第8話
父は諦めた顔で、世の中は女に生まれた方の勝ちなのだと言いました。生活に困れば女を売れば金を稼げるし、子どもができれば責任をとってもらえるし、女というのはとにかく楽で、生まれつき恵まれていると口にしていました。
父によれば、襲われたとか、触られたとか、女の方が嘘八百で少し泣いてみせれば、哀れにも警察はコロリと騙されて、男の話などろくに聞きもせず、喜んで死刑台に乗せるだろうと言うのです。
とにかく父の理論で言えば、どんなに良い評判も、善良な人柄も、女の作り話の前には無力そのもので、それゆえ男は女の顔色をうかがって、望むものを全て与える以外にないのでした。
父は、男が傷つけられるのは、女がそう望んだ時だけと言いました。そして母が父に怒り狂い、これから罪を着せるのだと言えば、決まってそうなるのだと、父はため息をついて、かぶりを振りました。
それに、と父は付け加えました。母の再婚相手は、公的な機関に勤めていて信用があり、その男が母の裏付けになれば、自分などなすすべもないと、今度は虚空を見つめてぼうっとした顔をするのです。
父が死刑になる、私はそのことを考えて、体も魂も、気持ちも何もかもが、止まりました。
きっと、母が罪をでっちあげ、再婚相手が証言の後付けをして、その社会的信用を不正に利用するに違いありませんでした。
私たちがどんなに訴えても、決まった仕事をしていない私たち親子ですから、それが一人や二人消えようとも、誰も気にしなかったでしょう。ましてや母の再婚相手に信用が付いているなら、まともに戦えば銃撃戦にナイフで挑むようなものです。
私は、久しぶりに声を出して、吠えるように泣きました。父がいなくなると思いました。
これまで耐え忍んできた人生を、大変不名誉な形で結ばれるかもしれない時、父は泣きじゃくる私の肩に手を置き、驚きですが、今までありがとうと言いました。父に礼など、今まで言われたためしがありませんでした。それが酷く感傷を煽りました。
父の手の、私の肩の重みが離れていって、どこまでも一人になる、高温で湿った場所で、泥に足をとられているような気持ちでした。泣けば泣くほど、その自分の像は鮮明になっていきました。
何をすれば、どうすれば、この状況を回避できるか、犬のような音を出して泣き、頭を抱えて前後に揺れるほかない私に、知恵はありませんでした。
父が目の前に差し出してきたナイフを私が掴んだのは、そういうわけなのです。こちらにナイフしかないとしても、戦い方次第でいくらでも道はあると、そう父は言いました。
「やるか。できるか」
剥き出しの刃を前に、私は問われました。やるにきまっていました。
布を裂いた紐を私の腰に巻いて、輪を作りぶらさげて、そこへ替えのナイフを三本ひっかけました。ナイフが全部で四本あったのは、刺している時に欠けて、殺傷能力が落ちるのを考慮したからです。
そのようなことを知っている父はやはり賢い人だと、私は自分の考えの裏付けをとりました。
一人につき一本、予備が一本の合計四本を用意し、後ろから近づいて喉をかききる練習を何度かしました。ナイフは水平に、もう片方の手の位置に気を払い、自分がケガをしないように、繰り返し、やりました。
このやり方では、多勢を相手取ることはできません。大人の男並みの体格でもない私が相手の意表を突くためには、背後から襲う手法を採用すべきだと、父は戦術について、口角泡を飛ばし、白目を赤くして、内容の重複した講義をしました。
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