第3姓 和解

「あー、朝か。

だーりぃ。」


昨日のことが嘘のようだった。

嘘じゃないかな。


歩いて30分もかからない距離。

8時前に玄関を出る。

扉を開けると夢が続いたらしい。


「おはようございます、萌菜さん。」


「あら? めーちゃん。

まだ寝てるのか俺。」


ふふ、と小さく笑うと冥菜は俺の頬をむにーっと引っ張る。


「ふぁひおふふ。」


「夢じゃないでしょう?」


「そうみたいだね。

あれ? どうやってきたの?」


「車で、ですけど?」


「待ってたの?」


「7時55分くらいに昨日出られたので、同じくらいかなって。」


「まてい、何で知ってる。」


「詮索します?」


「いーや、俺がアホなだけだろ。」


「あはは、萌菜さんのいいところですね。」


「そおかぁ?」


「じゃ、お車へ。」


「俺が?」


「乗ってください。」


「なんか申し訳ねぇな。」


「では、こう言いましょう。

私のお願いに付き合ってください。」


「ずーりぃなぁ……。」


車に乗って登校。


8時10分前に着いてしまった。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」


「行ってきます。」


校門を過ぎる前に異変に気付いた。

やっぱり避けられてる。


「萌菜さん、気になりますか?」


「本当にめーちゃんは気になんない?」


「えぇ、こういう世界ですからね。」


「めーちゃんがいいならいいけど。」


教室の扉を開けて入ると一気に視線が集まる。

みんなピリピリしてんなぁ。

席についてカバンの中をあさる。

すると兼光が冥菜のいないタイミングを計ってやってくる。


「アラっち、アラっち。」


「おう、生け花はよっす。」


「お前あの三羽扇嬢と一緒にいるっぽいけどなんもないのか?」


「何かあるのか?」


「車に乗ったら最後、どこかに連れられてコンクリ抱かされるとか聞いたんだが。」


「おー、そうなんか。

気を付けようかな。」


「なんでそんなに他人事なんだぜ?」


「俺ってこんな名前じゃん、未練ないのよ。

だからこそ好き勝手してるってのもあるんだけどな。」


「池坊さん、根も葉もないこと言わないでください。」


「お、やば。

帰ってきた。」


「もう、人をお化けみたいに。」


「いや、知らないからさ……。」


「じゃあ生け花、知ろうぜ!」


「も、萌菜さん?」


「知ろうぜって……。」


「まぁ俺がしゃべってもしゃーねーじゃん?

本人が話したいタイミングで言えばいいと思うのよ。

俺が知ってても俺の思い込みでズレとかあるかもしんねーじゃん?

めーちゃんからが一番よ。」


「アラっち、めーちゃんて誰だよ。」


「冥菜ちゃんで、めーちゃん。」


「マジで呼んでんの!?

殺されない!?」


「足はついてるっぽいぞー。」


「すっげぇな、アラっち……。」


「や、すっげぇのはめーちゃんだぜ。」


「なんで?」


「そういう身分なら相応の学校あるだろ。

なのにあえてこの高校来てるってことは、理由あると思わね?」


「あー……。」


「っても下手な同情も迷惑だと思うのよ。

本人の意志かもしんないじゃん?」


「あの、通わされているんですけど……。」


「そうなんか。

まぁ、なんかあったら頼ってほしいね。

この辺なら詳しいから、俺ら。」


「俺も入るのか?」


「助けてやれって。

別に死にゃしねーよ。

めーちゃんめっちゃいい子だもん。」


「生け花こと池坊兼光、だよ?」


「めーちゃんこと三羽扇冥菜、です?」


「あはは、おもしれー。」


「一番面白いのはお前だー。」

「一番面白いのは貴方です。」


キーンコーンカーンコーン。


退屈な授業が終わって昼になった。


「昼っても外出禁止なんだよなー、この学校。

こんなクソ忙しい朝に弁当何て作ってらんねー。

しゃーねぇ、寝るかな。」


「こら、萌菜さん。」


ごそごそ腕に潜った俺の頭にコツンと冥菜の手が当たる。


「学食は?」


「金ねぇ。」


「昨日私にジュースご馳走してくれたのに?」


「かっこよかっただろー。

俺マジで金ねぇんだ、だっせぇ。

この学校バイトも禁止だから詰んでんだよな。」


「冷凍食品とかはお嫌いですか?」


「大好き。」


「料理じゃないと思われる方ではないんですね?」


「いるよなー。

冷食総菜は料理の手抜きとか抜かすなんちゃってグルメ。

いただけたら有難いって思わねぇのかな。」


ごごご、と音がして机が寄る。


「じゃーん。」


「ん?

……めーちゃん、何そのお重。」


「流石に私はちょこっとだけですけどお昼ごはん。」


「めーちゃん、見かけによらず大喰らいなんだね?」


「冗談よしてくれません?

お母様が萌菜さんにって。」


「ゑ?」


「ただ会話しているだけだと思いましたか?」


「あー……。

ちょっと考えてたけど思い上がりかなって。」


「うふふ、ご一緒してくださいます?」


「マジで? 俺結構食うよ?」


「知らなかったと思います?」


「すまねぇ、俺……。」


「料理の得手不得手なら私もわかります。

不得手ですから。

持ってこないのではなく、来れない。

お家もいっぱいいっぱいでしょう。

ですから、どうか遠慮なさらずに。」


「めーちゃん、何かで必ず返す。」


「期待しないで待ってますね。」


キーンコーンカーンコーン。


午後の授業も終わってホームルーム。


「明日はスポーツテストを行います。

体操着が未着の者は中学のものを持ってきても構いません。

以上。」


教室中からえーっと声が上がる。


「ほーん。」


「アラっち、自信あんの?」


前の席の生け花が振り返る。


「ねーな!」


「……スポーツテスト。」


ぽつりと冥菜がつぶやく。


「冥菜ちゃんはなんか、か弱そうだな。」


「自信はありませんね。」


「まー、適当にやりゃいいんじゃねぇの。

マジにやって何かに起用された方がめんどくせぇ。」


「アラっち器用だな……。」


「俺中学んときそうだったのよ。

なんかマラソン大会みたいのがあってさ。

上位行くと日曜に駅伝出されて。

ダリィ。

週末くらい休ませてくれっての。」


「萌菜さんは運動お嫌いなんでしたっけ?」


「球技全般死んでるな。

サッカー野球バレーバスケ全滅。

水泳は人並みレベルだけど嫌いじゃない方?」


「泳げるんですね……。」


「どーした?」


「私、泳げないんです。」


「冥菜ちゃん、英才教育かと思ったらカナヅチなのか。」


「えぇ、からっきしです。

恥ずかしながら。」


「萌菜さん、いつか教えていただけませんか?」


「俺!?」


「アラっち、男の見せ場だぜ。」


「あんだよ生け花、他人事みたいに。」


「他人事じゃん?」


「だよなぁ……。」


「以上です、解散。」


「あ、解散らしいぜ。

帰るわー。

またなアラっち、冥菜ちゃん。」


「まったなー。」


「また明日。」


「俺らも行くか、めーちゃん。」


「はい。」


ざわざわとする教室を抜けると校門前が騒がしい。


「お嬢様、萌菜様。」


「爺や。」


「萌菜、さま?」


「お送りいたします。」


「……。」


ちらりとこちらを見る冥菜。


「好意は受けるもんだぜ。」


「はい、では。」


ばこん、とドアを開ける冥菜。


「どうぞ。」


「俺からかよ、想定してなかったわ……。」


乗り込むと冥菜も続いてくる。

視線がまぁまぁ刺さる中、お爺さんがドアを閉める。

運転席にお爺さんが乗り込むと、車が発進する。


「……お嬢様。

余計な事だとは思いますが学校はつらくはありませんかな?」


「ふふ、萌菜さんのおかげで今日も一人お友達ができましたよ?」


「左様でございますか。」


「体操着どうしよう……。」


「めーちゃんどこ中だっけ。」


「中学はいわゆるお嬢様の学校にいってまして……。」


「あー、服って自己表現みたいだからいやだよなー。」


「そ、そうではなくて。」


「ん?」


「その、小さい割に胸まわりがきつくて……。

すみません、男性に。」


「おぉ、そういう意味か。

気にしないでくれ。

あん?

ちょい待てよ……。」


カバンを開けて手を突っ込んでみる。


「よっと、ほれ。」


「え?」


「俺の中学の体操着。

デカめに用意したんだけどあんま成長しなくてな、俺。

だから割とブカブカなんだよな。」


「え? 貸してくださるんですか?」


「よけりゃあげる、もう一着あるし明日は持つだろうよ。

洗濯はしてあるけど、よかったら合わせてもらえると嬉しいかな?

もうちょっとしたら体操着来るんじゃね?」


「萌菜さん……!」


押し付けた体操着を抱きしめて嬉しそうな表情を浮かべる冥菜。


「あ、あー。

そんなオーバーな。」


「こんなに親切にしていただけるなんて……!」


「フツーだって、フツー。」


嬉しかった冥菜が今日もお屋敷に招待してくれるらしい。

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