第19話
体調不良から脱すると、また面接が始まりました。私は面会室の椅子に腰かけて、手にかけられた銀色の手錠を、意識がある限りずっと見つめていました。
鎖にボルトを差し入れただけの手錠には、同じ銀色の鎖がしっかりと繋がって、私の腰と椅子とを結んでいるのでした。
手首が鎖に当たる箇所は、死刑房に戻って触ってみると、肌が凹んだ痕になっていました。その具合は面接がある度に変わりました。
肌がまだ水分を含んでいる証拠、それを後で指の腹でなぞるのを想像しながら、あえて肌に面する鎖の位置を変えるのは、死刑囚によくあることだったのでしょうか。
ある時、面会室に入ってきた人が、私の名前を呼んで、大きくなったとつぶやきました。それから、幼い頃の私に会ったことがあると言い、自分のことを覚えているかと聞くのです。
それで、私は彼女の顔を見ました。知らない顔でした。私が首を横に振ると、私はその頃小さかったからだと、目を細めていました。
それから急に、尖ったような鋭い目をして、私は父から逃げるべきだったと言い出しました。その人は父について、無学の汚い詐欺師だとか、それはたくさんの悪口を言いました。
私はつい、父は博士号を持っているから無学ではないと口ごもりました。言いながら、しまったと、久しぶりの面会で気が大きくなっている自分を戒めていると、数秒の沈黙のち、彼女は一転した説明口調で、父と母の古い話を始めました。
母は、父と出会った時は学生だったといいます。校内で出会った父はその学校の学生ではなく、施設内に忍び込んで生徒のふりをしていた一人だったそうです。
私は、もうそんなバカな話は聞きたくないと言いこそしませんでしたが、彼女の顔をチラリと見て、すぐに目を逸らしました。でもその面会者は、まあまあ、と話し続けました。
それによると、そうしたニセの学生は一定数おり、校内で金持ちの友人や恋人を作ったり、話し方を真似したりして、知識層に擬態するために来ているのだそうです。
人種も年齢も雑多な学内で、父は学籍について言及されると、決まって頭を振って、それは口にするに値しないと言って、あれこれと別の話題を持ち出し、議論を吹っかけて誤魔化す評判だったと言うのです。
それで、若い父に浮足立つ母にも、近寄らないように周囲もよく話していたらしいのですが、母と父の展開は電撃的で、この面会者の海外留学中、妊娠が分かった母は学校から飛び出して、学校には来なくなったというのです。
父も同時期に姿を消し、学校では多少のスキャンダルとして噂話になったくらいで、卒業の頃には話題にも上らなくなったそうです。
学生だった面会者も学校を卒業して、実家から働きに出るようになったそうです。
ある日、彼女の家の玄関先に、リュックひとつを背負って、赤子を抱いて立っている母を見つけて、「可愛い幽霊がいたもんだと思った」と、その友人は表現しました。
腕に抱かれていた赤子は、私だったと言いました。
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