第7話
鮮やかな絵を描く才能に恵まれたこの少女は、私が持てないものを持つ、大勢の中の一人に過ぎませんでした。例えば制服姿の娘たち、バスの二階から風に髪をあおられているサラリーマン、私が触ったことのない端末を持つ父も、もちろん私より多くを持つ人でした。
父の活動的な時間は、それから毎日、毎朝、毎晩、様々に、頻繁に、顔を出すようになりました。母や母の新しい家族そのものについて、卑しいだとか、血が汚れているとか、ありとあらゆる貶めの文言を紡ぎ、端末の充電のための外出が多く、長くなっていきました。
食事をしている時も、父が手を止めて私の顔をじっと見据えると、私は食べかけのパンを置いて、父の話を、目で、耳で、そして心で、こちらもじっと聞きました。
私は疲れてきました。しかし、話される事実は、すっかり私の頭の中に組み込まなければなりません。それに、父の話を私が聞かなければ、他に誰が父に安息をもたらしたでしょうか。
非常に頭の良い父でしたが、誰でもひとりきりでいれば、ふと不安に駆られることも、ないとは言えないと思ったのです。
母が去った後、父が私を捨てずに育ててくれたおかげで、私はねぐらのない放浪の子どもたちの一人に加わらずに済んだのです。これは恩の問題でした。
父の子として生まれたのに、読み書きも出来ず優秀ではない私、父はそれにも関わらず、私を愛したのです。私は、自分に学がなくても心までは失うまいと思って、その分、心を尽くして、仲間であることを伝えたかったのです。
私が眠りの中に落ちていても、いつのまにか起きた父が私の枕元で何かしらの話を始めれば、私は父からもらった体を座らせて、聞き入りました。
そんな日々が続き、私は眠気と戦うようになっていました。一度横になってしまえば、穴の開いた天井から差し込む朝日を浴びても、目覚められない日も出てきました。父の話が夜通し続き、夜が明けて、そのまま何か仕事を探しに行く日の方が、起き出す苦痛がないので、かえって楽なくらいでした。
その父が、ある日、珍しく無口でいました。私が声をかけると、父は哀愁に満ちた声のトーンで、話し始めました。
良くないことを話すのだと、父が口を開く前から分かっていました。歓迎されない展開が約束されているのを悟り、私はもう、もの悲しい気分になっていました。どんな陰鬱な現実を見るか、覚悟しなければなりませんでした。
父は口火を切りました。母に会って話したと言うのです。私のちっぽけな頭では、そんな事態は微塵も想像していませんでした。
それも、父に出ぐわした母は怒りに満ち満ちていて、自分はもう再婚しているくせに、父が若い頃、都会の裕福な生活を捨て、私という子どもを育てるために田舎に引っ越したことを、酷く責めたというのです。
当てが外れた、そんなはずじゃなかったと叫び散らし、挙げ句には、父のことをどれだけ嫌いで、目に映るだけでムカムカするか、言葉の限りを尽くして罵倒した上、これから嘘の罪をでっちあげて、父が死刑になるように仕向けてやると脅したというのです。
私は、父は何も悪いことはしていないから、そんなことにはならないと、父も私自身も、安心させようとしました。
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