第四十四話 試合の合間

 試合を終えたグレンはふらつく体をなんとか引き摺りながら、演習場の外へと歩いていた。


「思ったより、ダメージを喰らいすぎたか」


 ディエルとの戦いはグレンが最後は圧倒していたが、それまでに繰り出されたディエルの攻撃は着実にグレンの肉体を削っていた。

 勝てたのは偶然。ただの時の運。グレンが勝てたのは初日のリオンとの決闘が大きかった。アレがなければ、グレンは確実に敗北を喫していただろう。


「アイツは……まだまだ強くなる……。『超級魔法』……か。俺もうかうかしていられないな。『超級魔法』……いや、一年のうちに『固有魔法』を習得してみせる」


 ディエルとの戦闘はグレンにとっても、自分を見直す良い機会になった。

 まだ届き得ぬ高み。戦い、見て、学び、その圧倒的なまでの実力差を見せつけた自身の担任を脳裏に思い浮かべる。


「俺は貴方を超えてみせる……!」


 それは、この戦いを見ていたであろう自身の担任へと向けられた決意。言葉を変えるなら、これは宣戦布告だ。騎士としての頂点に君臨しているとさえ思える男へ向けた。


☆☆☆


「――で? どうだった? 私は思ったよりは楽しめたけど」

「…………。……俺も、楽しめたよ。率直に凄いよ。アイツらは確かに天才だった」

「天才……か。リオン、お前はその言葉嫌いだったろう。なのに、よくそんな言葉が出たな」

「まぁ……俺も思うところがあるってだけだ」


 グレンとディエルの戦いは第一試合とは思えない程の熱量と迫力、そして、一年生とは思えない実力と技術を見せつけた。

 会場は沸きに沸き、後に続く生徒たちの闘志に更なる炎を灯してみせた。


 ディエルが使ってみせた『超級魔法』にはリオンも驚いたし、グレンがその魔法を使うディエルの弱点を見抜き、自身の持つ魔法でそれを打ち破った光景には胸が躍った。

 初日のリオンとの模擬戦からのグレンの確かな成長を確認できて、密かに嬉しくなっていたのかもしれない。


「これは二年生たちもうかうかしてられないだろうな。一年生がこれだけ白熱した試合をしてみせたんだ。先輩としての意地を見せなくちゃね」

「…………そもそも、他の学年の《剪定戦》は何処でやってるんだ? 三つの演習場は全部一年生ので使ってるんだろ?」

「ん? あぁ、そういえば言ってなかったね。本戦出場者を決める戦いはレウゼンにある『魔法闘技場』で行われてるはずだよ」

「ふーん……」


 レウゼンの二年生以上。リオンは彼らを見たことがなかった事を思い出した。入学式の際も二年生以上は見ることはなかった。

 そもそも一年生とそれより上の学年は校舎を分けられている。その為、廊下ですれ違うことなども無かった。

 そのせいで、二年生以上のレウゼンの生徒たちの実力をリオンは知らないのだ。


「二年生以上の奴らは強いのか?」

「強いよ。少なくとも、あの二人……グレンとディエルは手も足も出ないままボコボコにされて終わりだろうね」


 迷いなく、フローリアはそう言い切った。

 一年生で間違いなく実力が頭一つ抜けている二人が、手も足も出ない程の実力者。正しく、地獄の一年を乗り越えて進級してきた猛者の集いという事なのだろう。

 だが、それはあくまで、


「今のグレン達なら無理だろうが、一年後にはアイツらは最強の学年になってるだろ」

「面白いこと言うね。その根拠は?」

「アイツらは一ヶ月足らずで、あの"扱き"を一時間続けられるようになってるから」

「うっそ!? お前、アレを生徒たちにやらせてんの!?」

「俺が唯一知ってる強くなるための方法だからな」


 顔を引き攣らせているフローリアを見ながら、グレンは微笑を溢した。


「まぁ……アレをやらせてるなら、確かに強くなるだろうけどさぁ…………」

「だろ? だから、アイツらは強くなるよ」


 フローリアは諦観の溜め息を漏らした。


「そういえば、リエルは?」


 そこでフローリアはいつもなら忠犬の如く、リオンに張り付いているリエルがいない事に気がついた。観戦中はそこまで気が回っていなかったが、終わってみてその大きな違和感に気づいた。


「あぁ……リエルなら、シャルルの側に居させてる」

「それ、大丈夫なの?」

「…………多分」

「何その間!? 流石に、もう軋轢生まれたりとかしてないよね!?」

「…………どうだろ」

「目ぇ逸らすなぁ!」


☆☆☆


「なんで、アンタがここに居るのよ?」

「別に……。ただ、観戦しようと思ったら、ここが空いてたから仕方なく座ってただけ」

「ふ、二人とも? そんなギスギスしないで、ね?」


 東演習場・観客席に座るシャルルがリエルを睨みつけていた。対するリエルはと言えば、明らかに不機嫌そうな様子だ。その二人の間に座っている、アイリスは二人の空気感にあわあわと戸惑っていた。


「ひ、一先ず、ほら! グレンくん勝ったよ!」

「そうね……。アレが一年生のトップだってよく分からせた試合だったと思うわ」

「そうだよね! あ、リエルはどうだった? 初めて見たでしょ? グレン君の戦い」


 アイリスの問い掛けに、リエルは一瞬の逡巡の後、口を開いた。


「うん。中々強かったと思う」

「だよね! グレン君はリオン先生に負けてから、メキメキ強くなってるんだ! みんなもそう! だから、次の試合も期待してて良いよ!」

「次の試合……って事は、シャルルの試合?」

「うん!」


 次のシャルルの試合。グレンとディエルの試合が終わってから早十分。次の試合が始まるまでは残り四十分余りもある。

 審判を務めていたレウゼンの教員は、今この瞬間にも前の試合によるステージの損傷を土魔法で修復していた。

 次の試合もまた、熱狂すると予想される対戦カード。

 一年の女生徒の中でもトップ層とされている且つ、同じ氷の魔法を得意とする二人の対決だ。


「ティアラ・フルイゼル……私の一人目の敵としては申し分ない相手……。絶対に負けられない」

「ふーん……じゃあ、楽しみにしとく」

「えぇ、そうしなさい? アンタの度肝を抜いてやる試合をしてやるから」


 そう言うと、シャルルは席から立ち上がった。どうやらもうそろそろ準備のために控え室へ向かうつもりらしい。


「頑張ってね! シャルル!」

「えぇ、任せて」


 一言。簡潔にそう言い残し、観客席から選手控え室へ向かい始めた。


「大丈夫……私には、リオン先生の特訓を耐え抜いた自負がある。今の私は……強い」


 自分自身に言い聞かせる。シャルルは緊張で跳ね回る心臓を押さえつけながら、リオンとの苦しかった特訓の日々を想起した。

 一週間。たった一週間師事しただけで、音を上げたくなる厳しい特訓。《発動遅延ディレイ》を習得するための、思い出すだけで吐きそうになる日々。


 教えると言ったくせに、何のコツも教えてくれなかった鬼畜教師。結局、自分自身の感覚でコツを掴めはしたが、それが無ければこの日々は水泡に帰していた可能性が高い。

 だが、そのあまりにも苦しすぎた日々はある種、良い火種になったのかもしれない。


「私なら……勝てる……」


 リオンの言葉がシャルルの力になる。必ず勝てるというリオンの保証。その言葉があって、尚なにを不安に思うことがあるのか。


「…………ローグベルトか?」

「あ、グレン君……」


 すると、目の前からグレンが歩いてきたのが見えた。上で俯瞰していたから、その傷の程度は分からなかったが対峙して分かった。

 制服にあらゆる箇所に血が滲み、顔や体に短剣による切り傷と雷による焦げ跡、決着の際に放った地面を抉る程の爆発で負った火傷が痛々しく残っている。

 死闘の傷跡だ。いつ意識を手放してもおかしくない程の傷を抱えながら、グレンは自分の足で立っていた。


「そうか。次はお前の試合だったな」

「ええ。貴方も大分ギリギリだったみたいね」

「ん? あぁ……戦いの最中は体が興奮状態だったから気付かなかったが、大分限界に近かったらしい」

「…………」


 グレンは弱々しく笑いながら、体をふらつかせる。なぜ立って歩けているのか分からない位に満身創痍のようだ。よく見れば、体を壁に預けている。


「勝ってこい、ローグベルト。お前とも、俺は戦いたいんだ」

「当然! 貴方と違って、ボロボロにならないで勝ってみせるわよ!」

「…………ふっ、楽しみにしている」


 グレンはそれだけ言うと、足を引き摺りながらその場を後にした。去り際、軽く手を振って、シャルルを送り出しながら。

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