第五十話 喫茶店にて

 リオンが連れてきたのは雑貨店などが立ち並ぶ通りを真っ直ぐ行って突き当たりにある喫茶店カフェだった。

 若者達に最近人気と噂されている『リラクサット』という店名の喫茶店で、若者に人気という割には中は落ち着いた内装だ。

 だが、周囲を見渡せば店内は十から二十代ほどの若者達で溢れかえっている。


「ここは紅茶とケーキのセットが美味しいって評判なんだってさ」


 店内の中でも目立たない角の席。

 この場所まで連れてきたリオンは何事もないというように、店員を呼び、評判の紅茶とケーキのセットを二つ注文した。


「あ、セリアの分も勝手に頼んじゃったけど大丈夫だったかな? 甘いの苦手とかあったら遠慮なく言ってくれれば良いから!」

「いえ……甘い物は好きですが……」

「なら良かった!」


 セリアは若干戸惑いながらも、リオンの様子を観察し始めた。

 先程、リオンが冗談めかして言った「もし、俺が裏切ったら……」という言葉。その意味を反芻しながら、リオンの態度に変化が無いかと目を凝らす。


 だが、リオンはあまりにも自然体すぎる。

 仕事がないとき、セリアが任務についての話を聞きにいくときのような緩やかな空気を纏いながらも、普段なら見せないような気遣いをしている。

 それが逆に不気味さを醸し出し、この状況の不自然さを強調していた。


「あの……結局、話というのは……」

「まあまあ焦らないでよ。ケーキと紅茶が来るまでは、まだその話は良いだろ?」

「貴方が甘い物好きというのは知りませんでした……」

「いや、別にそんな好きでもない。人並みには食べるかなってくらいだよ」

「なら、尚更なぜ……」


 セリアは我慢の限界に達したのかリオンに詰め寄ろうとした。

 しかし、リオンはそんなセリアを人差し指を一本だけ立てて制した。


「落ち着こう。そんなに焦っても良いことはないよ」

「はぁ……」


 リオンは一体なにがしたいのだろうか。

 現状、これではただお洒落をして、街中を練り歩いた後に喫茶店で休憩するというごく普通のデートにしか思えない。

 リオンの真意も掴めないまま、女性の店員が二人の席まで紅茶とケーキのセットを二組持ってきた。


「こちら、ケーキセットです。ごゆっくりしていって下さい」


 一言だけそう言い残すと、店員はカウンターの中へと戻っていった。

 二人の前に並べられたのはイチゴの乗っかったショートケーキと砂糖やミルクを自分好みに入れる紅茶。

 目の前に置かれたごく普通のセットに――これが評判なの? と、セリアは首を捻った。


「いただきます」

「……いただきます」


 目の前に置かれたショートケーキをフォークで掬い取り、口に含んだ。

 口の中に生クリームの絶妙な甘さとスポンジの優しい甘さが広がった。そして、二層のスポンジの間に挟まれたクリームにはイチゴが練り込まれているらしく程良い酸味が口の中の甘みを中和していく。

 所々に感じられるイチゴの果肉がスポンジの柔らかい食感の中で、確かな存在感を放っている。


「…………美味しい」

「だね。俺も初めて食べたけど、確かにこれは評判になるのも分かるよ」


 そして、何よりこのケーキに合うように淹れられた香り高い紅茶のおかげで、生クリームの油分を重く感じずに済む。

 これがプロの仕事というものなのだろう。

 セリアは関心しながら、リオンに視線を向ける。


「さて、そろそろ良いかな……」


 リオンは胸ポケットから平たい機械を取り出した。

 全体的に黒味がかった色合いに、中央で異彩を放つ赤色のボタンが特徴的な魔道具。


 ――《天幕ヴェール》。


 そう呼ばれるこの魔道具は秘密裏に話し合うときなどに活用される魔道具で、起動すると領域を区切る魔力の壁が現れ、そこに予め設定した映像を映し出すというものだ。

 これの何より優れている点は、情景を描写することでの他人の目を欺く事ではなく、外の音を取り込み、中の音を漏らさないという点にある。

 こういう人の多い喫茶店で仕事などの話をする際、よく重宝されている魔道具だ。


 そして、これを使用したという事はつまり、


「そろそろ話をしようか、セリア」

「わかりました……」


 リオンが本題を切り出してくるという事だ。

 リオンは先程までの柔和な笑みから一変し、仕事の中でしか見せないような無表情になった。

 いや、ただの無表情ではない。殺気……とでも言えば良いのかわからないが、何かしらの圧のようなものを放っている。


「でも、話の前に予め伝えておく。俺の質問に対して嘘をついた場合、俺は君を殺す」

「…………ッ!?」


 リオンはそれだけ言うと、セリアの胸の中心から少し左側。心臓の真上に魔法陣のようなもの――現実空間と異空間とを繋ぐ扉を出現させた。


「それは俺の固有魔法だ。嘘をついたとわかった瞬間、その術式に魔力を流して心臓を穿つ」


 これは脅しでもなんでも無いのだと、セリアは理解した。

 誤魔化しは許されない。

 嘘を吐くのは論外だ。

 明確に感じ取った死の気配に、冷や汗が頬を伝っていく。


「聞きたい、事とは……?」


 セリアは絞り出すようにしてそう問うた。


「まず、シャルル・ローグベルトは何者だ? なぜ《魔導結社ユニオン》が一学生を狙うんだ」

「シャルル・ローグベルト……彼女の本当の名前はシャルロッテ・エルド・ルーセリア。名前から分かるでしょうけど、彼女はルーセリア聖皇国の『第一皇女』です」

「ルーセリアの……皇女?」

「えぇ、私たちは彼女を秘密裏に保護していました」


 それはルーセリア聖皇国で起きた悲劇の日。

《クレイメン大災》と呼ばれた大厄災は、実に多くの被害を齎すこととなった。

 その一つが、ルーセリア聖皇国の皇帝及び皇妃の死。民を一人でも多く逃すために国に残り、国の滅亡と終わりを共にした二人の死は大きく取り沙汰された。


 だが、未だ彼らの子息――皇女だけは生死不明とされ、今なお捜索が行われている。

 という体になっている。


「彼女を保護した時点で既に憔悴しきっており、記憶も曖昧な事からあの時あの国でなにが起こったのか……彼女はその真相を覚えていません。ですが、恐らくではありますが、彼女はあの日なにがあったかを知っている」

「記憶が無くても、知らない訳ではない……。何かを切っ掛けに思い出す可能性があるってわけか……」

「そう言う事です」


 シャルルが狙われる理由はあの日の記憶を持つから。

 あの日、ルーセリア聖皇国を消し去った黒い渦の秘密を探る為、若しくは黒い渦の力を手に入れる為に《魔導結社ユニオン》はシャルルを狙っている。

 そう考えるのが妥当だろう。


「そもそもルーセリア聖皇国が滅んだ原因はなんだ?」

「わかりません……。現状の状況を見ても、魔力の奔流に呑まれて消えた可能性があるとしか……」

「魔力の奔流……黒い渦、か」

「それと、一応ルーセリアに伝わる伝承の一つにとある兵器についての記述があったのだけは確認しています」

「兵器……?」


 リオンの疑問に軽く頷き、彼の目を見据えて答えた。


「その兵器の名前は……【黒薔薇ノ巫女】。その兵器がどういう物なのか、どういった形状をしているのか……一切の情報は無いですが、一つだけ伝承に書かれていた事があります」

「書かれていた事……?」

「その兵器は王家の血筋を引く女性に受け継がれていく物だと記されていました。ただ、それが現在も受け継がれているのかは……」


 セリアの話に漸くリオンは合点がいったらしい。

 顎に手を当てて、何事かを考え込んでいる。


「《魔導結社ユニオン》の狙い……謎の兵器、か。確かにその説はあり得そうだ」

「その兵器を使って何をしようとしているのか……それは分かりませんが、碌なことにならないのは確かです」


 シャルルの狙われる理由は分かった。

 だが、その上で気になる事がリオンにはまだある。


「俺が教師にならなくちゃいけなかった理由は?」

「付き人なりあっただろ……という話なのでしょうが、答えとしてはそれが一番最善だったからです。今回の件、上に私たちの行動がバレるのは好ましくなかった」

「どうしてだ……?」

「恐らくですが、上層部の人間の一部が《魔導結社ユニオン》に関与してる疑いが有ります。だからより目立たず、より近くから守れる教師という立場になって貰いました」


 リオンはそれだけ聞くと、顔を顰めさせた。

 無理もない。自分が騎士として仕えている国が、裏では《魔導結社ユニオン》と繋がっている可能性があると言うことに嫌悪感を覚えても仕方ない話だ。


「そういうことか。だから、事前に《魔導結社ユニオン》が動き出す可能性があるってわかったのか」

「そういうこと」


 リオンは納得したらしく、セリアの心臓に向けていた固有魔法を解除した。


「セリア……君は信頼して良いんだよね?」

「えぇ。出来るなら、信頼して欲しいです……」

「ふぅ……わかった……」


 リオンは溜め息を一つ吐くと、椅子の背凭れに寄りかかった。

 いつもの様子に戻ったリオンに顔を引き攣らせながらも、セリアは今日感じた疑問をリオンに問いかけた。


「それと……私からも一つ良いですか?」

「ん? なに?」

「なんで今日は私服だったんですか? それに街を散策する意味は?」


 それは今日一日ずっと感じていた疑問だった。

 わざわざこんな回りくどく街を歩かなくても、どこかの喫茶店で落ち合って話をすればよかった筈だ。それに私服である意味もない。

 仕事なのだから、きちんとスーツを着込むべきだ。

 セリアはそう考えていた。


「まぁ、単純に街は休日を謳歌してるのに、スーツを着込んだ男女が喫茶店で話してたら注目を集めるだろ? それに《魔導結社ユニオン》に尾行されてても、デートって偽れるしね」

「そういう事ですか。万が一を想定して……と」

「そゆこと。アイツらは何処にでもいるからね。怪しい行動はなるべく避けないと」


 ただ遊びたかったからとか、スーツが面倒だからとかという訳ではなかったらしい。

 リオンは常に周りを警戒した上で、周りに溶け込むためにデート紛いのことをしていたのだ。


「あ、それと……はい、これ」

「…………これは?」

「ほら、お婆ちゃんの店で買った髪飾り。休日に突き合わせちゃった詫びと思って受け取っといてよ」

「は、はぁ……」


 その髪飾りはピンクの宝石が中央に埋め込まれたスイレンの花を模した意匠のものだった。

 リオンはそれを手渡すと、《天幕ヴェール》を停止させた。

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