ぼくの わたしの Xデー
空からガソリンの雨が降ってくる。
この雨はあの日を境にずっと降り続いていて、抵抗の出来ない赤ん坊同然なこの世界を容赦なく濡らしていた。
ぐにゃぐにゃと光がゆがむ、虹色の雨粒。
それが真っ黒い空から落ちてくる。
朝か夜かもわからない空の中を、汚い粒たちだけが光っていた。
僕はそれがまぶしいもんだから穴だらけの傘をさす。
それでもギラギラした光は傘の穴からしつこく射してくる。
あぁ、違う。全然違う。
僕が見たいのはこんな光なんかじゃない。
僕が見たいのはこんな光なんかじゃない。
ぼくがみたいのはこんなひかりなんかじゃない。
びしゃびしゃと雨は地面をたたく。
ガソリンは僕のくるぶしくらいにまで溜まっていた。
黒く淀んだ液体。その中をゴミがぷかぷかと泳ぐ。
空も地面も重たくて汚い黒だった。
どこかで聞いた。
いずれこの世界は消滅してしまうらしい。
どこかで何かしらの拍子にこの世界に火がつき、大爆破を起こして、あっという間に僕らもろとも消えてしまうらしい。
僕はそれを聞いて、思った。
そんないつ来るかわからない最後を迎えなくても、今この瞬間に、ライターを地面に落とせばいい。そしたら一瞬にしてこのクソみたいな世界は終わるじゃないか。
きっとみんなは僕が気づく随分前に、こんなカスみたいな解決策にたどり着いたはずだ。
なにせ僕なんかが思いつくことは、いつもいつもみんなからしたら超初歩的なことなんだから。
それなのに誰もそうしようとはしない。
みんなは気づいているのに。なぜだろう。
みんなが出来ないなら僕がやればいい。
でも僕は、落としたくてもそのライターを持っていない。
借りようと思っても、誰もライターを貸してくれない。店に行って買おうとしても、僕には売ってくれない。
なぜかみんなそろってライターの代わりに頭の病院を紹介してくれる。
僕には意味がわからない。
みんなはライターを持っているのに、ポケットから出すことが出来ない。
僕はライターを落とすことが出来るのに、ライターを持っていない。
なんだこの状況。
もう笑うしかない。
みんなはライターを大事そうにポケットに納めたまま、ただ突っ立ってガソリンを頭からかぶっている。
ガソリンを拭うことすらせず、目を真っ赤にしてただ虚無を見つめている。
生きているのか死んでいるのかすらわからない、無表情な顔。
みんなはガソリンの雨が降り始めてから変わってしまった。
みんなを変えてしまったガソリンの雨を、みんなはなぜか抗おうとしない。
別に諦めてるわけではないような気がする。
いや、諦めていてくれた方がまだマシだ。
みんなはもっと重症なんだ。
「諦める」云々の感情以前の問題なんだ。
あぁ、僕には今のみんながマネキンに見える。
傘をさしているのは僕一人。
僕は空を見上げる。
そして思った。
いつかこの空に大きな花火を打ち上げよう。
すっごく大きくて、とてもきれいな花火。
その時はこんな汚い空もキラキラ輝いて、大きな光の塊になる。
その光は僕がずっとずっと見たかった光なんだ。
みんなも花火が打ち上げられたその瞬間だけは、満面の笑みになる。
ほっとしたような、顔中の筋肉が悲鳴を上げるような、涙で頬がふやけるような、そんな笑顔。
花火の光は、きっとみんなが見たかった光でもあるんだ。
僕を含めた全人類が、自分が人間だったということを一瞬忘れてしまうような、そんな花火を、僕が打ち上げよう。
それまでくるなよ。Xデー。
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