強いってなんだ

@Teturo

第1話 アンチャンとの出会い



 俺、ケンタ。


 小学三年生になった。相変わらず勉強はできない。最近、音楽と図工は褒められる事があるけど、それ以外は全滅だ。元気だけが売りの俺だけど、ジーサンの葬式が終わった後、三日ほど寝込んだ。

 ご飯が、ちっとも美味しく感じられない。少し熱も出た。


 布団でボンヤリしている俺を見て、カーチャンは、ため息をつく。

「大好きな人が亡くなったのはショックでしょうけど、こんなに寝込まないでよ。もっと強い人になって欲しいわ」

「強い人ってなんだ?」

「大相撲の横綱よ!」

 カーチャンは言い切る。マイク・タイソンやヒクソン・グレーシーも捨てがたいわね。と言いながら、シュッシュとパンチを繰り出した。俺の顔に当たりそうになったが、除けもせずにボンヤリしていると、ギュッと抱きしめられる。

「……早く、いつも通りに元気になって」

 それだけいうと、カーチャンは部屋を出てしまった。


 しばらくして布団から出られるようになると、ご飯も食べられるようになる。一週間もすると、学校で普通に過ごせるようになった。


 俺達の学校は通学班があって、近所の子供がまとまって登下校する。朝、集合場所に行くと、みんながギャーギャー騒いでいた。

「どうしたんだ?」

「ケンタ見ろよ! 猫が轢かれてる」

 班員の一人が指差す先に、轢かれた白猫が死んでいた。子猫ではないが、大人でも無い中猫だ。クラス委員長をしている愛美が、側をウロウロしている。

「愛美、どうした?」

「埋めてあげないと可哀そうなんだけど、怖くて触れない」

 愛美は泣きそうな顔をしていた。

「もう行こうぜ。遅刻しちゃうぞ」

 6年生の班長に言われて、愛美は下を向いてしまう。


 仕方ない。


 俺は猫を埋めてやることにして、通学班から離れた。遅刻は何時もの事だから、大丈夫だ。みんなに先に行くように言って、猫に近づく。

「ううっ。口から血が出てる」

 流石に気持ち悪い。エイッと手を出そうとしたら、猫はヒョイと持ち上げられていた。


「可哀そうになぁ」

 高校の制服を着たアンチャンが猫を抱き上げていた。ヒョロリと背が高く、長い髪は金色をしている。きっと不良だ。右腕でしっかり抱かれた白猫は、眠っているように見えた。

「おい、血が付いちゃうぞ」

「いいよ。後で洗うから。それより、何処に埋めようとしたの?」

 アンチャンは微笑んだ。気持ち悪くないのかな。

「近くの河原に持って行こうと思っていた」

「じゃあ、場所を教えてよ」

「ちょっと待ってろ。スコップを持って来るから!」

 俺は慌てて、家に戻った。


 カーチャンに見つからないように、スコップとボロ布を持って二人で河原に向かう。アンチャンは左足を引き摺りながら歩いていた。

「足が痛いなら、俺が猫を持つぞ」

「大丈夫。慣れてるから」

 河原に着いて猫を下すと、アンチャンがスコップを使った。流石に身体の大きな高校生だ。石ころだらけの土手に、あっという間に猫が入る穴を掘った。アンチャンは穴の底に、そっと白猫を横たえると優しく土をかけ始めた。

 穴が埋まって、目印に選んだ白い石を乗せた所で、アンチャンにボロ布を渡した。

「血が付いてるから、これで拭けよ。拭き終わったらその辺に捨てていいぞ」


 驚いた様な顔をしたアンチャンを置いて、俺は河原を歩き始めた。暫く探すと紫色の花が群れて咲いている。花を両手いっぱい集めると、白い石の上に置いた。

「綺麗な花だねぇ。この辺りに咲いているの?」

「これはハマダイコンという、アブラナ科の植物だ。今の時期に群れて咲いている」

「凄い! 植物博士だ! 頭のいい少年だなぁ」

「バカじゃないけど、頭は良くない。死んじゃったジーサンに教わったんだ」

 そう言った瞬間に、ブワッと目から涙が飛び出た。下を向いた俺は、そこから動けなくなる。



「待たせたな。もう大丈夫だ」


 10分も過ぎただろうか。涙と鼻水をシャツで拭いた俺は、アンチャンに声を掛ける。アンチャンは俺が下を向いている間、何も言わず傍に居てくれた。泣いているのを見られるのは嫌だったけど、きっと俺を心配してくれたのだろう。


 何だか、泣くだけ泣いたらスッキリした。アンチャンは俺の頭をポンポンと叩くと、フニャリと微笑んだ。

「良し。じゃあ、小学校まで送ってあげるよ」

「別にいいぞ」

「いいから、いいから」


 アンチャンは先に立って歩き始めた。俺も後を追って歩き始める。小学校の近くで、アンチャンは振り返った。

「そう言えば少年の名前は、ケンタ君じゃないの?」

「何で知っているんだ」

「やっぱり! トオルの友達でしょう? 彼から君の事は良く聞いているよ」

「何だ。トオルの知り合いか。だから不良みたいな恰好しているんだな」

 アンチャンは噴き出す。髪の毛に手をやって、サラリと風に流した。


「そんなに面と向かって、不良って言われたの初めてだ。お洒落のつもりなんだけどなぁ」

「まぁいいや。今日は、どうもありがとう」

「どういたしまして。じゃあ、またね」

「うん。またな!」


 俺はアンチャンを見上げて笑った。星の形の耳飾りが、振り向いたアンチャンの耳朶でキラリと光った。



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