第四十七話 レウゼン最強
「――勝者! アイリス・フェルノー!」
その声と共に、アイリスは天高く手を掲げ、人差し指と中指だけを立てる。
「ブイッ!」
ただそれだけを言うと、Vサインをしていた手を下ろして、舞台の上から降りていった。
第三試合のアイリスとゴードンの戦いは呆気なく幕を下ろした。クラスメイト同士の対決という事で、互いを忖度した結果という訳ではない。
単純な技量でアイリスのストレート勝ちで終わった。
試合開始直後。アイリスは自身の得意魔法の一つである【
だが、その抵抗も虚しく【
「どうだった? 私の試合!」
「一瞬すぎて良くわかんなかったわよ……」
「強かったと思う」
シャルルとリエルの元に戻ってきたアイリスは、戻ってすぐに自身の試合の感想を求めた。
あまりにも一瞬の決着に、どう感想を返せば良いのか。二人はそれぞれ単調な感想のみをアイリスに返した。
「でも、時間大分余っちゃったね」
「そうね。どうしましょうか」
「……任せる」
アイリスが試合を三分足らずで終わらせてしまった為、次の試合まであと五十分以上も間が空いている。
このまま何もしないで次の試合を待つのも暇だ。どうせなら何か別の所に試合を見に行くというのも良いのではないか、そうシャルルが考えていると、
「あ、じゃあさ! 上級生たちの《剪定戦》を見に行かない?」
アイリスが提案をした。
上級生たちの戦いの観戦。レウゼンで研鑽してきた猛者たちが集う戦いは確かに見る価値はある。今の自分になにが足りないのかを確かめるのにも向いている。
上を目指しているシャルルにとって、願ってもない提案だ。
だが、気になるのはリエルの反応なのだが……。
「私は良いよ」
反応は淡白だが、アイリスの提案に頷いた。
それを見て、シャルルはホッと胸を撫で下ろした。
リエルは何処か二人と違った反応をする事が多い。世間一般的な感性からするとズレていると言うのだろうか。厳しいと言われるレウゼンの編入試験を乗り越えた強者なのだろうが、まるでやる気が見えない。
掴みどころのない……と言えば良いのか。とにかくリエルはここでまた空気の読めない発言をするかと思っていたが、そんな事はなかったらしい。
「今の試合って……誰だったかしら……」
「今の試合はカティア先輩が出てる試合のはずだよ!」
「カティア先輩……か。なら、より見ておきたいわね」
☆☆☆
カティア・フルイゼル――。
彼女はレウゼン魔法学校の三年生にして、他の四、五年生を凌いで『学園最強』と謳われる女学生だ。
フルイゼルという家名の通り、彼女はシャルルが戦ったティアラ・フルイゼルの実姉であり、魔法騎士顔負けの実力から『フローリア・レーベンハイトの再来』とも言われている。
その証明として、カティアは一年生の時点で既に《六魔大祭本戦》に出場しており、他校の選び抜かれた猛者たちを一蹴し、レウゼンに優勝旗を齎した。
氷魔法を巧みに操り、冷徹に相手を蹴散らし、無表情に敵を蹂躙する。空色のハーフアップに束ねられた髪と白磁器のような肌の白さ、気怠げに開かれた髪と同色の瞳、それらが調和した美貌から付けられた二つ名は《氷姫》。
今回の《剪定戦》でも、全戦全勝で《本戦》へと駒を進めるだろうと考えられている。
「…………ッ!? なんなんだよ! なんで、こんなに遠いんだ……ッ!!!」
彼女の対戦相手は昨年の《剪定戦》でカティアと同様に全戦全勝で《本戦》に勝ち上がった五年生のゼルキス・アドルフだ。
彼もまた、レウゼンの中でも上澄み中の上澄み。
筋骨隆々の巨体とそれに合わせた力の強さ。それに驕らず磨き続けられた圧巻の剣の腕前と、得意とする土魔法の練度の高さから、カティアと同列とされ『双頭』とも呼ばれていた。
そんな豪傑が額に冷や汗を滲ませながら、顔を苦渋に歪ませていた。
豪腕から繰り出される大剣の一撃はひらりと舞うように躱され、闘技場の石畳を砕いた。
「こんな、馬鹿なことがあるかァ!」
大剣を振り上げながら、ゼルキスは絶叫した。
どちらが有利かなど一目瞭然。ゼルキスは体中あちこちに斬傷の跡が垣間見える一方、カティアは未だに無傷。一切の被弾なし。
何よりゼルキスは始めから魔法を全開で使っていた。石畳を見渡せばあちこちに岩の隆起物が乱立し、岩の塊が無数に落ちている。だが、どんなに辺りを見渡せど、氷魔法の跡は散見できない。
これが意味するところはつまり――
「魔法すら使わないで、こんな……!」
ゼルキスの表情が更に歪む。
焦燥、艱難、屈辱、嫉妬――。ありとあらゆる負の感情が心を支配していくが、その中で最も大きな感情があった。それは――絶望。
自分が五年掛けて積み上げてきた自信が赤子の手を捻るかのように壊されていく。自分がしてきた五年間の研鑽が無意味だったと思い知らされる。
真の天才を前にして、自身のプライドが粉々に壊されていく。
「俺は……、俺は……!? 俺の……努力が……!」
ゼルキスが大剣を振る姿が痛ましく映る。
無造作に振り払われる大剣が当たるはずもなく、既に冷静さを欠いたゼルキスに、無常にもカティアは直剣による斬撃を見舞い続ける。
圧倒的な実力差を前に、ゼルキスの動きは次第に鈍くなっていく。
「…………ッ、ァァア゙ア゙ア゙!?」
ゼルキスは遂に、大剣を放り投げた。
その瞬間、誰もが思った。勝負を捨てたか……と。
無理もない話だ。ここまで襤褸屑のようにされて、圧倒されてしまえば嫌にもなる。
「《天穿つ断獄の矢》ァァ! ――【
だが、ゼルキスはまだ勝負を捨てていなかった。
放たれたのはゼルキスが五年の研鑽を経て、遂に習得した自身の『固有魔法』。
凡ゆる障害を突き抜けて、自身の敵を必ず撃ち抜く必中の弾丸。さしものカティアも必中魔法ならば、無傷ではいられないだろう。
防御不可能。迎撃不可能。
相手に理不尽を押し付ける最強の弾丸だ。これを防ぐことなど――
「《茨に鎖されし忘却の
瞬間、全てが凍りついた。
茨に拘束され、その身を氷に包み込んでいく。
それは何もかもを凍てつかせる絶対領域。範囲内にある全てを敵と定め、見境なく茨が敵全てを拘束し、凍結させる『固有魔法』。
そこには生物と無生物や、有機物と無機物などの区別は一切ない。それは『魔力』も同様に。
「なんだ……これは…………。なんだ、この理不尽は……」
ゼルキスの『固有魔法』は必中だ。
凡ゆる防御を貫通する。凡ゆる攻撃を打ち砕く。
だが、絶対攻撃を謳ったゼルキスの魔法は無常にも、茨に包まれ凍り、そして砕けた。
これは防御でも、攻撃でもない。
これはただの『凍結』という現象。
『魔力』を凍結された魔法は、術式に『魔力』が流れなくなってしまう。術式の発動は『魔力』に依存し、それが失われればその効力の全てを失ってしまう。
魔法の『根源』が凍ってしまえば、それは最早なんの効力も形も保てず霧散してしまうのは必定だった。
『絶対貫通』すらも凍てつかせる『絶対凍結』。
それが、カティアの『固有魔法』の正体。『絶対の矛』にして『絶対の盾』。
絶対なる理不尽を体現した『固有魔法』である。
「はは……、アハハ……ッ」
絶望的な理不尽を前にして、ゼルキスは壊れたように笑った。
ゼルキスも既にカティアの『固有魔法』の範囲内。
全てを凍てつかせる氷の茨が、ゼルキスを絡め取り、その身を凍らせた。
「これで……終わり……」
その様子を尻目に、カティアは闘技場を後にした。
☆☆☆
「これが……レウゼン最強……」
「なんか……次元が違いすぎるね……」
シャルルとアイリスがあまりにも一方的だった試合を見て、呆然としながら呟いた。
そんな二人とは裏腹にリエルだけは落ち着いた様子でこの試合を見ていた。
「…………強い。あれなら、今の魔法騎士に入ってもすぐに結果は出せる」
「そう、だね……ちょっと、強すぎるかな……?」
「流石、『フローリア隊長の再来』と呼ばれるだけはあるわね」
零番隊として常に前線に身を置くリエルでさえ、本心から強いと評価するほどの逸材。
流石は『フローリア・レーベンハイトの再来』と呼ばれるだけはあると、リエル含めた三人は感心した。
「ちょっと……凄すぎて参考にならないね……」
「そうね……でも、いずれ私たちもあの人を超えなくちゃならない」
「超えられるかなぁ……?」
「わからないけど……超えてみせるわ」
シャルルは先程の戦場へと拳を突き出す。
今はまだ無理なのかもしれない。いや、この先もずっと無理な可能性の方が高い。
だが、それを言い訳にカティアを超えなくても良いかと妥協してしまえば、そこで成長は止まってしまうのだから。
その日、シャルルに一つの大きな目標ができた。
――『カティア・フルイゼルを超える』という、とても大きな目標が。
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