第4話
父は無口であることが多く、そうかと思えば饒舌に喋る人で、後者のバージョンの父は、突拍子もなく買い物をするなど、新しいものを取り入れることがとにかく好きなようでした。なにしろ、眠る時間すら犠牲にして、体の中に不沈のエンジンが回り続けているように、二階中をうろつきながら独り言に埋もれ、夜が明けると外へ出ていくのでした。
自分自身の決定を重んじ、私が口を挟むのを嫌いました。無口と饒舌の波は、一日の中で入れ替わる日も、もっと大きく、長く続く期間もありました。
そんな父と家庭菜園をやったことがあります。父がプランターを持ってきて、土を入れ、私が平坦にならしました。種を蒔いて一階に置いておいたのですが、翌日になるとプランターごとどこかに消えてしまっていました。
私は二階に飛んで帰ってその話をしたのですが、父は、私がきちんと見ておかなかったせいだと嘆きました。
取り返しがつかないという表現を聞いたり、使ったりする度に私が少しぞっとするわけは、父がそれからプランターをいくつか集めてきて、次々と私の寝床の上に置いてしまったからです。
当時、父と私の寝床は平行に並んでいました。私が寝床にしている布の上に、父はプランターを並べたのです。私がバケツにやっと汲んできた濁った水は、プランターの中の土を存分に抱き止めて、排水のために開いた下方の穴から、私のお気に入りの布に流れ出ていました。
ここならきちんと世話が出来るだろう、目を離すこともないと父は言いましたが、当の私は、せっかく見つけてきた一枚布が下敷きにされて、涙がポロ、ポロと落ちたものです。
口数少ない時の父は、とにかく寝ていました。長時間横になっていたせいだと思うのですが、背中や腰が痛いと言い、床と擦れた皮が捲れて、ケガをしていることもありました。
私は父のそのような時期、父が息をしているかどうかが気になったものです。暗闇の中でも、針の穴を見ようとするようにじっと目を開けて、父の体にかかった布が上下しているかどうかを見ようとしました。そっと布の上にかざした手に、父の体動があれば、一安心でした。
先ほど申し上げましたように、饒舌な時の父は色々なことをし始めるので、家も私の頭の中も、巻き込まれて忙しくなりました。病のために仰臥したその時間を取り戻そうとしているかのように、父は活動的でした。
そんな父は高い波の上で、私の母について、怒涛のように話し始めた時期があります。父は、母を「あの女」と呼ぶようになりました。
それ以前は、母の話が出る頻度もわりあい少なく、母のことは「お前のかあちゃんは」と表現していました。ですから、私はその差に少なからず、違和感を抱いたものです。
「お前、あの女のこと、覚えているか?」
それから始まり、「あの女」の話をする時間がどんどん増えていくのを感じていました。
そして、父の「あの女」に対する胸のとぐろが育っていく様子も、私には見て取れました。
言葉を並べる父は、はじめこそ身振り手振りを交えていましたが、だんだんと笑いも消え、見開いた両の目で私を映すようになりました。私は、子としての愛情と尊敬を試されているように感じていました。その証明のため、父の息継ぎに合わせて、うんうん、すごいねと合いの手を入れていました。
楽しい会話でした。まごころの愛が通じ、父がいびきをかいて眠ると、ほっとしました。私もたくさん寝つきました。全身で活動したせいで眠たくなっているという推理が、うすぼんやりと頭の中にありました。
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