第16話

 キーンコーンカーンコーン。

最終下校を知らせるチャイムが鳴る。

真央はその音に反応して、教室にかけられた時計を見た。

(あっ、もうこんな時間?)

いつの間にか最終下校時刻になっていた。部活に集中すると、時間が経つの早い。

 真央が所属している漫画イラスト研究部は週に一回の頻度で集まり、イラストを描いたりお喋りをしたりする自由度の高い部活だった。

(そろそろ帰らなきゃ)

 真央は両腕を大きく広げて伸びをする。

描きかけのイラストをクリアファイルに挟み、通学鞄に入れた。

「真央ちゃん、また明日〜!」

「うん。また明日〜!」

パラパラ帰っていく先輩や同級生に挨拶をして教室を出る。

 昇降口で靴を履き替えていると、時雨に声をかけられた。

「今日、ペンギン公園で待ってる」

 ペンギン公園というのは大きなペンギンの滑り台がある公園なので、みんなペンギン公園と呼んでいる。

 今日は一緒に憑き物を祓う約束をしているのだ。

その理由は、あまりの力の差で時雨が玲央に負けたから。その日から玲央を師匠と呼ぶようになった。


 その日の夜、真央、否、玲央達は新宿の外れにいた。

ペンギン公園で待ち合わせをして目的地である新宿に向かった。

 人が沢山集まる場所は、自然と憑き物が集まりやすいのだ。

「始めるぞ」

「はい、師匠!」

「、、、」

 華やかな場所も、大通りから外れれば嘘のように静けさが包む。人通りが少ない小道を玲央と時雨は警戒しながら進む。

「イイノミツケタァ」

 声の方を見ると物陰から物欲しそうに見つめる人影を見付けた。ぽっかりと空いた黒い目をしたこれは、人ざらなる者だ。

「くらえ!」

時雨は持っていた札を投げつける。真っ直ぐに飛んだそれは見事に命中した。

「ギャァ」

一瞬悲鳴のような声が聞こえたが、やがて人影はモヤとなって消えていく。

「どうか安らかに」

時雨は先程の邪鬼がいた所に向かって手を合わせる。

 自ら望んで憑き物になった者などいない。彼らはこの世に未練があり、未練を晴らす為に体を探しているうちに憑き物となる。

その話を玲央に教えられてから、自発的に時雨は彼らの冥福を祈るようになった。

「、、、オレから真央を奪う奴はどんな奴だろうと許さねぇ」

玲央は周りにいる人ざらなる者を凍らせ、消していく。

 彼は幼い頃から"何か"によるトラブルに巻き込まれてきたので、真央以外の人間は全員『アホな霊障予備軍』くらいにしか思っていない。

天邪鬼な性格で素直になることが苦手だが、生まれつき溺愛している真央に対しては恥ずかしがることなく堂々と愛情表現をする。

 それでも、時雨に戦い方を教えているのはただ単に、真央の友達が死ねば真央が悲しむ。という理由だった。

つまり、彼にとって妹は何に代えても守るべき存在であるのだ。

「目撃情報では白いワンピースを着た二十代くらいの女性、、、でしたよね?」

「ああ」

 邪鬼は力によっていくつかのランクがある。玲央から聞いた話ではこの世の未練の強さで決まるそうだ。

未練が弱いモノは人の形を保っておらず、逆に強ければ人と区別がつきにくい。人の形を保っているモノは人を呑む可能性が高いので、見付け次第祓わないと危険なのだ。

(油断しないようにしないと、、、)

 時雨は緊張から手をぎゅっと握る。自分が足を引っ張ったらどうしようという不安もあった。

「此処は広い。二手に分かれるか」

 ぽつりと玲央が呟き、時雨は勿論了承する。

玲央と分かれ、時雨は一人で邪鬼を探す。

「キキッ」

何処からか耳障りな声が聞こえた。そちらに目を向けると、ぽっかりと穴の空いたような目で此方見つめる、真っ黒な物体と目が合う。

(いたっ!)

しかも一体ではなく複数だ。

 時雨はあらかじめ持っていた祓札を投げつけ、それらは邪鬼に見事に命中して「ギャァ」と悲鳴が上がった。体がモヤのようにかすみ、やがて消えていった。

 祓札とは、名前の通り憑き物などを祓える札のこと。その威力は縛呪札同様、作った術者の霊力によって変わる。

 その後も散策を続けては祓い、見付けては祓うの繰り返しをしていると、道の隅でうずくまる女性を見付けた。

「大丈夫ですか?」

「すこし、たいちょうがわるくて」

 女性が顔を上げる。暗い道でも分かるくらいに顔が青ざめていた。

(顔色悪っ!病院に連れてった方が良いのか?)

時雨は驚いた。

「タスケテください」

「あ、人を呼んで来ましょうか?」

 時雨は頷く。邪鬼退治の途中だとはいえ、目の前の体調が悪そうな人を放っておくことなど出来ない。

「このままじゃたてないので、てをかしてください」

「分かりました」

時雨は女性に手を差し出す。その手が触れた瞬間、遠くの方で沢山の邪鬼の相手をしていた玲央が叫ぶ。

「触るな!其奴だ!!」

「は?」

時雨は女性を見つめる。先程まで体調が悪そうな女性はにんまりと口の端を上げる。

「ツカマエタ」

 目が合った瞬間、ゾクッと寒気がした。

(人間じゃない、、、!)

 握られた手がガクンと重くなる。時雨は咄嗟にその手を振り払った。反動で女性が地面に倒れる。

「タスケテクレルッテイッタノニ」

―――白いワンピースを着た、若い女性!

 その女性は目撃情報通りだった。

再び触られそうになり、時雨は後ろへ下がって距離を保つ。

 持っていた祓札を投げつけるが、女性はひらりと避ける。

最悪なことに、この祓札が今日持って来ていた最後の札だった。

(速っ!?)

 女性が飢えた狼のようなスピードで、時雨に触れようとした時、女性を水が包み込んだ。

水を操っていたのは、真央だった。

「真央さん、、、?」

『真央、、、』

 二人は驚いた。

あれだけ憑き物などを怖がっていたのに、自ら戦いに参加したのだ。

多分、一番驚いているのは玲央だと思う。

「もう、私から仲間を奪わないで!せっかく出来た居場所を壊そうとする人は、誰だって許さない!」

 真央がそう叫んだ。女性を包んだ水は玲央の能力によって凍っていく。

―――パキン!

女性を閉じ込めた氷は粉々に砕け散る。

「こんな花氷は嫌だなぁ」虚無の感情でハハハと笑う玲央。

「凄い、、、」時雨は目を見開いて驚いている。

 自分でも歯が立たなかった邪鬼を、同じ年齢で気の弱い真央が祓ってしまったのだ。

そしてそれと同時に、夏谷家と村上家の力の差に気付かされる。

「師匠だけは敵ではなくて良かった、、、」二人に聞こえないように時雨は安堵あんどする。

『真央、大丈夫なのか?』

「た、、、多分?」

自分でも祓ったことに驚き、夢か現実かの区別が付かなくなるが、夢でも祓えたことが嬉しかった。

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