からあげ:上
「俺はからあげになる!
だから、お前も協力してくれ!!」
僕はつまみ上げたフライドポテトを口に放り込むのを止め、堀内を凝視しながらただ「は?」と返すしかなかった。
学校帰り。リーズナブルなハンバーガー専門店。その店内にて、ちょうど鳩尾までの高さのある円形のテーブルにもたれるようにして二人でハンバーガーを立ち食いしていたところ、突然彼のスイッチが入ったようだった。
目の前にいる堀内は真剣なようで、再度「からあげだ!」と鼻息を荒くした。ハンバーガーの照り焼きソースを口の周りにつけたままだったが、熱い眼差しを僕に向けている。やはり、真剣なようだ。
「…ちょ、ちょっと意味がわからないんだけど。お前の友達をやってきて結構経つけど、流石に今回ばかりは全く理解できない。"からあげ"……って、肉揚げた、あのからあげ?」
思わず、呆れと困惑で苦笑いが漏れる。堀内は「あたりまえだろ!」と丸太のような腕を振りかざし、僕の背中をバンと叩いては豪快に笑った。僕は前によろけ「お前のそれ、骨に響くんだよ……」と彼を睨む。
「わりぃわりぃ!そんな怒るなよ!まぁ俺の一発でお前の猫背も少しはマシになるんじゃねーの?」
少しも悪びれた様子も見せずにまたガハガハ笑う堀内を見てため息を吐きつつ「……で、なんでまたそんなイカれたことを言い出したわけ?」と僕は先を促した。
すると先程までウザいくらいにデカかった奴の態度が一変した。視線は落ち着き無く地面を滑り、口をもごもごさせ、痒くもなさそうなのに右手を後頭部にやってはぽりぽりとかき乱す。
僕はその仕草にピンときて、はは~ん、とニヤついた。
「なるほど、杉浦さんが関係しているわけね」
「!!?」
堀内は勢いよく顔を上げ、目を丸くして僕の顔を見る。と、瞬時に顔が赤くなり、汗も滲み出てきたのだろうか。額、頬、顎先を脂っぽくテカらせた。なんてわかりやすい奴なのだろう。
杉浦さんとは堀内が絶賛片思い中の、僕たちと同じクラスの女子生徒だ。彼が彼女に想いを寄せてから既に二年半が経過しているところや、彼女の話をすると動揺しまくるところをみると、相当マジらしい。だが堀内はこういう性格なので彼女に話しかけることすら出来ずにいて、正直あまり上手くいっていない。
……が、僕も一応その恋を応援している。堀内はウザい奴だが、良い奴でもあるのだ。
「……、うん。まぁ、お前の言うように、その……す、杉浦さん……、が関係していてさ……」
心なしか「杉浦さん」の部分で声が小さくなったが、僕はあえて突っ込まず「うんうん」と先を促した。名前くらい普通に言えるようになれよ、いい加減。
「す…ぎうらさんが、他の女子と話してて、その会話が聞こえてきたんだよ」
「盗み聞きとかタチ悪ぃ」
「ち、違う!たまたま聞こえてきたんだよ!!」
「わかったわかった。それで?」
「好きな食べ物の話になって」
「好きな食べ物の話……、女の子はいろんな話題で盛り上がれるんだなぁ」
「お前それ、馬鹿にしてるだろ。もっと言うと、杉浦さんのこと馬鹿にしてるだろ」
「してねーよ、早く続き喋れよ殺すぞ」
「お前その"殺すぞ"っていう口癖どうにかしろよ犯すぞ」
「お前のその"犯すぞ"の方が大問題だろ」
「どっちもどっち……ってかお前が変に茶々入れるから、話進まねーだろ!!」
「はいはい。早く、続き」
「……で、そん時に杉浦さんが"からあげ"って……」
嫌な予感がする。
「へー……、で?」
「そん時にさ、俺さ」
「うん」
「本気で"からあげになりたい"って思ったんだ」
驚いた。そんな理由で「からあげになりたい」という狂言を発したのか。……、いや、堀内だからこそ有り得る発想だ。堀内は時々、とんでもなく意味不明な思考回路を展開させたり、理解不能な言動をする。
だが今回ばかりは……
「友達として警告しておくよ。
お前、最高に今、気持ち悪いぞ」
堀内の狂ったような恋心が生んだ、ぶっ飛んでいる思いつき。それを友人として刺しに行った僕の言葉に、彼はうぐっと唸りながら下唇を噛み、顎を引く。だが、すぐに顔を突き出すと、今度は必死になってまくし立てはじめた。
「お、俺も最初、何考えてるんだろうって思ったよ!おかしいんじゃないかって!気持ち悪いって!」
「その感覚が合ってるよ」
「でもさ、俺はどうしようもなく杉浦さんが好きなんだよ!俺、すぐにアガっちゃってあの子に何にも出来ないけど、喜ばせてあげたいんだ!俺がどれだけ好きか、行動で伝えたいんだ!」
「……もっと他にも方法が」
「時間がないだろ!?」
言いたいことはわかる。僕たちは、二ヶ月先に卒業式を控えていた。杉浦さんと堀内。頭の出来の差は歴然で、杉浦さんの進路のことはよくわからないが、二人が違う大学に進むことは明白だった。
今のようにはもう、会えなくなる。それまでになんとかしたいのだという、堀内の焦りが伝わってきた。
「あの子と一つになりたいんだよ!!」
「……」
勢いに押され、今度は僕が顎を引く。これは、コイツは、冗談で言っているのではない。本当の本当に、本気なんだ。
堀内の熱意に、僕は何も言い返せなかった。コイツの考え方は間違っている。だが、それを真っ向から跳ね返せるほどの言葉が見つからない。
それはきっと、僕が恋をしたことが無いからだ。
「……俺にもう、希望が無いことくらいわかってる……」
その言葉にはっとした。堀内が視線を足のつま先に落とす。その姿はいつもの堀内からは想像がつかないくらい、力なく弱々しい姿だった。今にも泣きだすのではないかと思い、なんとなく、目を逸らした方がいいのだろうかという気持ちになる。
「でも……。……だからさ、せめて……」
堀内は、口の中で言葉を探すようにもごつかせた。僕は彼がこの後どう言葉を繋げるかわかっていたけれど、言葉を挟まない。この沈黙は、僕が破るべきではないと思ったからだ。
堀内が、視線をつま先から僕の瞳へと戻す。
「俺を食べてもらいたいんだ」
堀内の揺るがない視線を受けて、僕は静かに頷いた。
「……わかったよ。からあげになりたいんだな。協力する」
心中だ。心中してやる。
お前の恋心と、お前と、僕で。
人に恋心を抱いたことがない事実は、僕にとってある種コンプレックスにまでなっていた。だからこそ、堀内の恋に乗っかることで、知りたかった。ここまで人は人を好きになると、狂うことができるのかと。どこまでいけるのかを。
いくとこまでいってやる。
堀内は見開き僕の両肩を掴むと、やはり泣きそうな顔をして「ありがとう!!」と絶叫した。
こうして、堀内がからあげになるための準備が始まった。
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