第四十一話 邪悪の胎動

 暗闇が全てを支配する部屋の一室。

 中央に置かれた円卓を囲うようにして置かれた四つの席、その内一つの席を空けて三人の人間がそこには座していた。


「あーあ、まさか失敗するとは思わなかったよ」

「仕方があるまい。彼は【欠落者】にもなれなかった弱者だ。この失敗は必然だったと言えよう」

「だけど、【欠落者】の二人も送り込んだんだよぉ? なのに、なにも持ち帰れずに撤退するってどう言う事なのかな? あり得ないよねぇ?」

「さてな。私もあの二人に直接話を聞いた訳ではない。事情を聞きたいのなら彼らを此処に呼べば良い」

「フフッ……そう言うと思って、すでに彼ら二人にはここに来て貰ってまーす! てな訳で、説明宜しくね! 顔無しフェイスレスちゃん、名無しネームレスちゃん!」


 そう言うと同時、円卓の中心に光が照らされた。

 そこに立っていたのは顔の左半分を隠した男と体の輪郭が靄で分からない男。

 彼ら二人は地面に片膝を付き、右手を心臓の位置に掲げて、頭を下げている。その様は正しくより上位の存在へ示す敬意そのものだ。


「では……私の方から説明をさせていただきます」


 二人のうち先に言葉を切り出したのは顔無しフェイスレスだった。


「まず、初めに任務の失敗についての謝罪をさせていただきます。大変申し訳ございませんでした」

「うんうん。良いよぉ、でもでもぉ僕が聞きたいのはぁ、どうして君たちが逃げ帰って来たのか……って事なんだよねぇ?」


 間延びした言い方だ。どこかおちゃらけた雰囲気で話してくる声は、されどその端々に冷淡な殺意と激情を宿しているというのがひしひしと伝わってくる、

 此処で言葉の選択を間違えば死ぬ。その実感があるからこそ、ここから先は慎重に言葉を選ばねばならない。


「申し訳ありません。私たちが撤退した理由は二つです。一つ目は計画が破綻してしまったこと。レウゼンの教師陣による反抗が思いの外手強く攻めきれなかった事にあります」

「ふむふむ。それでぇ?」

「私たちの予想では『狂乱獣インサニア』の投入により、場がもっと混乱するものと考えていました。無論、その場で『狂乱獣インサニア』の処理に動こうとしていた教師二名の足止めを行いましたが、思うより早く殲滅されてしまいました」

「なんで殲滅されちゃったの? ねぇ、どうしてなのかなぁ?」


 顔無しフェイスレスの言葉に間延びした声の持ち主は相槌を返すに留めている。今、ここでなんの制裁も受けていないのはただの温情。そう思えるほどの圧と緊張感が支配する場で、顔無しフェイスレスは冷や汗を拭う余裕すら無かった。


「それが……二つ目の理由です。あの場には思いがけない強敵が居ました」

「強敵ぃ? それってぇ、誰のことかなぁ?」

「この世界に生きる者ならば、一度は聞いた事があるでしょう。マディステラが抱える魔法騎士団において幻の零番隊。その隊長であるリオン・エイルスが居ました」

「……リオン? あぁ、覚えているよ。そうか。生きていたのか」


 爽やかな好青年のような声をした男は過去を懐かしむようにそう言った。


「リオン・エイルスの存在は完全なるイレギュラー。我々が排除に動こうとも、自由になったレウゼンの教師陣により計画は必ず破綻していたでしょう。ですから、撤退するという判断をしました」

「ふーん……。つまりは見通しの甘さのせいで失敗したってことぉ?」

「…………言い返す言葉もありません」

「そっかぁ! じゃあ、死のうか!」


 間延び声の主の一声で場には一気に緊張感が走った。身の毛のよだつような殺意の渦中にあって尚、顔無しフェイスレスは逃げるなどという恥辱に塗れた真似はしなかった。


「…………って、言いたいとこだけど今日のところは許しちゃう!」


 その態度を見てか、間延び声の主は戯けたような口調で先程の発言を撤回してみせた。

 その事に顔無しフェイスレスは少しだけ安堵し、されど緊張感は緩めずに対面している三人の長へと顔を向ける。


「それじゃあ今後の話をしようか、顔無しフェイスレス。次俺たちが仕掛けるとしたら間違いなく《六魔大祭》だ。分かるね?」

「はい……。それは承知しております」

「俺たちと彼らの違いはわかるかな?」


 爽やかな声の主の問いに顔無しフェイスレスは沈黙してしまった。考えられる違いは無数に浮かぶ。例えば戦闘能力。例えば人数。例えば立場。上げればキリがない違いの中で、何を答えるのが正解なのかを吟味しなくてはならない。

 だが、そんな顔無しフェイスレスの沈黙の意図を知ってか知らずか。その回答はすぐに与えられる事になった。


「…………攻めか守りか、だ」

「攻めか守りか……ですか? それは……どういう……」

「現状、向こうから俺らに攻撃する術はないが、俺らから向こうに攻撃を仕掛ける事は可能。つまり、俺らの出方待ちである向こうが圧倒的な不利って言う話さ」


 至極簡単な話。

 攻撃は最大の防御。何事も守るより攻める方が有利なものだ。特に、相手の動き方がわからない防衛戦ほど崩しやすい状況はない。


 動きを警戒すればするほど、守りは堅くなる。だが、相手の動き方がわからない以上、守りの配置はある程度の予測でしなければならず、それは必然的に何処かに穴が開くということ。

 ならば、この隙を逃す手はない。

 彼の言いたい事は即ち攻勢に打って出る。この言葉に尽きる。


「だが、君たちは完全な不意打ちを失敗している。これは慢心によるものだろう。だから、君たち二人にこの任務は任せられない。それが俺たちの総意だ」


 既に信頼は失われている。いや、そもそもあったかすら怪しいものではあるが、その事実には変わりはないという事は顔無しフェイスレス名無しネームレスは理解していた。


「という事で、今回の任務は別の【欠落者】にあたってもらう事にした」


 その言葉と同時、そこに姿を現したのは黒いドレスを纏い、晒された腕や足に包帯を巻き付けた一人の少女。煩雑に振り乱された黒の長髪、白目部分は黒く染まり赤い瞳孔を不気味に輝かせる。


「今回、この俺様が任務にあたる! この『傷無しペインレス』様がなぁ!? 俺様が戦ってやるんだ敗北はあり得ねぇぜ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る