第四十九話 デート?
《剪定戦》はあれからも順調に進み続け、早いことに今日は五日目。
四戦四勝を飾っている生徒は現在の時点で五名。
Aクラスはグレン・バール、シャルル・ローグベルト、アイリス・フェルノーの三名。
Bクラスはジェルノ・ファル、ライゼン・マーティスの二名だ。
他にも三勝一敗の生徒は、グレンやシャルルに敗北したディエルとティアラを含め、現時点で十一名いる。
まだ確定とは言えないが、恐らく現時点で三勝一敗以上の成績を納めているこの十六名のうちから、新人戦に出場する五人が選抜されるのだろうと考えられている。
今日のシャルルの対戦相手はBクラスのルーナという女生徒だ。
初日に戦ったティエラほど難敵でもないが、それでも油断をすれば負けてしまうだろう。無論、今のシャルルが全力でやれば何ら問題ない相手だ。
リオンは対戦カードを見て、シャルルにその事を伝えてから、レウゼンを出た。
目的地は『マディステラ』の首都――『ケントルム』。
レウゼン魔法学校が置かれている都市にして、現在、生徒たちが死力を尽くして少ない出場権を賭けて戦っている《六魔大祭》の開催地だ。
街の中央に置かれているのは《慈愛の噴水》と呼ばれるハート型の噴水。
その噴水の中央には女神の像があり、両手で掲げるようにして持たれた水甕から水が噴き上がっていた。
其処で噴水を背に待つリオンはいつもなら考えられないようなオシャレをしていた。
いつもなら着ない黒のカーディガンに白のワイシャツ、そして黒のスウェットパンツを着用し、いつもボサボサの髪も整えられている。
「久々にこんな服着たな……」
リオンは自身の格好を一瞥してそう呟いた。
「……ん?」
リオンが自分の格好を整えていると、こちらへと近付いてくる人影が一つ見えた。
――セリアだ。
いつもは結われているウェーブの掛かった金髪はサイドで纏められ、服装は花柄のワンピースにいつもは履かないような踵の高いヒールを履いていた。
「あれ? 意外と早かったね、セリア」
「貴方こそ早すぎるんじゃないですか? いつもなら、遅刻してきそうなものなのに」
「女性に待たせるわけにはいかないからね」
「大体、なぜ此処を待ち合わせに……」
セリアは微妙な顔をしながら、辺り一体を見渡した。
今日は休日という事もあってか、周りには待ち合わせに使っている人も多い。そして、その大半は男女での待ち合わせで、しかも腕を組むカップルが大半を占めている。
しかも、時たま周囲の目が気にならないのか、キスをしているカップルまでいる始末。
そう。何を隠そう《慈愛の噴水》はその形や、中央の水甕を持った女神――《慈母神像》がある事から、カップルが永遠に仲睦まじく過ごせると噂のパワースポットとして有名なのだ。
そして、此処を待ち合わせに使っているという事は、リオンとセリアも他の人たちからはカップルの様に見られているという事だ。
「そんなの、俺もセリアとは今後とも良い付き合いをしたいからね」
微笑みながらそう言うと、セリアはさらに顔を引き攣らせてしまった。
セリアも色々言いたい事はありそうだが、それらを全て飲み込んで本題を切り出した。
「それで……お話とはなんですか?」
「ん? あぁ、それは後に回そうか。今は久々の休暇を楽しもう?」
「…………わかりました」
リオンは呑気な様子で、セリアは強張る表情を隠そうともせず、共立って街を散策し始めた。
最初に訪れたのはなんの変哲もない露店が並ぶ通りだった。
「そもそも、なぜ私服なんですか? 仕事のお話をするのですよね?」
「まぁね。でも……セリアも休みなんだろ? なら、休日くらいは仕事を忘れたいかな……ってね」
「だから、スーツではなく私服だと……」
「そう言うこと。それに、休暇中に街を歩くのにスーツは堅苦しすぎるかなって思ってさ」
リオンは露店を眺めながらそう言った。
だが、セリアとしても思うところはあるのか、とても不服そうな顔を覗かせている。
無理もない話だ。
リオンが何を話そうとしているのか、セリアとしてはその話の内容が気になって仕方がないのだ。リオンからは話がある……そう言われて、今回の約束を取り付けた。
一体何についての話なのか、おおよその検討は付いているからこそ警戒せずにはいられない。
「……お、セリア。あそこの露店、猪肉を使ったケバブを取り扱ってるってさ。セリアも食べる?」
リオンは露店の商品に目を輝かせながら、セリアにそう尋ねた。
セリアは緊張した面持ちで一言、
「いただきます……」
「じゃあ、買ってくるね」
リオンはそう言うと、ケバブの店へと走っていってしまった。
セリアはそれを追う気にもなれず、ただ茫然とリオンの帰りを待った。
数分後。両手にケバブサンドを持ったリオンが人混みをかき分けながら帰ってきた。
「意外と早く買えたよ。はい、これセリアの分ね」
「ありがとうございます……」
そうして受け取ったケバブサンドは白い湯気を立ち上らせながら、鼻腔にスパイスのよく効いた香ばしい肉の香りが充満した。
思わず、ごくりと喉を鳴らし、ケバブサンドを見ていると、リオンが「いただきます!」と大きく口を開けて、それに齧り付いた。
「んん! おいひい!」
リオンは幸せそうな表情をして、ケバブサンドに二口、三口と齧り付いていく。
そんなリオンの様子と、ケバブの良い香りに我慢できずにセリアもケバブサンドを食した。
「……! ほんとに美味しい……」
口の中を満たすスパイスの風味と猪肉の脂の甘みがちょうど良く調和し、そこにレタスの小気味良い食感とトマトの酸味が加わる事で食欲が唆られる。
何より、猪肉特有の獣臭さは一切なく、その美味しさだけを抽出して作られているその手際に愕然とするばかりだ。
「うん……これなら、無限にいけるな」
「無限は言い過ぎとしても、確かに何個かは余裕で食べられそう……」
こんなものがあったのかと驚きながらも、二人はケバブサンドを平らげた。
「さて、と……次はどうしようか……」
「そろそろ、話というのを……」
「それは最後にしよう。今、焦って話しても良いことなんてないからさ」
セリアはケバブサンドの美味しさに一瞬忘れていたが、此処にはリオンの話を聞くために来ている。
リオンは話をまだする気はないらしいが、セリアとしては一刻も早くリオンとの話を終わらせたいと考えている。
リオンの真意がまったく掴めないまま、気づけば露店通りを抜けて雑貨店や洋服屋が立ち並ぶ通りに出ていた。
だが、此処でもまたリオンは洋服屋に立ち寄ったり、雑貨店を覗いたりしていた。
「ちょいと、お二人さん。こっちで髪飾りでも見てかないかい?」
一人のお婆さんが店の前に立ち、手のひらをリオン達に向けて上下に動かした。
「へえ……髪飾りかぁ。どんなものがあるのか見せて貰っても良いかな?」
「えぇ、構わないよ。ささ、彼氏さんだけじゃなく、彼女さんの方もいらっしゃいな」
「え、私……? いや、私は彼女じゃ……」
お婆さんに言われた彼女という言葉を否定しようとするが、時すでに遅く、こちらに近付いてきていたお婆さんに背を押されるようにして店内へと入ってしまった。
店内に入ると、棚いっぱいに置かれた花の意匠が施された髪飾りが二人を出迎えた。
「どうだい? 中々良いものが揃ってるじゃろ?」
「えぇ……これを作った職人さんは本当に腕が良い人みたいですね……」
「アハハ! そんなに私を褒めたって何も出ないよぉ!」
どうやら此処にある髪飾り全てこのお婆さんが作ったらしい。
事細かに作り込まれた花は中心に宝石の埋め込まれたものや、周りを金で縁取ったものなど様々だ。そして、そのどれもが精巧に作られており、作り手の技量が高いことを窺わせる。
「ねぇ、お婆さん。もっと商品をよく見ても良いかな?」
「あぁ、じゃんじゃん見ておくれ。何か気に入ったものがあれば、買っていっておくれよ」
お婆さんはそれだけ言い残すと、カウンターの奥へと引っ込んでしまった。
リオンは宣言通り、髪飾りをまじまじと見ながら、あれでもないこれでもないと頭を捻っている。
「一体なにをそんなに悩んでるのですか?」
「ん〜? まぁ……セリアに何か髪飾りでも送ろうかなと思ってさ。いつも迷惑を掛けてる事への謝罪……って訳じゃないけどね」
リオンの態度は依然として変わりない。
零番隊の時からそうだ。リオン・エイルスという男は自分の本心を曝け出す事はない。
「…………何を、企んでるのですか?」
「別になにも企んでないよ? ただ、休日を謳歌したかっただけさ」
きっとこの言葉にも偽りはないのだろう。
ただ偽りは無くとも、隠し事はある。今日、私服で呼ばれたのは話をするためではなく、折角の休日だから堅苦しい服装は止めようという気遣いからなのだろう。
ただ、今日ここに呼ばれた真の理由。
それについて、リオンが一向に切り出して来ないことに不気味さを覚える。
「ねぇ……セリア。もし、俺がこの国を裏切るってなったら……キミはどうする?」
「は……?」
「勿論、冗談だけどね」
だからなのだろうか。
リオンの冗談めいた言葉ですら、本気に聞こえるのは。
「――あ、お婆さん! この髪飾りください!」
リオンは一つの髪飾りを手に取り、カウンターへと向かっていった。
どうやらお目当ての髪飾りを見つけたらしい。
そうして、買い物を済ませたリオンはセリアを連れ立ってお婆さんの店を出た。
「……さて、そろそろ歩きっぱなしも疲れたろうし、何処かの
「…………えぇ、そうしましょう」
――来た。
本題を切り出されるとするなら、恐らく喫茶店での休憩のタイミングだろう。
セリアは強張る表情を隠しながら、先導するリオンへと付いていった。
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