第四十六話 違和感

 シャルルの試合が終わった。

 結果だけ見てみればシャルルの勝利。それ自体は非常に喜ばしい結果ではあるが、相手の女学生……ティアラ・フルイゼルとは中々良い勝負をしていた。

 少し特訓の強度を落としすぎたのかもしれない。とは言え、今のシャルルの実力で行けば《剪定戦》を勝ち抜き、《六魔大祭》の新人戦に出場できるだろう。


(……ただ、やっぱり――)


 リオンはこの試合、シャルルの圧勝で終わると考えていた。相手であったティアラも優秀な生徒である事は予め調べて知っていたとは言え、それでもシャルルの実力なら余裕を持って勝てる相手だった筈だ。

 しかし、蓋を開けてみれば接戦も接戦。互いに一歩も譲らない熱戦を繰り広げていた。


 リオンの目が狂っていたのかと聞かれれば、そう言うわけではない。

 この短期間で相手の生徒が急激に成長したかと問われれば、成長こそしているがその幅は比較的緩やかだ。

 では、一体なぜなのか。

 なんとなくではあるが、リオンにはその理由に検討が付いていた。


「なぁ……試合前のあの発言どういう意味だ?」


 思考に耽っていると、横からフローリアが怪訝な顔をしてリオンを覗き込んでいた。


「あの発言……って言うと?」

「ほら、強くなる可能性を秘めてる……とか言ってたろ。あれの意味だよ」


 その言葉にリオンは――あぁ、あの事か……と、妙に納得した表情でフローリアを見て、


「別に……そのまんまの意味だよ。シャルルは才能はあるからな。きっと強くなるって話だ」


 そう言うと、リオンはフローリアから目線を切った。


「違うな。もっと別のなにか……引っ掛かる事がある言い方だったろ。少なくとも、おまえの性格上ものごとを濁す事はないはずだ」


 だが、フローリアはリオンの説明に納得が行っていないらしかった。リオンの性格をよく知っているからこそ、彼の態度には違和感が尽きないのだ。

 眦を吊り上げ、詰め寄ってくるフローリアに流石のリオンもたじたじといった様子である。


「強くなるなら、強くなる。ならないなら、ならない。分かりきった事に対して、なんて言葉使わないだろうが」

「はぁ……分かった。言うって……」


 リオンは諦めたように手を挙げた。

 既に舞台を降り始めているシャルルに視線を向けて、自分が感じている違和感を語り始めた。


「アイツ……なんか焦ってるっぽいんだよ」

「焦ってる……? シャルルが? なにに?」

「知らん。それがアイツ自身の過去で……多分、《魔導結社ユニオン》に狙われる原因なんだろうな」


 シャルル自身の過去。野外演習のとき、リオンに語ろうとして言葉にできなかったものが、シャルルの中で突っかかっているのだろう。

 あの時はシャルルの逼迫した様子に見兼ねて喋らなくて良いとは言ったが、ここに来てそれがシャルルの足を引っ張ってしまっている。

 こんな事ならシャルルの過去を無理にでも喋らせるべきだったのかもしれないと、考えた事もあったが結局は乗り越えられるかはシャルル自身の問題だ。


「シャルルの過去、か……。私としても、少しは気掛かりだな……」


 そう語るフローリアは何処か遠い目をしていた。

 きっと追想しているのだろう。五年前に起こった大災害のことを。


《クレイメン大災》――フローリアのクローディア聖教国での大立ち回りを謳い、国の首都である《クレイメン》の名を使って未曾有の大災害をそう呼んだ。

 だが、それはフローリアにとって、ルーセリア聖皇国の民を救えなかった自身の未熟さを呪う結果となった大厄災。

 現時点でも何故魔物が唐突に出現したのかわからず、黒い渦の正体も不明とされている。

 滅亡したルーセリア聖皇国の生存者は国民の一割にも満たない数で、彼らは滅亡を免れたクローディア聖教国に対して今も尚、欺瞞の声を募らせている。

 表向きでは《クレイメン大災》は終結した。だが、裏ではまだ何の解決もしていないのだ。


 だからこそなのか、フローリアは今もクレイメン大災の調査を独自に進めているらしい。

 それが生存者たちの歪み合いを治める最も有効な手段であると信じて。


「……案外、《魔導結社ユニオン》が関わってるのかもな。あの大災害にも」


 そんなふざけた想定など有り得ない。

 フローリアはそう一蹴するだろう、とリオンは踏んでいた。アレが人に起こせる災害の範囲を逸脱しているのは側から見ても当たり前だ。

 だが、そんな予想に反して、


「十中八九。アイツらは《クレイメン大災》に一枚噛んでるよ」


 フローリアは断言してみせた。

魔導結社ユニオン》は間違いなく関与していると。


「アレは自然発生……もとい、偶発的に発生したものじゃない。それがこの五年間調査し続けて分かったことだ」

「……は?」

「大体、可笑しな話だろ? 二つの国が近いとは言え、同時に突然大量の魔物が現れるなんて」


 フローリアの言う事は尤もだ。

 だからこそ、滅亡したルーセリア聖皇国の生存者たちは口を揃えて、クローディア聖教国への欺瞞を口にしている。

 だが、人為的に魔物を発生させる事など不可能。それは生物を生み出すということだ。

 そう考えられたからこそ、この厄災は潜んでいた魔物たちが何らかの要因で襲撃を掛けてきたと考えられていたのだ。


「いや、そうか……。ジオ・リーテルのように、転移魔法を使える人間なら可能なのか……。実際、野外演習での時はそれで襲撃されているし……」

「そう言う事だ。ただ、ここで重要なのは転移魔法でそこまで具体的な区分が出来るのか……って話だ。ジオは狭い範囲を埋め尽くすように魔物を放った。だが、国を襲うにはそうは行かないだろ?」


 国を襲う……それは即ち、広範囲を埋め尽くすほどの魔物の群勢を転移させたという事。

 野外演習のように、決められた狭い範囲内を魔物で埋めるのとは勝手が違う。


「それだけの魔物を用意するのも困難……。転移させるにも魔力の消耗は規格外、か……」

「そういうこと。私は《魔導結社ユニオン》には生物を生み出す『固有魔法』を持つ人間が居ると踏んでる。それも……化け物みたいな魔力量を持ってる、ね」


 ここで馬鹿馬鹿しいと、フローリアの考えを一蹴する事は簡単だ。

 生物を生み出す魔法は生物として『禁忌』とされているのだ。蘇生が魔法でできないのも、生物……生命を作り出すのと同意義だからだ。

 言うなれば『神の領域』に踏み込む魔法と言っていいだろう。

 だが、全容が未だ不明の《魔導結社ユニオン》に『禁忌』を犯す者がいても不思議な話ではない。


「『禁忌』を犯す魔法、か。まぁ、あり得ない話じゃないな」


 リオンは顎に手を当てて、頷いた。


「だろう? まぁ、実際がどうかは不明。私の憶測が的外れで、本当に偶発的だったのかもしれない」


 フローリアは「それならそれでまた一から探り直しだけどね」と、肩を竦めて苦笑いしてみせた。

 実際、本当に『禁忌』に至る魔法を使える人間がいるとは限らないのだ。この話はあくまで話半分で聞き流してくれといった内容の話なのだろう。


「まぁ……どっちにしろ《魔導結社ユニオン》ははルーセリア聖皇国の『なにか』が欲しいはずだ。そして、あの国の生き残りの中でシャルルだけが狙われる原因はその『なにか』を持ってる可能性が高いからのはずだ」


 リオン達にはその『なにか』の正体はわからない。

 そもそも、ルーセリア聖皇国の中でも隠匿されていた重大なその『なにか』が、何らかの事情でシャルルの手に渡った。

 そう考えるのが自然だろう。そして、シャルルがあの時話そうとしていた内容は『なにか』に纏わる話という事なのだろう。


「そして、その『なにか』を国の上層部は知ってるのかもしれないってわけか……」

「じゃなきゃ、俺に護衛の任務なんて回って来ない。そもそも《魔導結社ユニオン》に狙われてるって情報をどこから仕入れたのかも謎だしな」


 そう。この任務の始まりはあの時からだ。

 セリア・ノートン。彼女がリオンにこの話を持ってきた時。あの時はただの護衛にわざわざ自分が付く理由が一切不明だった。

 だが、今になればわかる。

 相手があの《魔導結社ユニオン》だと事前に知っていたから、この任務がリオンに回って来たのだと。

 ならば、聞かなければならない。

 任務を持ってきた張本人に。なぜ、《魔導結社ユニオン》の狙い……その動きが分かったのかを。


「近々、セリアと話す約束を取り付けた」

「それは……つまり?」


 フローリアは薄々察しが付いているのだろうが、リオンの言葉に一応といった様子で問いをした。


「全部話させる。誤魔化しなんてさせない」


 セリアには全てを語って貰わなくてはならない。

 今、この国で何が起きてるのか。はぐらかす事は許さないし、嘘をつけばその場で拘束する。

 セリアも聡明な女性だ。

 このタイミングでリオンとの対話の約束をした時点で薄々察しているはずだ。


「返答次第で、俺は……この国を捨てる」


 リオンの言葉にフローリアは頭を抱えるのだった。

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