第四十八話 悪夢

《剪定戦》の一日目が終わった。

 多くの生徒たちが自身の全力を尽くす最初の一日目が。勝利の美酒を浴びた生徒もいれば、敗北の苦渋を飲み込んだ生徒もいる。

 だが、誰しもが自身の実力を最大限発揮し、己の持てる限りを尽くして戦い抜いた激動の一日目が。


「…………何もしてないけど良いのか?」


 リオンは自室のベッドの上で寝転びながら、天井を見上げていた。

 シャルルの鍛錬は今日は休み。《剪定戦》初日という事もあり、疲れているだろうからとリオン自身から提案をした。

 とは言え、シャルルの事だ。

 恐らくではあるが、自主的に鍛錬に励んでいることだろう。


「いや……まぁ、何もしてない事はないのか……。色々とフローリアからも話は聞けたしな」


 シャルルが言いにくそうにしていた過去と関係があるであろう《クレイメン大災》のこと。《魔導結社ユニオン》の関与の疑いがあること。

 救われた『クローディア聖教国』と、救われなかった『ルーセリア聖皇国』。

 隣国同士でありながら、何故『クローディア聖教国』だけが助かったのか。


 リオン達、零番隊はそもそもとして影の部隊。ああいう魔物の襲撃の鎮圧に駆り出されることの方が少ない。だが、他の部隊はどうしたのだろうか。

 少なくとも、第一番隊 《聖戦の雷ケラウノス》は『クローディア聖教国』に派遣されていた筈だ。

 なら、他の魔法騎士達は?

 どこが『ルーセリア聖皇国』の救援に駆り出されたのだろうか。


「…………考えても埒が明かないな」


 そもそもとして、考察する材料が少なすぎる。

 シャルルの過去に《クレイメン大災》が関わっているだろう事は明白。だが、そこに《魔導結社ユニオン》が関与する理由は不明。

 あの日、ルーセリア聖皇国でなにがあったのか。

 それを知っているのはシャルルだ。

 シャルルが隠している秘密が、《魔導結社ユニオン》の狙う『なにか』に直結しているのだろう。


「それもこれも……全部、セリアは知ってるのか?」


 いや、それを知るために約束を取り付けた。

 セリアの知る情報。この国で何が起きているのか。シャルルの正体。《魔導結社ユニオン》の目的。それを知った術。それらを語って貰わなくてはならない。

 多少、強引な手を使ってでも。


「はぁ……俺、こういうの苦手なのになぁ……」


 辟易としてしまう。

 リオンは考察する事は苦手だ。戦闘の際は頭が切れる自負はあるが、それ以外ではからっきし。

 授業での説明も、師匠から教えられた教え方をそのまま話してるだけに過ぎない。だが、それでもこれはどうしてもやらなくてはならない事だ。


「師匠……俺は、アンタの教えを守れてますか?」


 時々、一人になると思う事がある。

 それはリオンの過去。最低最悪の日の出来事が想起されてしまう。

 それと同時に、師匠の言葉も思い出してしまう。


『守って……やって、くれ……』


 自分の腕の中で温かい血液を垂れ流しながら、徐々に冷たくなっていくあの人の体温が。

 自身の無力さを痛感させられたあの日から、リオンは壊れてしまったのかもしれない。

 それ以前に持ち合わせていた《魔導結社ユニオン》へのどうしようもない憤りは、その日を境に更に火力を増し、リオンを復讐へと駆り立てた。


『リオン。その力は人を守るために使えよ』


 その言葉に反する様に、ただ復讐の為だけに人を殺し続けてきた。

 あの日、初めて知った人の温もりを踏み躙るように、生温い血に塗れる生活を送った。

 親を殺され、一人孤独に泣く少女を裏の道に引きずり込んでしまった。自身を気遣い、常に側にいようとしてくれた人を突き放した。


『リオン……お前はきっと――』


 今になって思う。

 果たして、自分は何者になれたのだろうか、と。

 無機質に人を殺し、無気力に日常を過ごし、無意味に他者と交流をした。

 そこには何の意味が生まれたのだろうか。

 その先にはどんな大義があるというのか。


 ――お前は、今も伽藍堂なままだ。


 心の奥底で、リオンは自身を軽蔑している。

 人の優しさを蔑ろにして、自分を認めてくれた人を振り払い、傷付けることを恐れて離れた。


 ――あの時から、何も変わっていない。


 人の狂気に塗れていたあの日々。

 子供の絶叫が響き渡り、啜り泣く声で満ちていたあの地獄に居た頃から、なにも変わっていない。

 どれだけ人の様に取り繕っても、自分の中は空っぽのまま。何かを得てはそれを捨て、何かを捨ててはそれを拾おうとする。

 矛盾し続けた自身への厭悪感。


 ――今更、なにを拾おうとしている。


 もう既に、人の優しさを放り捨てた癖に。

 もう既に、人の温もりを拒絶した癖に。


 ――お前は何がしたいというんだ。


 自分がわからない。

 全てを投げ捨てて、後に残ったのは復讐のみ。

 その為なら、自分の命すら投げ捨てられると、なにを犠牲にしても成し遂げると誓ったはずだ。


 ――なのに、お前は何故人を遠ざける。


 全てを犠牲にすると言っておきながら、何故今更になって捨てたものすらも守ろうとしてしまう。

 全てを手放し、全てから目を逸らした分際で、今更なにを守るつもりだというのか。


 ――お前は愚かだ。あまりにも醜い。


 失ったものに執着して、捨てたものに縋り付いて、挙句の果てにそれらを見ていない。

 浅ましいにも程がある。あまりにも卑劣で、卑怯。

 他人を切り離しておきながら、心の何処かでは他者に寄り掛かりたいと願っている。

 なんて愚劣な思考なのだろうか。


 ――何故、お前は生きている?


 復讐のために。

 ただ、大切なモノを奪っていたアイツらが許せなかった。


 ――何故、お前は拒絶する?


 傷つけたくないから。

 また、大切なモノを失えば自分が壊れてしまいそうで怖いから。


 ――何故、お前は死にたがる?


 絶望したから。


 ――何に?


 自分に。


 ――何故?


 何も守れないから。

 守ろうと決めたモノが、本当は自分を守ろうとしてくれていた事に気付いて、怖くなった。

 また、守りたかったモノに守られて、それを失うことを恐れてしまった。


 自分が――無力だと知ったから。


 お前は何のために生きているんだ。

 常に死にたいと願いながら。

 意地汚く生を謳歌している。

 ああ、なんて下らない。

 ああ、なんて愚かしい。

 まだ、ジオの方が美しかった。

 自身の欠陥を受け入れ、それを必死に補おうとしていたではないか。

 お前はなんて醜いんだ。

 お前は欠陥を受け入れず、それから必死に目を逸らし続けたではないか。

 お前は、お前は、お前は、お前は――


 ――なんて、気色悪いんだ。



『…………ン?』


 ――なんて、悍ましいんだ


『……オン!』


 ――なんて、


「リオンッ!」


 高い声が鼓膜を叩いた。


「――ハッ!?」


 そこには、心配そうにリオンを覗き込むフローリアがそこに居た。


「な、んで…………」

「なんで……って、話があるから後で話そうって言っただろう。だから、部屋に来てみれば、扉は開いてるし、中から苦しそうな呻き声が聞こえるし……心配で……」


 フローリアは瞳に涙を滲ませ、顔を逸らした。

 どうやら、本気で心配させてしまったらしい。


「ごめん……寝てた、みたいだ……」

「知ってるよ……入った時に、お前……魘されてたし……」

「本当に、心配かけた……」

「ホントだよ……」


 悪夢を見ていたらしい。

 体中から嫌な汗が噴き出して、とても気持ち悪い。

 今すぐにでもこの汗を流したい。


「なぁ……本当に大丈夫か?」

「なにが……?」

「悪い夢……見てたんだろ?」

「…………大丈夫。もう、平気だから」


 ――嘘だ。

 まだ、あの夢が脳裏にこびりついて離れない。

 あの悪夢はリオンを苛み続けている。

 寝ても、覚めても……あの地獄のような光景を、自身への厭悪感を拭い去る事はできない。


「……なら、良い」


 きっとフローリアも気付いてるのだろう。

 これがただの虚勢だと。

 フローリアはそれを見抜いた上で、敢えてその事に触れないでくれているのだ。


「とりあえず、今日はもう……話は止めとこう……」

「…………ごめん」

「気にしないでくれ……」


 ただ、今はフローリアの気遣いに感謝しながら、リオンは大きく息を漏らした。

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