えられていない。小さなかすり傷レベルのダメージにしかなっていなかった。

 

(俊敏性は人並み以上だが、それだけだな。力がない)


 リエラには剣士としての力量が、まったく足りていないのだろう。

 一体のゴブリンにここまで手こずっているのが、その証拠だ。


 そんなことを考えていたら、リエラの剣がゴブリンの喉元を突き刺した。

 ようやく決着が着いたみたいだ。

 

「申し訳ございませんユウリ様。かなり時間がかかってしまいました」

「気にするな」


 優しく笑いかける。

 

 時間がかかることはさしたる問題ではない。

 ユウリにとって大切なのは、リエラが無事であることだ。

 

「なんてお優しいのでしょう! 私、一生ついていきますね!」


 リエラの瞳がうるうるしている。

 今にも涙が溢れ出してきそうだ。

 

 オーバーリアクションに苦笑しつつ、進むぞ、とユウリは先を促した。

 

 

 道中のゴブリンを全て討伐しながら、奥へと進んでいくユウリたち。

 二人はついに、洞穴の最深部へと辿り着いた。

 

 そこには、十数体ほどのゴブリンがいた。

 

 ゴブリンからすれば、ユウリとリエラは侵入者。

 二人を見て、キーキーと騒いで威嚇している。

 

(思ったよりも、数が多いな。リエラには荷が重いかもしれない)


「リエラ、下がっていろ。ここは俺一人でやる」

「……分かりました」


 リエラがしゅんとしてしまった。

 意地悪を言ったつもりはないのだが、申し訳なくなってくる。

 

(剣士としての未熟さが悔しいのかもしれないな)

 

 そんな風に思った時、ユウリの頭にとある閃きが生まれた。

 うまくいけば、リエラの元気を取り戻せるかもしれない。

 

「今の言葉は撤回だ。リエラ、ここのゴブリンはお前一人だけで全て倒せ。ただし、三分以内だ」

「三分ですか!? 申し訳ございませんが、それはちょっと難しいかと……」

「大丈夫だ。超人になれる魔法を、今からお前にかけてやる。そうすれば、ゴブリンなんて紙屑同然だ。だが、超人になれるのは三分だけだ。それを過ぎたら魔法が切れてしまう。そうなる前に、ゴブリンを殲滅してこい」


 【勇者覚醒】を、リエラを対象にして発動する。

 それが、ユウリの思いついた閃きだった。

 

 【勇者覚醒】が問題なく発動すれば、ゴブリンなど相手ではない。

 ゴブリンをバッタバッタ倒せば、リエラが元気を取り戻してくれるかもしれない。

 

「おっしゃっていることはよく分かりませんが、私、ユウリ様を信じています!」

「よし、いい返事だ」


 リエラの手をとり【勇者覚醒】を発動する。

 

 リエラの体が淡い白色の光を纏った。

 外見上は成功している。

 

 あとはステータスが引き上げられているかどうかだ。

 

「これが魔法……ですか?」


 淡い白色の光を纏った自分の体を見て、リエラは不思議そうな顔をした。


「そうだ。もたもたしてたら、三分になっちまうぞ。早く行ってこい」

「はい!」


 ゴブリンの集団に突撃していくリエラの背中を眺めながら、ユウリも【勇者覚醒】を発動する。

 不発だった場合に備え、いつでも出ていけるように準備を整えておく。

 

「てやぁあああ!」


 ゴブリンに向け、リエラは剣を振り下ろした。

 

 剣は直撃。

 大きな刀傷を受けたゴブリンの体から、赤い血が大量に飛び散る。

 

 リエラの剣は、致命傷となるような深い傷を与えていた。

 かすり傷しか与えられていなかった先ほどまでの剣とは、まったく違っていた。

 

「す、すごい! この魔法、すごいですよユウリ様!!」


 急にパワーアップした自分の力に驚きながらも、リエラは歓喜しているようだった。

 他のゴブリンも、意気揚々と討伐していく。

 

(良かった)

 

 ユウリは安堵の息を吐いた。

 他者に【勇者覚醒】を発動するという試みは初めてだったが、うまくいったようだ。

 

 しかし、それなりに、だ。

 

(思ったよりも、強化されていないな)

 

 【勇者覚醒】を発動したことで、リエラのステータスは今、極限レベルまで上昇しているはず。

 

 だが、とてもそうは見えない。

 【勇者覚醒】を使ったユウリの二割ほど――いや、それ以下の力しかないように思える。

 

 こうなったことには、何かしらの理由があるはずだ。

 

(他者に発動した場合は、効果が落ちる……のかもしれない)


 そんな仮説を立てる。

 これについてはリエラ以外の人物にも【勇者覚醒】を発動するなどして、検証することが必要だろう。

 

「ユウリ様~!!」

 

 リエラが笑顔で駆けよってきた。

 

「ユウリ様にかけていただいた魔法のおかげで、難なくゴブリンを倒すことができました! これで依頼達成ですね!」

 

 彼女の後ろには、十数体のゴブリンの死体が転がっていた。

 

 これで洞穴にいたゴブリンは全て討伐完了。依頼達成だ。

 

「帰るか」

「はい!」


 ゴブリンの死体を背に、ユウリとリエラは洞穴を歩いていく。

 

 

 洞穴を抜け、外に出る二人。

 瞬間、ユウリは大きな違和感を感じた。

 

「なんだこの臭いは……!」


 鼻を突いたのは、むせ返るような鉄臭さ。

 

 臭いが漂ってきたのは、左方向からだ。

 その方向へ、ユウリは体を向ける。

 

 そこに立っていたのは、巨大な体躯をした人型のモンスターだった。

 

「オオオオオ!」


 人型モンスターの口から、大きな咆哮が響いた。

 

 人型モンスターの巨大な体には、大量の返り血が付着していた。

 強烈な鉄臭さの原因は、まず間違いなくそれだ。

 

 右手には、大きな戦斧を携えている。

 返り血が付着している刀身は、真っ赤に染まっていた。

 

 もう片方の手には、血痕の付着した青いバンダナが握られている。

 そのバンダナに、ユウリは見覚えがあった。

 

 Aランク冒険者、ロッソが頭に巻いていたものだ。

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