第四十三話 天才vs天才
爆ぜる雷火。巻き上がる粉塵。閃光が激しく散りながら世界を白く染め上げていく。
『ウオォォォォォ――ッ!!!』
会場がディエルの放った魔法に大きな歓声を上げた。
雷狼が走り抜けた焦げた足跡はパチパチと稲妻を迸らせ、グレンの立っていた場所は砂煙に覆われ、彼の姿を隠してしまっていた。
決着が着いた。
そう思わせるほどの一撃に観客は湧き上がっていた。
「凄まじいねぇ。アレが一年生とは到底思えないな」
「まぁ、確かにな。初手で落とし切るって作戦なら、あの魔法の火力は充分すぎる」
眼下で行われたディエルの放った先制攻撃を見て、リオンはそう評した。隣でにやにやと笑みを浮かべているフローリアも大方同じ意見なのだろう。
魔法戦闘における理想。
一撃の下に敵対する者を屠りきる。それに準じた見事な攻撃であった。
「理想的な勝ち方だねぇ」
「だな。ただ……それは相手が倒れていれば、だ」
「相手は実力的にも上のグレン・バール。戦闘に於けるエリート一家の嫡男が戦闘においての理想を知らないわけがない」
巻き上がっている砂煙の中。その中にゆらゆらと体を起こしている影が写っていた。
「戦闘に於いて理想的な状況は万に一つもない。」
☆☆☆
ディエル・フランは天才である。
それは彼の自負であり、周りの人間全員がそれを認めてきた。幼少期のディエルは同年代との魔法戦闘で敗北を喫することは無かった。
彼の自信を更に確固たる物にしたのは、自分が魔法騎士として名を上げてきたフラン家の生まれだという事も起因していたのだろう。
ディエルは漠然と自分も魔法騎士として、後世に名を残していくのだろうと思っていた。最強の魔法騎士として自分を魅せていくと。
だが、その自信が崩れ去ったのは突然だった。
ディエルが六歳の誕生日を迎えたときだった。その少年は唐突に彼の前に現れたのだ。
――グレン・バール。
フラン家と同様に魔法騎士として、家名を確固たる権威としてバール家の嫡男であり、ディエルと同い年の少年。
最初は単純な興味だった。
『僕と模擬戦してみない?』
そう持ちかけたのはディエルからだった。
グレンはその提案に頷いて、二人は模擬戦を行うことになった。
その結果は、
『こんなの……あり得ない…………』
――惨敗だった。
手も足も出なかった。才能があると驕り、漠然と魔法騎士になっていくと考えていたディエルは、その日、自分よりも圧倒的な才能を有していたグレンに人生で初の敗北を喫したのだ。
「あの日から、僕はお前に勝ちたいと強く願っていた」
砂煙の中に身を隠すグレンに語りかけるように、ディエルは言葉を続けた。
「入試はお前に次いで二位。野外演習で戦えると思っていたのに敵の襲撃で中止。そして、この《剪定戦》で初日から戦える事になって、俺は楽しみにしていた」
ディエルは知っていた。
沸き立つ観客たちには分からないだろうが、グレン・バールという男はこの程度で倒れる訳がないと。
「まさか、これで終わりなわけが無いよな? だとしたら、僕はお前に失望してしまうが?」
だからこそ、問い掛ける。
砂塵の中から出て来ようとしないグレンに。
そして、漸くその時が来た。砂塵が晴れ、特徴的な赤髪が姿を現す。
「すまないな。まだ、失望させてやれそうになさそうだ」
「謝るなよ。僕もアレで終わりは張り合いが無さすぎてつまらないと思ってたところだ」
「そうか。なら、良かった」
ディエルは口の端を割いた。
砂煙から出てきたグレンはその身を雷に焼かれ、傷の無いところを探すのが出来ないほどに火傷を負っている。だが、ダメージ自体は然程ないのか悠然とディエルの元へと歩みを進めていく。
「それと感謝しておくぞ、ディエル。お前の雷のおかげで俺も漸く目が覚めた。起き抜けの電撃はよく効くよ」
「そうか。お前の腑抜けた思考を覚ますことが出来たなら光栄だ」
互いに歩み寄りながら、武器を握る手に力を込める。限界まで高まった魔力が衝突し、周囲に稲妻と熱気を放出し始める。
「ディエル、準備はできてるか?」
「それは僕のセリフだろ、グレン」
そして、勝負が始まった。
「――《
「――《
グレンの振り下ろした炎獄の刃が舞台の床を溶かし、燃え盛る熱の奔流を生み出した。
だが、その刃は躱され、雷霆の鎧を纏ったディエルがグレンの背後へと回り込む。
神速――そう形容出来るほどの速さを以て、短剣を一閃した。
「「…………ッ!」」
瞬間、グレンは反射的に上体を回し、炎熱を放ち続ける直剣を横一閃に薙いだ。
ディエルもそれを圧倒的な反射神経でギリギリ躱してみせるが、薙ぎ払われた炎の斬閃は僅かに彼の左肩と頬を焼いた。だが、グレンも無傷ではない。ディエルの放った斬撃が僅かに横っ腹を捉えていた。
「まだ、だ!」
追撃に打って出たのはディエル。グレンの得意としている炎属性の魔法は、攻撃範囲、火力ともに他の属性を凌ぐ威力を有している。
仮に、此処でグレンとの距離を離してしまえば、爆炎を伴う広範囲の斬撃で間違いなく落とされる。それを理解しているからこそ、ディエルは追撃による超至近距離戦を選んだ。
一条の太刀筋が無数に分裂して見えるかのような速度での連続攻撃。
目にも止まらぬ速さで繰り出される怒涛の連撃を前にして、グレンは防御し切ることはできず、その身に無数の裂傷を刻み込んでいく。
「クソッ! やるな、ディエル!」
「どうもッ! お前を倒す為に腕を磨いてきたんでね! これくらい出来なきゃお前には勝てないだろッ!」
「…………づッ!? 本当、驚いたよ! まさか、こんな魔法を覚えて来たとはなッ!」
グレンが完璧に反応し切れないほどの連撃。その秘密はディエルの使用した魔法――《
この魔法は所謂ところの付与魔法に当たる魔法であり、雷を纏わせるという点ではグレンやシャルルの魔法とそれほど大差はない。
だが、この魔法が他の付与魔法と違う点。それは、この魔法の付与対象は武器ではなく『人体』であるということ。人の体に電流を流し込む事による、筋力の増強、反応速度の向上および移動速度上昇。
それがこの魔法のタネ。グレンが反応し切れないほどの白兵戦を展開できる秘密だ。
「本当に、苦労したよッ! この魔法は、他の付与魔法と違って、対象を自分にするせいで! 術式を理解するのに半年も要した!」
「半年、か! お前がそれだけ手こずるのも頷けるな! なにせその魔法は『超級魔法』なのだろう?」
「その通りだ! この魔法はルエナ先生の助力無くしては完成を見なかったろうな! だが、その分、お前を倒すには充分すぎる魔法だろう!」
間違いようもなく、ディエル・フランという生徒は天才である。
一年生の身でありながら、『上級魔法』に限らず『超級魔法』までをも己の武器とした。その努力と才能には感服せざるを得ない。
この時点で魔法の火力という面では、彼はグレンを超えたと言っていいだろう。
だが、
「その魔法、付け焼き刃なんだろう?」
「……!?」
「図星か? それもそうだろうな! そんな魔法、完璧に理解しようとも組み上げるのには時間が掛かるはず! 初手で俺に上級魔法を放った時点で、審判の判定は無かった! にも関わらず、お前は追撃をしなかった!」
「それは……僕が、本気のお前と戦いたかったからだ!」
それも理由の一つなのだろう。
だが、既にあの時からディエルは術式を組み始めていたのだ。初手の上級魔法が切り札というブラフを貼り、その後に白兵戦で完膚無きまでにグレンを倒す『
そうして、グレンとの問答を経て、臨界に達した魔力をグレンの魔力と衝突。さも、瞬間的に魔法を組み上げたように錯覚させた。
それは何故なのか。
「ディエル、お前はその魔法をまだ完璧に制御できていないんだろう?」
「…………」
「お前はその『超級魔法』を使えるだけ。使いこなせてはいないのが現状。……違うか?」
「だとしたら、なんだ!」
ディエルは顔を歪め、更に攻撃を苛烈なものへと変貌させていく。『超級魔法』による、身体強化に次第に辛うじて付いていけていたグレンの反応速度も置いていかれ始めた。
「…………ッ、いや、なに! ただの、確認さ! 魔法を完璧に出来ていないのなら、そこに必ず隙はあるからなぁ!」
「あり得ないな! 僕の魔法が完璧でなくとも、お前はこの速さに付いてこれない!」
「は、ハハハ! そうだな! 俺の速度が鈍ってるのも、その魔法のせいだしなぁ!」
グレンは本能的に感じ取っていた。
――弱体化している。自分の頭と体がうまく噛み合っていない。
それは《
この魔法は身体強化の魔法であると同時に、雷撃による
何度もディエルの攻撃を体に浴びたグレンの体は、微弱な雷撃によって徐々にダメージを蓄積していった。その結果、動きは鈍り、反応が遅くなっていた。
「そこまで気付いて……!」
「ははっ! また図星らしいな! 当てずっぽうだったが、俺の感覚は間違っていないらしい!」
苛烈な猛攻の嵐の中に身を置いて尚、グレンから笑みが消えることはない。
着々と削られ続ける体力。溢れ落ちる命の雫。傷は浅いとはいえ、このまま猛攻に晒され続ければ間違いなくグレンは敗北するだろう。
にも関わらず、何故グレンは獰猛に笑うのか。
ディエルは絶え絶えになった息と、疲労を訴える肉体に鞭を打ちながら思案する。
これはただ、戦闘を楽しむ脳筋だからという理由などではない。これはまるで、勝利を確信しているかのような笑いだ。
「――ディエル、知ってるか? 魔法の強さは魔力量と魔法の等級に依存する、と」
「は? 何を言っている?」
なぜ、そんな当たり前のことを聞くのか。
さも、ディエルが知らないかの様に問いかけられたその質問に、ディエルは怪訝な表情を浮かべた。
「俺もつい最近まではそう思っていた。だが、お前に新たな魔法を使う契機があった様に、俺も常識が過ちだと気付かされた契機があった」
「何が、言いたいんだ! お前はァ!」
「ディエル……魔法の強さは、魔力量と等級で決まるわけじゃない。何よりも大切なのは、魔法の練度。魔力の扱い方。それが勝っていれば、強力な魔法にも打ち勝てる」
それはグレンが初日に痛い程思い知らされた事実。
自分の驕りを示され、己の非力さを痛感させられたその日から、グレンはひたすらに魔力を磨き続けてきた。リオンの授業での魔法連続使用のトレーニング。それをノルマの倍以上の時間こなし続けてきた。
「ディエル、お前は間違いなく天才だ。俺が保証しておこう。だが、お前は負ける」
「何故、そう言い切れる! 今、この状況で!」
グレンの言葉に苛立ちを隠せない様子のディエルは更に攻撃を加速させた。
「それは、お前が付け焼き刃の魔法で俺に挑んだからだ。俺は……新しい魔法を使えずとも、超級に匹敵する魔法など無くとも、真の強者はその全てを覆すと知っている!」
降り注ぐ雷撃に斬り裂かれながら、グレンは防御を捨てて、爆炎の剣を両手で握り締めた。
その切先が向くは猛攻の主であるディエルではない。
その切先の狙い。それは――地面。
勢いよく突き立てられた業火の刃は地面を砕き、急激にその魔力を膨張させ、周囲一体を灰塵にせんばかりの獄炎を顕現させた。
「――――」
音すらも消し去る爆熱の奔流。
その波に揉まれながら、グレンはただその場に直立していた。
対するディエルはその身を夥しい炎郡に炙られ、体から黒煙を噴き上げていた。
「お前の負けだ、ディエル」
「…………ッ、な、ぜ! なぜ、僕は、負け……た?」
「理由など分かりきっているだろう。お前の魔法の練度が未熟だったからだ。あの魔法は本来、自身の体に電流を流し続けながら、相手を屠り去るほどの雷霆を放出する魔法のはずだ」
「…………!?」
「だが、お前は自身の強化に精一杯で、もう一つの効果を捨て去ってしまった。それがあれば、俺はあの速度で雷に身を焼かれ続けて負けていただろうな」
敗因はディエル自身の未熟さ。
魔法を過信し、『超級魔法』ならば勝てるという驕りのせいで敗北した。その事実に、ディエルは唇を血が滲むほどに噛み締めた。
「…………お前は、天才だよ。俺はいつも、お前に追い越されないかヒヤヒヤしている。だから、次は完璧なお前と戦いたい」
「…………ふっ、天才、か。それは、負けた奴には、無様な自己顕示でしかないだろうに……」
「なら、次は勝てば良い。そうして、証明しろ。お前が天才だった、とな」
僅かな掛け合いの末、遂にディエルは気を失った。
それを審判は確認し、試合終了のコールをした。
「試合終了ッ! 勝者、グレン・バールッ!」
《剪定戦》一日目 第一試合・東演習場の部
グレン・バール VS ディエル・フラン
勝者 グレン・バール――。
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