第五十一話 齎される情報

「本日はありがとうございました」


 セリアは深々と頭を下げた。

 時刻は現在三時を少し回った頃。

『リラクサット』での話し合いを終えた二人は、出された紅茶とケーキを堪能したあと店を出た。

 リオンとしては聞きたいことが聞けたから有意義な時間だった。無論、休みの日にまで仕事の話を持ち込んでしまったことには若干の申し訳なさを覚えていた。


「お礼を言うなら俺の方だよ。わざわざごめんね、せっかくの休みだったのに」

「いえ、気にしないでください。それに意外と楽しめましたから」

「なら良かったよ」


 リオンは安堵に満ちた表情をした。

 デート風を装っていたのはセリアにも説明した通り、誰にも怪しまれないようにする為ではあったが、それはそれとしてせめて束の間の休暇を楽しませようというリオンなりの配慮もあった。

 勿論、本当に楽しんでくれていたかはセリアしか分からないが、ここは素直に彼女の『楽しめた』という言葉を鵜呑みにしておくことにした。


「それと本日の代金についてなのですが。後で、こちら側にも領収書をいただけますか。払わせてしまった分を出しますので」

「いや、良いよ。今回は俺の奢りだ。脅したことに対する謝罪として受け取っておいてくれ」

「ですが……」


 この場はあくまで奢り。リオンとしてはセリアを脅してまで話を聞き出した事に――必要だったとはいえ――多少なりとも罪悪感は抱いていた。

 セリアはあくまでも非戦闘員。零番隊と国の上連中を繋ぐ連絡路の役割を担っているだけで、中身は魔法の使えない一般人だ。

 何故魔法の使えない一般人を連絡役としているのかは知らないが、恐らくは正体が割れた上で襲われるのを防ぐためなのだろう。


 マディステラは他の国には珍しく王が居ない。この国の政治などを取り仕切るのは『三大公』と呼ばれる者たちだ。彼らはその姿を一切見せず、陰からこの国の方針を定めている。

 リオンたち零番隊に直接指令を下すのも『三大公』であり、セリアは『三大公』の指令をそのまま伝えるのが仕事というわけだ。

 セリアに対して脅しを使って聞き出すのは筋違いと言えばそうだが、事情を知っている数少ない人間だ。『三大公』の顔を知らない以上、セリアには知ってる限りの情報を喋ってもらう必要があった。


 だからこそ、リオンは謝罪の意を込めてこの場の代金は全て自分が出すつもりだった。

 だが、セリアはどこか渋る様子を見せている。

 恐らく謝罪とは言え人に奢らせるのは気が引けているのだろう。セリアはそう言う性格の女性だ。


「そう言わずにさ。それに俺が今まで散々迷惑かけてきた分も含めてるんだ。今後も良好なお付き合いをする上でも、今回は俺に払わせて欲しいかな」

「…………わかりました。では、次の機会があればその時は私が払います」

「別に次の時も俺が払うのに……」


 セリアはこう言うところで変に頑固だ。他人からの施しを素直に受け取ろうとせず、何かにつけて見返りを提示しようとする。


「てか……それならもう少し給料を増やしてくれたりとかしない?」

「無理ですね。私の独断ではなんともできません。かと言って、上に直接交渉してもノーと返ってきますよ」

「えぇ……命張ってるのに……」


 命を張ってまで常に犯罪者を処分しているのに、給料を上げてもらえないとはなんとも世知辛いものだ。


「あ、そうだ。さっき渡した髪飾りなんだけどさ。出来るならずっと身につけておいて欲しいんだよね。一日中は無理だとしてもできる限り、ずっと」

「なんですか。プレゼントした物を付けさせて、私を自分のものにしたというアピールでもしたいんですか。ごめんなさい、私は貴方みたいなタイプはちょっと……」


 引き攣った顔をしながら、捲し立てるようにセリアはそう言った。

 何故、急に振られたのだろう。

 リオンは疑問に思いながらも、セリアの言葉に対して否定するように諸手を挙げた。


「違うって! 俺はただの善意でそう言っただけ! もし何かあった時の保険のために……って!」

「保険……?」


 セリアは訝しげな顔をしたのち「あぁ、そう言う事ですか……」と、納得したような表情をした。


「それじゃあ、有り難く使わせて貰うことにします」

「そうしてくれ。俺なりに考えて、日常生活で使ってても問題無いようなものを選んだからさ」


 はにかみながらそう言ったリオンに、セリアも軽く頷きを返した。


「そしたら、そろそろ解散しようか。あんまりここで引き止めてても、セリアの休暇を更に削ることになるだけだしね」

「…………そうですね。そうして貰えると、私としても助かります」


 まだ陽も落ちておらず明るいとは言え、そろそろ西陽になる頃合いだ。ここで時間を掛けても仕方ない。リオンもこのままレウゼンに戻らなきゃならないことを考えれば、そろそろ解散した方が良いだろう。


「それでは、私はこの辺で。次は定期報告の時にでも」


 セリアはそれだけ言うと、頭を深々と下げてから、体を翻してリオンに背を向けて歩き出した。

 そんなセリアの後ろ姿を見ながら、リオンは静かに声を掛けた。


「セリア……気をつけろよ。今回の件は魔法を使えないお前が深く立ち入っていいものじゃないからな。何か思うところがあっても、一人で踏み込まないでくれよ」

「…………えぇ。わかってます。私は……貴方たちのようには戦えない。身の程くらいは……弁えていますので」


 後ろを振り返らずそう言ったセリアの背中には、どことなく寂寥が垣間見えた。

 そんな遠ざかっていくセリアの背中を見ながら、リオンは大きく、長い息を吐いた。せっかく整えた髪をくしゃくしゃに崩し、後ろを振り返った。


「……それで? どういうつもりだ?」

「仕方ないでしょ? 面白そうな情報を手に入れたから、少しちょっかい掛けたくなったのよ。それに中々良いプレゼントも見つかったようだし、ね?」


 そう言うと、リオンの後ろに立っていた女は妖艶に笑いながら、リオンの胸板を指でなぞった。


「大体、お前がこっちに帰って来てるって事自体知らなかったんだがな」

「あら、そうだったかしら? 確か伝書鳩で報せを飛ばしていたと思うのだけど……」

「鳩……? そんなの来てないけど……」

「じゃあ、飛ばし忘れてたみたい! ま、そんな細かい事はどうでも良いわよね!」

「……まぁ、良い。それで、シャノン。俺になにか要件があるんじゃないのか?」


 その女の名前は、シャノン・グリフィス。

 艶のある金の髪にピンクのメッシュが入ったロングストレートの髪、全てを見透かしたような深紅の瞳がリオンを射抜く。派手めな化粧の施された顔はとても整っていて色香を漂わせている。

 身長はリオンと比べて頭ひとつ分小さい。胸元の大きく開いた服装はより色気を引き立てている。見るものの目を惹きつけ、心を奪う魔性を体現したその容姿は通りすがる男衆の足を縫い止めていた。


 そんな美女を前にして、リオンは顔を顰めた。


「もう、つれないなぁ……リオンちゃんは。もう少し、シャノンちゃんに優しくしてくれてもいいと思うのだけど……? 例えば、仕事頑張って偉いね〜って、頭を撫でてくれたりしちゃったり? 今日も美しいよって、顎をクイっとしてみたり……。キャァ――! 想像しただけでドキドキしちゃうッ!」


 シャノンは赤らむ頬を押さえて、身を捩り始めた。顔を蕩けさせ、息を荒げながら、妄想の内に存在するリオンのあんな事やこんな事を想像して悶えている。

 リオンは肌が粟立つ感覚を覚えて、一歩引いた位置で悶え続けるシャノンを嫌悪の目で見つめた。

 はっきりと言ってしまえば、リオンはシャノンが苦手である。切っ掛けという切っ掛けは無いが、いつもこの感じで迫られれば一歩引いてしまうのも納得だ。


 だが、こんな変人でもシャノンは零番隊の隊員だ。

 彼女はあらゆる手練手管を尽くして、幾つもの犯罪組織を潰してきた優秀な騎士だ。その手練手管の手法は到底騎士とは思えないものだが、その実力は確かだからタチが悪い。

 常におちゃらけた性格をしている為、いつもシュナウゼンに苦言を呈されているが、一向にこの態度が改まる気配はない。

 零番隊きっての変人だ。


「良いから早く要件を言え。ただ顔を合わせに来たわけじゃないんだろ? わざわざ変装してまで、俺を店に招き入れたんだからな」

「ありゃ? 気付いてたの? 気付いてたなら言ってくれたら良かったのにぃ……。あんなしわくちゃな格好でバレてるとか恥ずかしッ!」


 シャノンは顔を見られないように、リオンに背を向けて屈み込んでしまった。


「で? なんかあったのか? 任務が終わったって言う話は俺は聞いてないけど……」

「え〜もうその話するの〜? もう少し〜、プライベートの時間大事にしたくない? 私はしたいなぁ……。久々の再会なんだし――あ、痛っ!?」

「良いから、早く言え……」


 シャノンの間延びした声にイラつきを抑えきれなくなったリオンは、シャノンのこめかみを掴み、全身の力を握力に集結させてギチギチと指をめり込ませていく。所謂、アイアンクローというやつを行った。

 シャノンは容赦なく力が込められたアイアンクローを何とかして解こうと踠くが、まるでか弱い。

 涙目で「ギブギブギブ――ッ!? 痛いッ、これ痛すぎるからァ!?」と、人目も憚らずに叫び散らした。


「止めてほしけりゃ早く要件を言え。さもなければ、このまま…………」

「わ、わかった!? 言う、言うからァ!!! だからお願いッ! 早く、手を離して下さいッ!! 頭潰れちゃううぅ――ッ!?」


 そして、リオンが漸く指の力を緩めると、シャノンはこめかみを抑え、痛みに悶絶しながら地面をゴロゴロと転げ回った。


「ま、全くぅ〜。強引な男は嫌われるぞ〜? ま、まぁ……そう言う強引なところも、私は……ふへへ♡」


 シャノンはどこか恍惚とした表情をしながら、蕩け切った目を向けてくる。

 リオンはぞわりと体中を駆け巡った悪寒に、ぶるりと体を震わせた。人ではなく、ゴミでも見るような軽蔑の目で見ると、シャノンは「あ、そういう目も好き♡」と言ったような気がしたが、気のせいという事にしておく。

 ……と言うか、そういう事にしておかないと話が進まない気がしてきた。


「でも……良いの? こんな往来の多いところで、そんな話をしちゃっても」

「お前の事だから、接触して来た時点でもう『魔法』を使ってるんだろ? てか、あの変装もお前の『魔法』によるものだろうしな」

「ありゃ? やっぱわかっちゃう〜? 流石リオンちゃんだねぇ。ご褒美として私をあげちゃいます!」

「いらん。で? 話は?」


 大きく手を広げたシャノンに対し、冷めた様子でリオンは即座に褒美の受け取りを拒否した。

 シャノンは頬をむくれさせながらジト目で見るが、リオンの方はまるで無反応。表情筋を一切動かさず、無の境地に達したかのような目でシャノンを見る。


「はぁ……話って言うのは、リオンちゃんの『任務おしごと』についてのお話だよ」

「俺の仕事の?」

「そうそう。一応、セリアちゃんから私たち零番隊全員に詳細は省かれてるけど、生徒の一人を護衛するために教師としてレウゼンに派遣されてるって聞いたの」


 零番隊全員が任務の概要を知っているという情報は初耳だった。

 だが、よく考えてみれば当然の事だろう。それまでリオンに回っていた業務まで、他の隊員たちが埋め合わせする事になるのだ。概要くらい説明しておかなくてはならない。

 だが、その話をシャノン側がどうしてリオンに持ち掛けて来るのかが謎だ。


「それでね、私の任務がどんなものか……覚えてる?」

「はぁ? 確か近頃になって急に力を付け始めてる犯罪組織……確か《罪禍の天秤》の壊滅だったよな? それと俺の任務がどう繋がるんだよ?」


《罪禍の天秤》と言うのは、殺人・誘拐を主な稼業として行っている犯罪組織のはずだ。金さえ貰えれば、それ以外の犯罪にも手を出す。

 実際、有力な貴族が権力争いで目の上のたんこぶだった他貴族を、《罪禍の天秤》に法外な料金を払って殺したという話をリオンも聞いたことがある。

 シャノンの任務は《罪禍の天秤》の壊滅と、それに関係する全ての人間の処分だったとリオンは記憶している。


「その《罪禍の天秤》なんだけどね? 実は幹部っぽい三人を取り逃しちゃってさ〜。その中の一人……『ドルグラ』とか呼ばれてた男が多分ボスなんだけど、その人も殺しそびれちゃった」

「……失敗したってことか?」

「まぁ、そうなっちゃうかなぁ? 本当なら殺せてたんだけど邪魔が入っちゃってねぇ? んで、その後に標的リストってやつを見つけて、目を通してたんだけどぉ。そこに面白い標的がいたの〜」


 シャノンは間延びした声ながら、その声色の中に確かな緊張感を宿しながら告げた。


「――シャルル・ローグベルト。レウゼン魔法学校の一年生の名前があったんだ〜。内容は誘拐。日時は……《六魔大祭》が行われる全日程のうちの一日。いつかはわからないけど、間違いなく仕掛けてくるよ」

「…………は?」


 そんなバカな。一介の犯罪組織がシャルルを狙ってるとはどういう事だ?

 リオンは混乱する思考を正しながら、シャノンから与えられた情報から考え得る限り最悪な状況を思い描いた。


 ――既に、《魔導結社ユニオン》は他の犯罪組織にもシャルルの情報を共有しており、その全てにシャルルの誘拐を依頼している可能性。


 有り得ないと唾棄したくなるような状況だ。

 それは考え得る中でも最大級に最悪な状況である。《魔導結社ユニオン》以外の敵の来襲――それが《六魔大祭》が行われている白昼堂々と実行されたなら、その被害は甚大などという騒ぎでは無くなる。

 

「もし、仮にそれが本当だとして……お前が言う邪魔が入ったって言うのは……」

「うん。案の定、《魔導結社ユニオン》の戦闘員だと思う」

「マジかよ……」


 リオンは予想だにしなかった最悪な展開に頭を抱えた。《魔導結社ユニオン》は情報の流出を極端に嫌う傾向にある。

 その事を知っているからこそ、リオンは奴らが別組織と手を組む可能性を無意識に排除してしまっていた。その事を今になって、後悔した。

 その可能性を考慮できていれば、取れた選択肢の幅は大きかった筈である。


「リオンちゃん……今回の《六魔大祭》は私も協力するからね? 私の任務の延長線上にもあるわけだし、ね」

「あぁ……頼む……」


 今更、後悔していても仕方ない。

 敵の人数が多くなると予想できる以上、他の騎士団たちにもこの情報を共有する必要性が生まれた。

 まだ《六魔大祭》まで二週間近くある。この間にフローリアから《六魔大祭》の警護に付く魔法騎士たちに情報を共有して、状況の擦り合わせはできる。

 警護の割当なども調整する時間は充分。まだ、最悪だと唾棄するには早すぎる。


「……やるか」


 リオンは頬を両手で叩き、一言呟く。


 ――《六魔大祭》が幕を開くまで、残り二週間と二日。

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