第10話

 母とその家族が暮らす家を近くまで見に行くのは、私の役目でした。父は警察にマークされているかもしれないので、この区域の中程までは入らず、遠目から見守ることになっていました。


 父は、表札にあのヘンテコな苗字が書いてあるはずだと言いましたが、字が読めない私のことを思い出して、切り株の表札の家だと言い直しました。


 家はぽつんぽつんと建っていました。そして、楕円の切り株を模した枠にすぐに気が付きました。父を振り返ると、遠くに首を縦に振って合図する姿が見えました。この家で間違いなさそうでした。


 正面の門の向こうには、玄関が半円にくり抜かれてあって、壁と玄関の境目は、すりガラスで縁取られて、採光に良さそうでした。


 重厚な、木製を思わせる重たそうなドアには、草木や花を使った丸いリースが下がっていました。それに丸いノブも付いていました。玄関のドアには色んな種類があるのだなと、人様の家を正面からまじまじと観察したのは、あれが初めてだった気がします。


 金銭的に余裕のある家には高くて厚い壁がつきものですが、この家にはその代わりに、大人の男よりも高い格子の門が、周囲をぐるりと巻いていました。


 目の小さな格子でしたが、足をかけて登れば、ここは突破できそうでした。家全体の大きさは、私たちの二階の家よりは手狭な様子で、問題は、小窓を含めても全てに全面の柵がとりつけられていたことです。


 どこから入るのか、玄関か、窓か、それとも外でやるべきなのか、後で父に相談するために、見たものをすっかり頭に入れてしまおうとしました。


 すると、一番大きな窓が家の玄関とは反対側にあって、そこには柵が、窓の半分くらいの高さしかないことに気が付きました。これは間取り図にもなかったことでした。


 短い柵を見た私は、たぶん、ここから入ることになるだろうと思いました。でも、入っていったとして、そこに誰かが居て、人を呼ばれたり、戦いになったりすればどうすればいいのだろうと、怖気づく心に答えは見つかりませんでした。


 離れて見ていた父の元へのこのこと近付くと、父は私の頭からつま先あたりまでをざっと見て、まだ私に現実感が足りないと思ったのか、お前がやるんだぞという一言と共に、拳で頭をどついてきました。


 閃きのような一撃を食らって、私は手がビリビリするほど、意識が体に引き付けられました。


 あまり眠っていないと、頭がクラクラするものです。私はどこか、夢でも見ているような気分でその家の前を通り、下見を終えました。


 明日、晴れていたら、決行でした。父は夜通し興奮して喋り続け、私は目の下が重いまま、雨が降らない空が白んできたことに気付いていました。


 父は真っ赤な目をして、アハハ、アハハと陽気に笑っていました。まるでもう、事が済んだかのように、時々は自分のふとももを叩いて、これ以上の愉快なことはない、今日ほどお前を育ててきて良かったと思った日はないと、私を抱きしめて背中に手を回し、ドンドンと叩きました。


 反応することも、鈍くなってきた私が居ました。父は一階で私を見送ってくれました。凶器を包んだ布を私に手渡した後は、両手を高く上げて、大きく左右に振りながら、笑い声を立てていました。


 狭い通路を抜けて通りに出ると、下見をした時のように、こちらを気にする人がいないのを見てとって、私はほっとしました。

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