第四十二話 《剪定戦》開幕

 時は流れる。《六魔大祭》――その前哨戦となる《剪定戦》が明日にまで迫っていた。数多の生徒たちが《剪定戦》で勝ち、《六魔大祭》を勝ち上がるために各々のできる最善を尽くしてきた。

 ある者はひたすら剣を振い身体を鍛え、ある者は魔法についての知識を詰め込み、ある者は相手との駆け引きを学んだ。

 そして、ある者は一人の教師に師事し、自身の持つ武器を最大限生かせるように腕を磨き続けた。


「…………やっと、完成した」

「ああ……まだ秒数は短いけど、充分だ」


 シャルルは肩で息をしながらも確かな達成感に浸っていた。自身の最大の武器である『氷の付与魔法』。これを生かすための《発動遅延ディレイ》の習得。それがようやく叶ったのだ。

 ここまでの厳しい訓練を想起して、涙が止めどなく溢れそうになるのをシャルルは堪える。


 コツさえ掴んでしまえば《発動遅延ディレイ》はそこまで難しい技術ではなかった。ようは術式に通した後に魔力を止めるのではなく、構築した術式に魔力を通す前に止める。それだけでよかった。

 とは言っても、それだって決して簡単な訳ではない。術式を維持しながらも雪崩れ込む魔力を止めるなど、ほんの一日二日で成せるものではなかった。だが、シャルルはその境地に辿り着いてみせたのだ。


「凄いよ。まさか、こんなに早く習得してみせるとは思ってなかった」


 リオンも素直にシャルルを称賛した。

 リオンの予想ではそもそもシャルル一週間も保たず音を上げると考えていた。だが、その予想を覆し、彼女はリオンの特訓に死ぬ気で付いてきた。


「さて……《剪定戦》の開幕は明日。シャルルなら《剪定戦》くらいなら勝ち残れるだろ」

「それは絶対……ですか?」

「うん。俺が保証する。だから、明日は存分に暴れて来な」


 実際、シャルルの実力は一年生の中ではトップに食い込むレベルだ。全学年を含めばその限りではないが、一年生のみの戦いならまず間違いなく《剪定戦》を勝ち残れるだろう。

 注意するべきは同クラスのグレン、フリエスにナウゼル。そして、未だ実力を見れていないBクラスのトップ層と言った所だが、それを差し引いてもシャルルなら充分勝ち残れる実力はある。

 少なからず、リオンはそう確信していた。


「…………頑張ります! リオン先生の期待に恥じぬように!」


 胸の前で拳を強く握り込み、シャルルは高らかにそう宣言してみせた。


☆☆☆


 《剪定戦》当日――

 全学年で授業は休講となり、全員が校内放送の声に耳を傾けていた。


『――今年は年度始まってすぐに起こった事件により、《六魔大祭》までの貴重な時間を失う事になってしまったが、今年も《剪定戦》を執り行う事ができて何よりだ』


 そう口にしたのは、レウゼン魔法学校校長フローリア・レーベンハイト、その人である。


『――《剪定戦》。これはあくまでも《六魔大祭》の前哨戦……そう思っていると、足元を掬われる事になる。これは全員が死ぬ気で争い、一握りの人間しか立つことの許されない《六魔大祭》の切符を掴む戦いだ』


 生徒たちは《剪定戦》に命を賭けて挑んでいる。《六魔大祭》という夢の舞台に立つ為の切符を手に入れるために、今日この日まで研鑽を欠かす事は無かった。

 その研鑽を足らぬと思えど、充分だと思うこと勿れ。

 油断と慢心は例え才気溢れる英傑であろうと、敗北する隙になる。

 《剪定戦》は決して前哨戦などではない。全員が死力を尽くして戦う《六魔大祭》本戦と同等の熱量を孕んでいる。


『戦え……! 未来ある若人よ! 自身の野望の為に《剪定戦》を超え、《六魔大祭》で更なる活躍をしてみせろ! 《剪定戦》の開幕を、此処に宣言するッ!』


 高らかに放たれた開幕の合図。それを皮切りに、学校中あらゆる場所で地響きにも似た轟音が鳴り響いた。それは生徒たちの歓声にして、雄叫び。

 自分の全力を尽くして戦うことを宣誓する、最大級の咆哮である。

 そして、開幕の宣言と共にクラス中に配布された投影機に、各選手のその日の対戦相手が掲示された。

 新人戦に向けた《剪定戦》の振り分けは主にこうだ。


 一日目対戦スケジュール

グレン・バール VS ディエル・フラン

シャルル・ローグベルト VS ティエラ・フルイゼル

ナウゼル・バーテイン VS フリエス・ランベルジュ

アイリス・フェルノー VS ゴードン・ハートリッジ

ゼノア・エルフーリ VS シロウ・サカノミヤ

………………


 と言ったような具合で、出場者全四十二名。計二十一の対戦カードが張り出された。

 この中でも特に生徒たちの目を引いたのがグレンとディエルという生徒の対戦カードだ。入試成績一位のグレンとそれに次いで二位だったディエル。

 AクラスとBクラスでトップに立つ二人が初日に戦うとなれば、必然的に注目度が大きく跳ね上がるのも納得だ。


 シャルルはその中で自身の対戦カードの相手を見た。

 ティエラ・フルイゼル。

 彼女もまた、Bクラスのトップ層の生徒であり、シャルルが聞き及んだ限りでは、シャルルと同じ氷属性の魔法を得意としているらしい。


(同属性同士の戦い……相手が強敵なのは変わらない……。でも、今の私にはあの地獄を乗り越えた自負がある)


 今のシャルルには油断も慢心もない。ただ、リオンとの特訓を熟してきたという事実が、シャルルに自信を与えていた。

 開始時刻は午前十時。今からちょうど一時間後。場所は東演習場であり、グレンとディエルの戦いの後、インターバルを挟んでの対決となっている。


「ローグベルト……お前の対戦相手も強敵だ。油断はくれぐれもするなよ」


 後ろから掛けられた聞き覚えのある声に、シャルルは溜め息を漏らした。


「貴方こそ油断しない方が良いんじゃない? 私よりもよっぽど強敵を相手にするんだから」

「ハハッ、間違いないな! ……だが、勘違いしてもらっては困るが、油断はしていない。負けるつもりがないだけだ」


 きっぱりそう宣言したのは、注目度の最も高いグレンだった。彼は微笑を浮かべながら、自身の対戦カードを眺めていた。

 どこか自信に満ち足りたグレンの様子に、シャルルは一抹の疑問を抱きながらも敢えてそれを聞く事はしなかった。

 その自信の訳を聞くなら、自分が戦うとき。

 それ以外でグレンに聞くのは無粋だと感じたからだ。


「それじゃあ……準備を始めるとするか」


 そう言って東演習場へと向かっていったグレンに対して、シャルルは何を言うでもなくただその後ろ姿を見送るだけに留めた。


☆☆☆


「さて……この戦いのルールは分かっているだろうが、敢えてもう一度説明しておく。勝負はどちらかが勝負続行不可と判断されたときまで続ける。勝者は言うまでもないね?」


 審判を務める教員の確認にグレンとディエルは静かに頷いた。

 グレンの前に立つ少年――ディエル・フラン。刺々しい印象を持つミディアムの紫紺の毛髪と、大きな瞳、バランスの整った端正な顔立ちをしたその少年は、明確な敵意を持ってグレンを睨みつけていた。


「まだ始まっても無いのに、敵意剥き出しにしているとはな。お前に惚れてる女子が見たら泣くぞ?」

「別に構わないさ。僕の顔を見て惚れただけの面食いどもに微塵の興味もない。今、僕にあるのは君に勝つと言う覚悟だけだ」

「そうか……。残念だが、俺もお前に負けるつもりはなくてな」


 互いに互いを牽制し合いながら、試合開始の刻を待つ。カチッカチッ……と、時計の秒針の音が静まり返った演習場内に反響し、緊張感を増幅させていく。


「――只今より、《剪定戦》一日目第一試合・東演習場の部を始める! 試合……開始ッ!」


 その合図と共に、グレンとディエルはお互いに距離を取った。手始めに相手の現在の力量を測るべく、グレンは装備していたロングソードの先端を向けて、


「――【火閃砲ガル・レイア】!」


 小手調べの為に炎のレーザーを撃った。


「……舐めるなッ!」


 ディエルはそれを自身の愛用武器である短剣で弾き、自身の魔力を雷へと変容させていく。膨れ上がる魔力の奔流。身を焼く雷霆の力を利用して、自身が持てる最大威力の魔法を組み上げる。

 先手必勝。

 その言葉を体現するが如く、その一撃は小手調べの為の生温い攻撃ではない。一撃で沈めるという確固たる意志の表れ、その魔法は――


「――【雷華天狼ゼオ・フィルド・オーリウス】ッ!」


 雷を纏い、ありとあらゆる障害を壊し進む、最強の天狼の模倣。雷の属性魔法の『上級魔法』に分類される中で、最も高い威力を誇る魔法。

 狼は天を駆け、雷の華を盛大に咲かせる。

 天狼疾走――。

 完全なる虚を突き、ディエルがグレンに勝つ為に用意した秘策はグレンに直撃した。

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