フィルターに通らない存在

 コンビニで昼飯を選んでいると先生に会ったから、軽く挨拶をしたんだよ。そしたらさ、無視されたんだよね。

 それがあまりにも華麗なスルーだったから、僕は一瞬自分が透明人間になっちゃったんじゃないかと思ったよ。うん、それくらいの無視だったわけ。


 でも自分の肉体はちゃんと光を反射していて、当然自分の身体を自分の視界で捉えることが出来るんだよ。僕の声もちゃんと空気を震わせて「音」として正常に存在している。先生の鼓膜にも振動は伝わったはずなんだ。

 なのに先生は無視をした。

 僕は透明人間じゃないのに。


 それが謎でさ、暫く疑問に思っていたんだけど、すぐに「あ、そうか」って答えを導き出せたよ。



 あのさ、コンビニって学校じゃないだろ。

 だから先生が僕に反応してくれるわけがないんだよ。



 先生は学校から一歩でたら、先生じゃなくなる。僕と先生を繋ぐ関係は『教師と生徒』であって、それだけでしかない。

 学校にいる先生は僕が話しかけたら、どんなに僕の事が嫌でもそれに耳を傾けなけきゃいけない。え、なんでって、…それが教師の仕事だからだよ。

 でもここは学校じゃない。だから先生には僕の言葉に耳を傾けなきゃならないっていう義務はない。今の先生はそこらへんにいる大人と一緒で、もっと言うと「先生」ではなく「松井」なんだ。うん。そう、他人。



 まぁこうして謎が解けてスッキリしながら僕はコンビニから出たわけよ。あ、コンビニでは何も買わなかったよ。松井を殴り殺していたらいつの間にかお腹が空かなくなっててさ。人体って不思議だよね。


 んで、このまま家に帰るのもアレだから、公園に行ったんだよ。

 そしたら、そこで偶然友達に会ってさ。そいつは知らない子と遊んでいた。まぁ無視ってわけにもいかないし、僕は友達に軽く挨拶をしたのね。そしたらさ、無視された。


 それがあまりにもナチュラルなスルーだったから、僕は一瞬自分が透明人間になっちゃったんじゃないかと思ったよ。でもやっぱり、僕は空気を押しのけてちゃんと存在していた。当たり前だよな。

 それでも友達は無視をした。

 まぁ今回の謎は比較的すぐに解けたよ。


 簡単さ。今の友達には他に友達がいるからだ。

 僕と友達との関係は、学校という名の限られた空間の中での「友達」なわけよ。学校という名の世界で生活を円滑に進めるためには、普段から自分の味方を作っておかなきゃだめだろ。それがどんなに嫌な奴でも背に腹は代えられない時だってある。

 だけど学校という名の世界から飛び出せば、そんな面倒な関係を維持しなくても良くなるんだよ。学校で形成された関係は、基本簡単に崩れ去る。代わりの人間がいるなら尚更さ。


 ってなわけで、僕もそのもろい関係があっさり崩れたわけだ。うん、そう。



 僕は公園のベンチに座った。

 公園は僕が常に持ち歩いているナイフで友達とその知り合いをめった刺しにしたおかげで静かになってたよ。




 風が僕の髪を優しく揺らしてさ、あれは気持ち良かったなぁ。




 んで暫くぼんやりと空を見上げて、流れていく雲を眺めていたんだけどさ。

 ふと、隣に誰かが座る気配を感じたんだ。誰だと思う?



 僕が横を向くと、そこには君がいた。

 そう。君だよ、君。



 君は携帯を片手に画面を眺めてて、なんか苦い顔を浮かべていたんだよね。それがあまりにも不快そうだったから、なんでそんな顔をしてるんだろうって、君には悪いけど画面をこっそり覗かせてもらったんだよ。

 画面には小さな文字が並んでいてさ、すぐに君が見ていたのは携帯小説だって事がわかった。


 どんな内容なんだろうって、僕はその携帯小説に目を通して……、あ、ごめんって。勝手に覗いて悪かったよ。ちょ、とりあえず聞いて。


 ……んで。

 内容が理解出来た瞬間、僕は心底驚いたね。うん。



 君さ、気づいていなかったみたいだけどさ。

 君が読んでいた小説は、僕が書いた小説だったんだよ。



 隣にいる君を見て自然と胸がドキドキ高鳴った。変な意味じゃねぇよ。当たり前だろ。自分の書いた小説が、今この瞬間人に読まれてるんだぜ?そりゃドキドキするだろ。


 でもさ、僕はあることに気がついて、その興奮は静かに萎んでいったんだ。




 だって、君は僕を知らない。

 君はこの物語を書いた人間を知らない。

 君は僕の本名もおろか、性別さえも断定できない。

 君は僕を知らない。君は僕を知らない。


 君は、隣にいる僕を知らない。


 でもさ、僕は知ってるんだ。

 僕を知らない奴は腐るほどいるということを、僕は知っている。

 隣にいるのに、すぐ近くにいるのに、毎日会話を交わすのに、僕を知らない奴は腐るほどいる。



 だけどさ。


 

 それは僕だけじゃないんだよ。

 君もだ。

 君も誰にも知られていない。

 本当の君は誰の中にも存在していない。

 君も僕も、存在が不安定。

 認識されていない人間。



 君だって、誰も認識できちゃいないんだ。

 勝手に解釈してるだけ。

 自分の尺で人を計って、印象付けて、価値を見出して、頭の中に登録する。

 でもそれは当然「君の尺」で勝手に計っただけなんだから、本質はなんにも見えちゃいない。


 つまりさ。


 君の中のアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツも、本当は違う人間なんだぜ。

 



 ――僕は君の横顔を見ながら、そう伝えようと思ったんだ。


 すると君は隣にいる僕に目もくれず、不意に携帯を凄い勢いでポケットに突っ込むと凄い形相で立ち上がった。表情からして僕の書いた小説が相当気にいらなかったみたいだけど、僕はそれを感じ取った時嬉しくなったよ。


 まぁとりあえず、君に声をかけようって。

 僕は歩き出した君の背中へ向かって、思い切り声をぶつけた。

 声はかすれていたけれど、あれはあの日一番の大声だったなぁ。



 君は無視をしたけどね。




 で、僕は知ったわけよ。

 いや、僕は本当は気づいていた。

 ただそれを認めてはいけない気がしていたんだよね。

 でも、今の僕なら胸を張って堂々と断言できる。






 僕も君も



 みんなみんな






 透明人間だ。

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